史記~司馬遷・冤罪~
武帝の燗気にふれた司馬遷は獄につながれてしまった。法に触れる訳ではなく、ただただ正言を掲げたことが罪ならば、これを冤罪といわずしてなんと言おうか。司馬遷はこれから「死」か「金銭」か「誇り」の究極の選択を迫られる事となる。
獄に下された司馬遷に救いの手はさしのべられなかった。これは司馬遷が、日頃高官に付け届けなどはせずに、清廉に生きていた証かもしれない。何の慰めにならない事実ではあったであろうが。この頃の司馬遷は、人を庇っただけで罪になる現状に、かなりやるせない気分になっていたのではないか。思索する時間はあったであろうが、罪が確定しない事もあり、悶々としていただろう。
その後武帝も大人げない怒りと気づいたのか、李陵の救出作戦を敢行するも失敗する。その際に匈奴の捕虜から「李陵が匈奴に協力している」との証言がもたらされる。これは完全な誤報であった。「李楮」という人物が協力していたのだ。何て紛らわしい。そしてまたもや冤罪。
しかし、武帝は今度こそ激怒した。武帝にとってはこの情報は、先の怒りを正当化できるもので渡りに船であったのだ。内心この情報を喜んでいたのではないかとさえ思う。確かめもせずに一族を皆殺しにしたうえ、司馬遷にもとばっちりで罰が告げられる。武帝にしてみれば司馬遷の境遇は頭痛の種だっただろう。明確な罪もないまま獄に置くわけにいかず、かといって釈放すれば自分のを非を認めることになる。李陵の裏切りは全てを帳消しにできる切り札になったはすだ。司馬遷にとってはたまったものではないだろうが。
司馬遷への罰は「死罪」か「銭50万銭」、そして「宮刑」、どれかを選ぶ事となった。
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