いなまち

にぃつな

第1話 トンネル

 田舎町。そこは引っ越ししてきて間もないぼくに突き付けられた土地だった。

 父の仕事の関係で、この土地に移住し、間もないころ、ぼくは七日間行方不明になった。


 当時の記憶はあやふやで、猫のような狐のようなお面をかぶった大人に連れられ、コンクリートのような固くて冷たくてざらざらとした壁の中に押し込められた。

 お面をかぶった大人に『地獄を変える魔法』と授けられたのが≪未来視(ビジョン)≫だ。

 助け出され、一週間の入院を期に、ぼくは≪未来視(ビジョン)≫で未来の出来事を見ることができるようになった。



 今でも珍しいお菓子を売り、賞味期限が切れているのもあるぐらい粗末な駄菓子屋さんがこの田舎町にあった。子供たちがたまり場になる唯一、遊び場を除いて買い物ができる場所だった。

 本や雑誌なども多少置かれ、子供ながらのぼくは、この駄菓子屋さんで時を過ごすのがとても楽しかった。


 駄菓子屋さんで本を読んでいるぼくに同じぐらいの年齢の男の子に話しかけられたのがすべての始まりだった。

「ねえ、いつもそれ読んでいるけど、面白い?」

 ぼくはオカルト雑誌を読んでいた。

 オカルトはUFO、オーパーツ、怖いものなどふんだんに詰め込まれた宝箱のようなもので、ぼくはいつもこの場所に来てはこの本を読んでいた。

「うん。とても興味が引かれることがいっぱい書いてあるんだ!」

 男の子はうんと頷き、駄菓子屋の店主であるおばあさんに「行ってもいい?」と聞いていた。

 男の子は靴を履き、ぼくを外へ連れ出した。

「ど、どうしたの!?」

「そんな雑誌よりも面白いところ、連れて行ってあげる」

 男の子の手を引っ張られたまま、ぼくはまだ見ぬ道や橋などを通りぬけ、ぼくはただ夢中に周りを見渡し、男の背を追うだけでせいっぱいだった。

 気づけば、男の子は立ち止り、見てっと指を前に向けていた。


 そこはぼんやりと暗く昼間なのに街灯がついている。トンネルだ。でも、他のトンネルとは違うような感じもした。灯りがついているのに中は暗く、先の出口まで光が見えない。

「通称、かくれんぼう」

 男の子はそう口にすると、この奥へと走っていった。

 ぼくは怖くなり、そのトンネルに入ることおろか、その男の子を呼び止めることもせず、そのまま来た道を戻っていった。


 気づけば、ぼくはやってしまった…と後悔した。

 友達になれるかもしれない男の子をトンネルの中へ置いてきてしまったからだ。きっと、今頃男の子はぼくが弱虫だったと町中に広げているだろう。

 ああ…明日は行きたくないな。


 翌日、ぼくは駄菓子屋さんを通り過ぎ、公園に向かって歩いていた。昨日のことだ、置いてきてしまったことにきっと腹を立てているに違いない。弱虫なぼくはその駄菓子屋さんに踏み入ることができなかった。

 少し遠回りになるが、公園に向かった。

 公園は少なからず遊びまわる子供が多い。それでいて癖がある子供も多い。ぼくはその輪に入れず、ずっと遠くから見ていた。

 今日もそうだった。


 楽しそうに飛び跳ねる子供たちを見つめながら、ぼくはじっと途中で買ったオレンジジュースを飲みながら見つめていることしかできなかった。

『どうしてひとりでいる?』

 背後から声が聞こえた。

「遠くから見ておくのが好きだからさ」

『嘘だい。寂しそうに見つめているよ』

「うるさいな。だれだ――よ」

 振り返ると誰もいない。周囲を見渡すが、声をかけてくれるような大人も子供もない。あるのは、一線を越えた先で楽しそうに笑うある声が聞こえてくるぐらいだ。

「……なんだかなー」

 心になにか深くトゲが突き刺さったような気がして、今日は早々帰った。


 家に帰る途中、奇妙なことにあのトンネルの前に差し掛かっていた。

「……おかしいな。なんで、ここに来たんだろう…」

 ふてくれて下を見て歩いていたはず。

 信号を通り、ガソリンスタンドの角を曲がり、商店街を抜け、古びた橋を渡った。無言で無心で、ただひたすらいつも帰る道を通りたくない気持ちで、歩いてきたはずが、ここにたどり着くとはどういうわけか…。

『寂しそうだね』

 声が聞こえた。はっきりと。でも姿は見えない。

 ぼくは怖くなり、トンネルを背に戻ろうとしたとき、誰かに腕を引っ張られた。

「え、ええ!?」

 見えない何かがぼくの腕を引っ張る。トンネルの中へと引きずり込もうとする。ぼくはイヤダと、言って抵抗するが力が及ばない。

 もうダメだと思って、目を瞑った時、誰かが叫んだ。

「ダメだよ!」

 目を開け振り返ると、帽子をかぶった男の子が立っていた。昨日会った男のことは違う。

 青い帽子をかぶり、パーカーを着ている。

「ここに来ちゃダメだよ! さぁ、早く!」

 グイッと腕を引っ張られ、ぼくは転ぶようにして地面に倒れた。そのまま、ぼくは男の子の言うまま、そのトンネルから去るように逃げた。

 近くの公園に着くと、男の子と一緒に汗をかき、息を乱しながらあの場所が危険なところだと教えてくれた。

「どうしてあんな場所に言ったの!?」

「え…知らないうちに」

「でも、助かったからよかった」

「あのトンネルは何があるの? 昨日、駄菓子屋の男の子があのトンネルの中に入っていったから――」

 そう言いかけると、帽子をかぶった男の子はグイッとぼくに睨みつけ、「祥平か…」とつぶやくと、ぼくはその子の怖さにつばを飲み込むことしかできなかった。視線を泳がすこともできず、じっと睨みつけられ、ぼくはただ茫然としていた。

「わかった」

 男の子から手を放された。

「ぼくの名前は、泉(いずみ)蛍(ほたる)。知り合いからはケイと呼ばれせている」

 そう名乗った。ぼくも助けてもらったばかりと名乗った。

「亜門(あもん)竜介(りゅうすけ)。二週間前に引っ越してきたばかりだから、あまり知らなくて…なにか悪い事したのなら、謝るから」

 よくわからず、あの場所がなにか秘密的な何かだと思いとりあえず謝った。

 蛍はぼくを睨みつけ、思い出したかのようにつぶやいた。

「ああ、行方不明になった子か。なるほど…ねぇ、あれからなにか変わったことがある?」

 と意味深なことを聞かれた。

 ぼくはとっさに≪未来視(ビジョン)≫と謎の声を思い出したが、あれも夢だと思い、「いや、とくには…」と答えると「そう」と振り返った。


 家に帰る前に駄菓子屋に寄ると蛍が言うので、着いていくうえであのトンネルは何なのか聞いてみた。

「あのトンネルはこの町ができてからあるの。大人たちはみんな、あの場所には近寄らない」

 話しによれば、戦時中に作られたものらしい。どういうものに使われていたかは謎だが、あのトンネルを調べに東京の学者が訪れたときに「大量の骨が出てきた」と言っていた。

 そのこともあって、あのトンネルは灯りものの、出口がないトンネルとも呼ばれている。

「あの灯りは何のためにあるの?」

「迷わないためらしいよ」

 迷わないため――きっとあの光は、あのトンネルに迷い込んだ者を出口へ導いてくれているのかもしれない。


 そんな話を終えると、駄菓子屋に着いた。

「祥平ー!」

 名前を呼びズカズカと入っていった。

 しばらくして、蛍と昨日あった男の子を連れて出てきた。

「ご、ごめんよー。からかったりしてさ」

「祥平のバカが、大惨事にならなくてよかったよ」

 駄菓子屋の孫息子――稲盛(いなもり)祥平(しょうへい)。ひょろりとした体系をしている。

「大惨事って…――」

「さっき話した通りだよ。まったく、旅行者とか引っ越してきた子にいきなり誘うなんて、最近、頭を沸きっぱなしだよ。これが、行方不明になったらどうするつもりだったの!?」

 なんか、年上に見えてきた。

「だから、ごめんなさいって謝っているだろう。それに、迷信だよ。だって、いままであのトンネルでいなくなった人なんて聞いたこともないし、それに、あのトンネルの奥は煉瓦で蓋がされていて通れなくなっているし、迷うこともないって!」

 蛍は何か言いたそうだったが、押し黙った。

「その辺にしとけよ祥平」

「大輔(だいすけ)…!」

「超えちゃならない壁もあるさ」

 体格が大きくオレンジ色のシャツを着ていた。

 蛍の紹介だと大椋(おおぐら)大輔(だいすけ)。この町の町長の息子らしい。

「あまりその話に係わるな!」

「だって――もう一度、入れば、きっと見つかる―――」

「もういいよ!!!」

 蛍の怒鳴り声に一同はびくついた。

 なにが起きたのか、ぼくにはわからない。でも超えてはいけない壁を越えようとしていたのはわかった。

「もう、終わったことだから」

 身体を震わせ、怯える。

「辛いのはわかる。でも―――」


 三年前、蛍の弟があのトンネルに入ったきり戻らないという事件があった。最初は誘拐的なものかと捜査をしていたが、死体がないことと犯人からの連絡がないことから、情報がつかめず、結局迷宮入りになってしまった。

 トンネルの奥へ引きずり込まれるようにして、消え、後を追った蛍につれ、数人の友達の意見からもあのトンネルの先は封鎖しており、大人でも子供でも通り抜けることは不可能だった。

 子供たちの証言にも疑わしいと思ったが、付近で目撃者もおり、このトンネル付近を捜索したが、見つけることはできなかった。


 あのトンネルについて深く心を傷つけ、誰よりも心配している蛍はあのトンネルで再び悲劇を繰り返したくないと見張っていたという。

 遊び心であのトンネル付近で遊ぶ人を見かける度に心が痛むという。


 その話を聞き、ぼくはさっそく≪未来視(ビジョン)≫を使った。

 今まで、使おうとはしなかった。見えてくるのは交通事故で死ぬ人や、殺される場面とか悲惨な現場を見るだけだった。

 でも、蛍の過去を知って、もしかしたらあの場所を知ることができるかもしれないと嫌がっていた能力を使おうと決心していた。


**


 見えてくるのは真っ暗闇な空洞。

 どこまでも続き、壁もなければ天井もない。あるのは地面だけ。

「ここは…どこなのだろう…」

 周囲を見渡した。でも見えるのは暗闇だけでなんの影も光もない。

「あ、あれは!」

 青い帽子をかぶり走っていく男の子が見えた。

 ぼくはその男の子の後を追う。

「蛍に似ている…でも背格好が違うし、体系も幼い…」

 もしかしたら弟なのかもしれない。

 ぼくは走り、後を追った。あと少しで追いつけるというところで、その影は消えた。

「クソっ! どこにいるんだ」

『なにを探しているんだい?』

 ふわっと仮面をかぶった大人が現れた。その姿はぼくを連れ去った人によく似ていた。和風の着物を着ている。どこか古臭く青色と紺色を混ぜた花模様が印象的だった。

「あの子を探しているんだ!」

『あの子って…だれだい?』

 ぼくは先ほど見た男の子について説明した。

『なるほどね。それは大変な思いで…』

「どうしたら、連れ出せるの?」

『簡単なことだよ。光が見えるだろう』

 指をさす。そこからうっすらとだが光がついていくのが見えた。トンネルの光だ。うっすらとだがかすかに光が見える。

『あれをたどりなさい』

「でも、その子はどこにもいないんです」

『大丈夫。私が連れて行ってあげるから。出口の前でいてくれ』


**


 目が覚めた。

 ぼくはいてもたってもいられず、パジャマ姿のまま外に飛び出した。朝日が昇る前の時間帯でまだ空は暗く、街灯が照らしている街中はどこか寂しくにも見えた。でも、あの仮面の言うとおりに、あの場所に行けば何か変わるかもしれないという感覚があり、ぼくは周りの風景がとうに見えなくなっていた。

 トンネルの前に蛍がいた。

 寂しそうに帰ってくることを信じて、蛍が待っている。

「蛍!」

「竜介! どうしてここに…」

「今来たぞ! さあ、ここに向かって走ってきてー!」

 ぼくはトンネルの奥からかけてくる音に向かって叫んだ。

 トンネルからゆっくりと姿を現す。

 それを見て、蛍が叫んだ。

「裕(ゆう)ーー!」

 感動の再会だ。

 三年ぶりに出会い、姿はいなくなった当時のままだ。どこも怪我をした感じではない。不思議なこともあるものだと感心していた。

 目の前で抱き、わんわんと泣いている。

 トンネルの奥で手を振る仮面の大人が見えた。

「ありがとうございます」

 ぼくも手を振り返した。


 しばらくして、新聞に載った。

『――奇跡的に、生還した男の子。三年前に行方不明になったはずの男の子が当時の姿で、トンネルから帰還した』

 と。

 あの仮面の大人はあの子を見つけることができたのだろう。

 ぼくは、この能力が役に立てたことを嬉しく思いながら、今日あったことを仮面の大人に話しをしていた。


 人気がなくなった公園のベンチに腰掛けると、いつの間にか隣に座っていた。

『別に悪くはない気分だろ?』

「うん。最初は変な気分だったけど、今はいい気持ちだ」

『この調子で変えていってくれ。俺はお前をサポートするぐらいしかできねぇーからな』

「ありがとう。それで、君の名前を教えてくれないかな――」

 振り返るとそこにはもう誰もいなかった。姿はなくただひとりぼっちベンチに座る自分だけがいた。


 公園から立ち去る際に、声が聞こえた。

『呼び方は自由だ』

 ぼくは思った。次に会ったときはちゃんとした呼び名で呼ぼうと。それまでは宿題だ。

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いなまち にぃつな @Mdrac_Crou

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