第七話 四人で『ハンナ追試合格連合』

「なあ、ほんとにやるのかよ?」

「当たり前でしょ! なんたって『ハンナ追試合格連合』だもん! ね、グラーシェ!」

「ええ。今日はとことん行きますよ!」

「ピルピィ、何してればいいか分かんなーい」


その日の夜。


夕食を終え、身体を洗い流したミウ達四人は、寮長の許可を得てミウ・ハンナ組の部屋に集まった。


みないつもの制服とは違い、真っ白なネグリジェを着たままで筆記用具、教科書を持ち寄った。


それもこれも、みんなでハンナを天文学の追試で合格させるためだ。


「連合って……何張り切ってんだよ」

「張り切るよ! だって、ハンナとはずっと一緒に居たいし! 角音がすごいのに、筆記で単位落として進級出来ないなんて嫌だもん!」


ミウはふんふん、と鼻を鳴らしながら告げる。


しかし、あんまり乗り気でないハンナに、少しおずおずとしながらミウは呟く。


「ハンナが嫌だって言ってもやめないからね。そのためにわざわざリィピットさんの文房具屋に行ってペンも新調したんだから!」


何かを始めるのに形から入るというのは、モチベーションを上げる有効な手段でもある。


そのためにミウは、学院内にある文房具屋の『リィピット文房具店』でハンナのペンを新調したのだ。


ハンナの好きな、明るいイエローの差し色が入ったカクネギインクのペンを。


ちなみに、カクネギインクのペンとは、カクネギという樹木の黒い樹液をインクとして利用するペンである。


そのインクはペンの中に固体として入っているが、角人の体液が触れると液状化し、それで文字を書くことが出来るという仕組み。


だから文字を書く時、ペンの先をペロリと舐めてから使う(ちょっと甘い)。


「……お前、そんなキャラだったっけ?」


今まで見たことのないくらい熱が入ったミウに、ハンナは少し笑いながら問いかける。


すると、ミウは振り切れたように答えた。


「……私、ハンナに嫌われたくなくて、今度は馴れ馴れしくしすぎないようにしようって思ってた。でも、それって本当の友達じゃないって教えてもらったの」


ミウはそう言って、少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「これが本来の私! ハンナに嫌われようが嫌がられようが、絶対に追試を受からせるんだからね!」

「…………!」

「私は、ハンナと本当の友達になりたいから! ただ一緒にいるだけじゃない、お互いの事を想える友達に!」


そう。


もうミウは、一人が恐くてハンナの後ろにくっついているだけの友達でありたくはない。


嫌われたくないからって、ハンナの機嫌を伺うような人間でいたくない。


そしてそれ以上に、ハンナともっと寄り添いたい、一緒にいたい。


同時に、ハンナが赤点を取って悩んでいるなら、一緒に考えられる友達でいたいから。


「……って、あはは。なんか、恥ずかしいこと言っちゃった……かも」


ただ、言葉に出した事で少し気恥ずかしくなってしまったのも確かだ。


ミウは赤面しながら、顔を背ける。


だが、彼女の耳に、ハンナの笑い声が聞こえた。


「……はは、あははははっ! なんか、あたしが悩んでたのが馬鹿みたいだ。ミウってさ、そんな恥ずかしい台詞を素で言えるやつだったんだな」

「べ、別にそんな……!」

「いや、嬉しかったんだ。……あたしはさ、お前との繋がりが落ちこぼれだっていう要素だけだと思ってて……」


だからこそ、実技でミウが制御不能ではあるものの、莫大な力を発揮したあの時が。


あの時が、ハンナの曇りの始まりだったのかもしれない。


「だから、お前が角音を使えるようになった時……焦ってたんだ。あたしは筆記が出来ない、お前は角音が出来ない、そんな落ちこぼれ同士の友達だって思ってたから」

「ハンナ……」

「身勝手だよな。そもそも最初に話しかけたのも、お前なら落ちこぼれのあたしの気持ちを分かってくれるって思ったからなんだ」


ミウは、はっとして思い出す。


一番最初、ハンナと出会った時。


あの時に、彼女はそんな事を。


「でも、結局あの時だってお前はもがいてた。あたしみたいに諦めちまってた奴とは違って、お前は角音が吹けるように何度も何度も教科書を読んで、必死に練習してた」


小さく震える、ハンナの手。


「そんなお前とあたしは結局違うんだって、この前の試験で確信したんだ。だから、お前にどんな顔して友達面すればいいか分からなくて、冷たくしてた」

「ハンナ……! そんなこと……!」

「────でも!」


ミウは否定しようと手を伸ばす。


ただハンナは、そんな彼女の手をぎゅっと強く包み込んで、ミウの目を見て告げる。





「あたしは、そんなミウに顔向けできるような奴になりたいって思った! 諦めるんじゃなくて、ミウみたいに努力できるような奴に!」






彼女の琥珀色の瞳が、ミウの瞳に色濃く映る。


その眼差しは、決意を秘めていた。


少し涙で潤んだそれは、真っ直ぐにミウを見つめる。


「あたしも……ミウと、本当の友達になりたいから!」

「ハンナ……」


ミウは、身体がビリビリするような感覚を得た。


それは、ハンナの信頼を肌で感じるように。


だからミウはこう返す。


「わかった……! さ、始めよう! ハンナだって私と変わらない人間だもの! きっと、いや絶対、やれば出来るよ!」


ハンナを机に座らせて、ミウは山積みの紙束を机に叩きつける。


これは、図書室にある書類複製用の角奏器かくそうきを使って、試験範囲から作成した問題を紙に複製したもの。


角奏器とは、角笛と違い、用途が限られている代わりにただ角音を送り込むだけで効果が発揮される道具の事である。


角笛は、音色とコントロールさえ出来ればどんなことでも可能なら代わりに、そのコントロールに練習が不可欠な難しいもの。


それを用途を絞って扱いを簡素化したものが角奏器である。


ちなみに、試験範囲から問題を作成したのはミウとグラーシェである。


「追試までに、これを全部解けるくらいに勉強しよう! よーしいくぞーっ!!」

「おおーっ!!」


額に『追試合格!!』のハチマキを巻き、勉強を始めるミウとハンナ。


グラーシェは、そんな二人を微笑みながら見やっていた。


そんな彼女の顔を、にこやかに笑いながら覗き込むピルピィ。


「グララ、嬉しそう」

「わ、分かりました? だってあの二人、あんな楽しそうにするものですから……」

「ピルピィもなんとなく分かる。なんか、こっちも楽しくなってきちゃった!」

「私達もハンナが合格出来るように、手伝いましょう!」

「おーっ!」


そこから、ミウとハンナ、グラーシェとピルピィでの勉強会が始まった。


ミウが問題を出して、分からなければ解き方を教える。


グラーシェが採点して、そこから弱点を割り出す。


ハンナが眠りそうになったり集中力が欠けたら、ピルピィがクルルを思い切り発光させて目を覚まさせる。


そんな勉強会は、破天荒ながら連日続いた。


普段勉強するクセのないハンナには、かなり過酷なものではあったが……。


ミウも、ハンナも、そんな勉強会が楽しくて仕方がなかった────。

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