かつての創造者は召喚勇者として舞い戻る。

瑞谷 桜

プロローグ

 ——…とある国の、緑が一面に広がる平原の中心に、とても大きな大樹が立っている。その大樹は人々に神木として崇められていた。

 その太い立派な枝の上では煌めく銀色の髪を、頭頂の付近で左右に結った少女が心地良さそうに眠っていた。

 風が彼女の頬をくすぐると、ゆっくりと少女はまぶたを開け、ふらりと起き上がる。すると彼女の覚醒に気がついた大樹が、己の身に生っている黄金の実を彼女の元へ一つ落とした。


「ありがとう。イグドラシア……」


 少女は大樹に礼を言う。

 ——イグドラシアとは大樹の名であり、銀髪の少女がただの果実の木に授けたものだ。

 木は言葉こそ喋ることは出来ないが、少女は木の意思を感じることができた。

 木も言語を理解するができ、触れ合う度に二人の仲は縮まっていった。

 ——いつしか少女と木は、親友の間柄にまでなっていた。

 そうして少女は、やがて大樹となる果実の木へと名を授けた。

 すると木は、みるみるうちに伸びて、太くなっていき、今の大樹へと“進化”を遂げたのだった。



 ……少女は黄金の実を小さい口をいっぱいに開け一齧りし、飲み込んですぐに口を開く。


「ははは……、やっぱり美味しい。……でも、もう、アナタの実を食べても、回復しないみたい。せっかくくれたのにゴメンね……」


 少女は俯き、身体を震わせた。そして、ポツリ、ポツリと、涙の粒を落とす。

 イグドラシアも悲しそうに枝垂れ、まるでイグドラシアの涙を表すかのように、朝露が少女の頭に垂れた。イグドラシアは慰めるように枝を伸ばしてくれたので、少女はそれを抱きしめる。


「最期に、アナタの元に来れて良かった……——ッ」


 不意に空を見上げ少女が驚いて目を大きく開く。

 同時にイグドラシアもそれの気配に気づいた。


「——あらあら、無様な最期ね。アタシの《友人》」

「そうかな? 友人たちに看取られるなら、結構良いものだと思うのだけど……。テネブ……アナタも看取りにきてくれたんでしょ?」


 青空には、宙に仁王立ちでこちらを見下ろす、高飛車風な少女テネブがいた。彼女は闇色で艶のある、美しい長髪をかきあげ「フンッ」と、鼻で笑う。

 ……彼女からはとてつもない殺気のオーラが溢れていた。イグドラシアはそのオ

ーラが、親友である銀髪少女から昔感じていたものと、若干似ていることを感じ取った。

 ……今の少女からはもう、感じ取ることが困難なほど薄いものしか残っていないが……。


「……いいえ、惜しいわね。アタシは——殺しにきたのよ……——《虎爪剣ティグリ・ラミナ》——……」


 そう言うと、テネブは呪文のようなものを唱えた後、一瞬右手の指を虎の爪のようにして、ギュッと握り込む。すると彼女の右手には、一瞬にして淡い青の光で形成された、殺気に満ちたブロードソード型の剣が握られていた。


「ふふふ……。アナタらしい? ……なぁ」

「……貴女の最期は私の手で、できるだけ苦しませず終わらせてあげたいのよ。そこの木は延命させようとしてたみたいだけど」


————ザワザワザワッ————!!


 テネブの言葉に怒ってイグドラシアは一部の枝を激しく揺らす。


「フンッ! 噂の《黄金の果実》を食べさせたようだけど、無駄よ。あの子には三柱の《創神》の呪いがかけられてるんだから。延命なんかさせて苦しませるより、トドメを刺して早く楽にしてあげた方が余程良いわ」


 イグドラシアは枝垂れ、露を散らす。銀髪の少女はそれをみて、今度は彼女を慰めるようにしゃがんで枝を握ってやり、ついでに足元に置いてあったバスタード・ソードに近い形の木剣を持つ。


「ねぇ、テネブ。アナタの欲しいものはわかってるわ。付き合いが長いもの。けど、私としてはいくらアナタと私の仲と言えども、簡単にを渡すわけにはいかないの。どうせトドメを刺しに来るなら、ついでにこれ交渉し決着をつけましょ? 雲の上で」


 イグドラシアは寂しさの意思を少女に示すが、少女はそれに気づいていないフリをした。

 何故か? それはイグドラシアへの未練を残したくなく、振り切るためだ。


「うぐッ……(……私も、アナタに看取られて逝くのもいいって思ってたけど、アナタを見てると、今以上に死にたく無くなっちゃうから……。ゴメンね)」


 少女は、横腹を庇い小さく唸りながら立ち上がると、イグドラシアの枝から飛び降りる。彼女は着地せず、テネブと同じように……いや、テネブとはやや違い、かなりふらついているが——空へとイグドラシアに背を向けて昇っていった。

 その途中、彼女は涙を地に落としつつ、振り切れなかった思いを零していった。


「——この世界で来世があるならば、またアナタに会えたかな……」


 雲より上に上がりきったとき、テネブの顔をふとみると、今まで気丈に振る舞っていたのだろう。涙でボロボロになっていた。


「フフ……。なんだかんだいって、しっかり悲しんでくれるのね」

「う、うっさい、バカぁ……ぐす……」


 ——彼女にかけられた呪いは三つ。


 ——一つ、彼女の力を奪い、来世へ前世の記憶をできない。


 ——二つ、彼女の死は数十分後確定し、死ぬまで苦しむ。そして、


 ——三つ、彼女が死んだあと、彼女の体は抜け殻になり、となる。


 ……三柱の《創神》の怒りを買った彼女は、彼女らとの戦いの中、その呪いを受け三柱の《創神》の猛攻に耐えきれず、地に落ちた……。

 しかし、《創神》は自らの滅びを悟ると、力の一部を《創造石ゲネシス》という宝石変え、その場に落す。

 テネブは、それを銀髪の少女から回収をしに降りてきたのだろう。勿論。少女を楽にするためのトドメのついでに。


 互いに、銀髪の少女は木剣にテネブと同じ殺気を纏わせ中段に構える。テネブは殺気の虎爪剣を脇構えで…——間合いは一足一刀。いつでも相手を斬ることができる。勝負が決まるのは、彼女らどちらかの剣速によってだ。

 ……しかし——そんなもの、手負いの者が圧倒的に不利になるに決まっている。

 そうこの勝負は交渉、銀髪の少女がテネブを試すためのもの。

 …——勝負は一瞬で決まった。


「「————ッ!!」——……ぁぐッ!」


 テネブの《虎爪剣》が、すれ違いざまに銀髪の少女の胸を突き刺さる。

 銀髪の少女は、右手で《虎爪剣》の柄を握ったまま涙するテネブに微笑むと、木剣から手放した左手で彼女の頬をサッと撫で、涙を拭ってやる。

 そして、少女は掌に、透明な宝石を出現させると、テネブに差し出した。


「私の《創造石》。絶対に彼女達に渡しちゃだめよ?」

「……ぐす、わ、わかってるわよ! ……貴女こそ、絶対に何とかして帰ってきなさいよ!!」

「ふふ……出来ればそうしたいけど、無理ね……。まあ、彼女達に、まだ、——……が残っていれば、戻ってこれるかもね……。くッ、そろそろ……逝くわね……」


 銀髪の少女の紅い瞳から光が徐々に失われていく。


「……今までありがとう。イグドラシア、テネブ、みんな……——」


 …——光は完全に失われた——…


「……さようなら、エクスト……——」


 テネブの持つ、光の剣が貫いていた少女——エクストの体は煌めく銀の粒子となって霧散した。そして、その場所を中心として、青空に銀色の煌めく柱が上がった。


 その煌めく柱は、イグドラシアにも見えていた。


『さようなら、私の親友——』


 —— —— —— ——


「——葛……——おい、葛羽カズハ! 起きろ!!」

「……はぇ?」

 

 間の抜けた声を上げて、突っ伏していた机から上体を起こす——僕、こと日高葛羽ヒダカ・カズハは、二年三組の教室にて日課である《授業中の居眠り》を行ってたんだけど、たった今誰かに邪魔されて意識が戻ってきてしまったみたいだね。まあ、その誰かっていうのはわかってるけどサ。

 わざとらしくゆっくりと目を開ける。すると……、うん。いつも通りだね。——担任、九重ここのえ先生の髭面顔がそこにあった。先生の両手は僕の両肩に位置しており、揺り起こされたようだった。

 ——あー、これまた怒られるパターンですね……うん。いやぁ、にしても面白い夢だったね。妙に設定凝っててさ。でもこりゃあ、ラノベの読み過ぎだなぁ。…………あれれ?

 いつも九重先生に叱られるときは、説教が終わるまで現実から目を背けて別のこと考えるようにしてるんだ・け・ど——待てど暮らせど、お叱りのお言葉は先生の口から飛び出してこない。

 ちょっと~、空返事の準備は万端ですぜー?

 ……と、心中ふざけてみているのだが。……えっ、ちょっとやめてよ! 先生なんか言ってくれないと、これを読んでくれてる人たちに、僕が心の中でメチャクチャ喋るヤベーやつみたいになんじゃんか!(実際そうなんですけどね)


「先生?」


 しびれを切らし、僕は声をかけてみる。が、先生は僕の両肩を掴んだまま喋らないし動こうとしない。えぇ……怖いぃ……。


「あの~。ん? うぇッ!? 先生泣いてるんですか!?」


 そう、先生は何故か両目から大粒の涙を流して泣いていたのだ。


「す、スマン……ズビビッ……! お前がでも起きないがらなぁ……し、死んでるんじゃないかと思ってしまってな……ズビビビンッ!」

「は?」


 九重先生は何を言ってるのだろうか? 授業中にちょっとだけ、眠ってしまっただけでそこまで心配するぅ? このオッサン、いつもの鬼顔は仮面で、実ぁ、涙もろくてメチャ心配性だったのでは!? これには僕も、ギガ困惑だよ……!


「えーと、取り敢えず先生? 外の景色でも見て落ち着きましょうぜ? ほら、うちの教室からの景色は一番眺めが良い……って……は?」


 いやいやいやッ……! 全く意味が分からないよ……。——なんと、視線を向けた窓の外には、いつもの学校周辺地域の景色は無く。代わりに、見覚えのない緑いっぱいの平原が広がっていた。


 ——は、ははは……こりゃあ、テラ超えてペタ困惑でさぁ……——


「スゥ————ッ! ……——ここどこだよぉおおおおおおッ————!!」

 


 ——……僕はどうやら、——流行りの《異世界》ってのに来てしまったらしい……? ね……。



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