続・憑かれた俺の異世界戦記 あなたの手を取る、石ころ英雄《スーティラス》 

月枝奏時

第1話 異世界にて攫われる

「あなたは!どうしていつもそうなんですか!」


若き女王、カノンのいつものお説教に、肩をすくめる。

分からないと主張するあのアメリカンなポーズをとりたかったが、この体は石ころ一つ。

そして俺は、溜め息っぽいトーンで呆れた様に答える。


「しょうがないでしょう?石ころなんですから」




……



……



「これか……」


暗闇の中、一人の影が手を伸ばす。

標的は部屋のど真ん中、台に乗せられ展示されている鉱石。


「……すぅ」


寝息の様な音に、ビクリと手が引かれる。

周囲の索敵、退路の確認を素早く行うが、問題はなかった。

迷いはあったが、焦りが生まれたこの状況、ついに一人の人は、引き返せない道を進む。

その右手は石ころを掴み、影は闇へと消えて行った。



……



……




「おい!ケーゴ!国坂景護くにさかけいご!白いの知らないか!セツハが部屋に居ない……ん?」



呼びかけながら部屋に入ってきた、緑髮のエルフは固まる。

この部屋に人がいないことは百も承知。

なぜなら、ここには魂を石に宿した男が置かれている場所なのだから。

自分の声に反応する動きがないことは、いつものこと。

だが……。


いつもの様に、台に置かれていたその石ころは忽然こつぜんと姿を消していた。



「チッ、あのバカ。……これは」


髪を軽くかき、苦々しげに元々鋭い目をさらに細める。

悪態を一つ漏らしたエルフは、大きくスリットの入ったスカートをひるがえし、すぐさま部屋を後にした。



……



……



目を覚ます。

冷んやりとした真っ暗な空間。

そこに男は横たわっていた。


「ああ、俺の出番か」


ここの俺がやるべきことは、体を起こすことではなく、まず腕を前に伸ばし、力を入れる。

すると、自分の目と鼻の先にあった板の様なものが持ち上がり、光が差し込む。


床下。

そこから這い上がり、自分の部屋を見回す。

石壁に、中世欧州を思い出すゴシックな家具。

身だしなみを整え、壁に飾った刀を掴み、ああ、と一人納得する。


ここは異世界。

剣も魔法も魔物も城も女王も騎士もエルフも身近に存在する、そんなファンタジーな世界。

ドアを開け、廊下ですれ違うメイドさんに挨拶をしながら、認識する。

ここが異世界の国、ガーランサスの城であることを。


広い城内を迷うことなく、ある部屋を目指す。

外まで声が聞こえる騒がしい部屋の前で足を止める。


「入るぞ」



「……」


ドアを開けば、集まる視線。


「あああー!」


響く各人の驚く声。

その騒々しい声達が、自分の方へ滝の様に流れ込んでくるのを、皆が落ち着くまで受け流すしかなかった。


「行方不明と聞きましたが、と、とにかく無事だったのですか?国坂景護」


空を連想する美しき水色の髪に、星を思い出す金色の瞳。

偉大すぎる祖母に、コンプレックスを持っている若き卑屈女王カノン。

彼女が不安そうにこちらの様子を伺う。


「いえ、カノン様。この景護様は、なんと言いますか、予備なのです。このわたくしが術で作った体……すなわち、今いらっしゃる景護様に、魂が宿っている石を搭載することで、景護様が完成するのです」


白髪に、赤眼。

以前助けたことで景護にべったりの、初恋依存巫女。

雪の様に真っ白で、切なさと儚さを抱いた巫女セツハが説明する。


「なるほど、そうなると、この国坂景護は、抜け殻みたいなものということでしょうか?それにしては自我がしっかりしているような……」


長い金髪、鎧をまとった騎士、真面目で堅物、カノンを心酔するイケメン。

騎士達のリーダー、フラッドがまじまじと景護を観察する。

横で緑髮のエルフ、石ころ行方不明事件の第一発見者のリンが鼻を鳴らす。

見た目は穏やかな美人のエルフのはずだが、目だけは鋭く、強い相手に噛み付く狂犬じみた戦闘狂エルフ。


「フン、魂宿る石ころ……ケーゴ本体に何かあったとき、人格をコピーしておいた人形の内の一体が起動するように、調整しておいたんだよ。それに、今はまだ弱いが、本体とのリンクが強くなれば、石ころの方から情報が得られるかもしれない」


リンの説明に苦笑いをしながら、一応補足する。



「記憶や精神構造は転写だから、基本的に同じだと思ってほしい……が、核がない今、戦闘力はクソ雑魚だからな。当てにはしないでくれ」


カノンが大きくため息を吐く。


「はぁ、分かりました。……では、この城で盗みが働かれた……そう、考えなければならないみたいですね」


「盗みかは知らないが、何かがあったことは間違いないだろうな。魔力の痕跡が全くない」


眉間にしわを寄せたいつものしかめっ面で、リンは手のひらの上で炎を遊ばせながら、呟く。

それを聞いてセツハは白い髪を揺らしながら、頷く。


「あら、それは……」


「そうだ、セツハ。消されたという状況がそこにある。証拠でも隠滅されたか?」


「そうですね。だとすれば……リン様、少し作業場で確認したいことがあるので、お付き合いお願いできますか?」


「ああ、分かった」


セツハはこちらにお辞儀し、部屋を出る。

リンは欠伸をしながらそれに続いた。


「カノン様、城内の捜索の命令を出しておきました。必要に応じて、指示を増やすつもりですが……貴族の皆様への対応は?」


二人とすれ違いで、フラッドが戻ってくる。

いつの間にか、部下への指示を終え、女王への報告と更なる指令を仰ぐためにゆっくりと近づく。


「……ご苦労様ですフラッド。そうですね、そちらの方は私とお祖母様で、どうにか致しましょう。あと、グラウスにも頼みましょうか」


「カノン様、アリア様と……ジジイ……いえ、失礼しました。グラウスは今、旧友を訪ねると、城にはいません」


また再び溜め息を吐きながら、カノンが疲れた様な顔をする。


「……そうでしたね。分かりました、私の方でなんとかしましょう」


「カノン様、舞踏会が近いゆえに、城に滞在している貴族もいつもより多くなっています。多くの人に頼り、指示を出しましょう。もちろん騎士団もギルドの冒険者達もカノン様のお言葉でいつでも動けるよう、私から言っておきますので」


「ありがとう、フラッド。頼りにさせてもらいますよ」


「ハッ、ありがたきお言葉!」


風のように颯爽さっそうと出て行った騎士の顔が、ニヤついていたのをぼんやり見送りながら話を切り出す。


「昨夜は、セツハと遅くまで、この作られた体との同調率を調整をしていた。石が盗まれたのは、まぁ、寝ていた時だろうなぁ。一応壊されてないのは、ぼんやりと分かる」


「あなたの魂の入った石……刻魂石こくこんせき……あれの価値を知る者は、多くはありません。それに、扱える者もお祖母様以外に聞いたこともありません。一体、なぜ……?」


「まぁ、動機は追々おいおいでいいでしょう。……申し訳ないですね。俺に気を使って、そこまで保管を厳重にしていなかったから、こんなことに」


謝罪をしているのは、こちらのはずなのに、カノンはさらに申し訳なさそうに、うつむく。


「いえ、あなたはこの国を救ってくれた英雄ですから。それに石の姿になろうとも、一人の人として尊重すべきです。……はぁ、皆は素早く対応し、良くやったくれているのに、私はお祖母様とグラウスがいないことすら頭になくて、そのまま思考が真っ白に……」


「はいはい、いつもの自己嫌悪は後にしましょう。カノン様にしかできないことは、腐る程ありますから、一つずつ、落ち着いて」


景護の言葉にカノンは、ムッとほおを膨らませるが、軽く頷く。


「はぁ、分かりました。私も、もう戻りますので。……あなたも調査は慎重に、内密にお願いしますね?ですが、あなたの命もかかっています。迅速に……ええと、それから……」


心配そうにオロオロするカノンに笑いかける。


「大丈夫ですよ。いつも通り、上手くやります」

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