RR

びふぃずすきん

序章 瑠璃と硝子

───それは。まだ、ニンゲンが《神》を忘れ去っていた頃のこと。




「全く、彼らにはいつも驚かされます」


静謐な闇の中に、青く淡い光が満ちていた。光源はおそらく中央にぽつりと浮かぶ瑠璃色の巨大な【なにか】。古式のコードが描かれた光の帯に包まれて、ゆっくりと明滅を繰り返すそれはまさに神秘の体現である。


「主よ」


声が告げる。滑らかに歌うように。少年とも少女ともつかない高く清らかなソプラノが、天上の調べがごとく問いかけた。


一体、何処に?


直ぐに忘れてしまえるような、些末な独り言か?

さもなくば、暗闇に人物が潜んでいるとでもいうのか?


答えはどちらも否。声の主の問いかけた先には、この世界ハイランドにおける真理が鎮座している。


「貴方は、本当にこれが正しいとお思いですか?」


声は続ける。相も変わらず流麗に。まるで台本に書かれたセリフを読み上げるかのように。


「戦乱は一時収まりました。こればかりは他ならぬ貴方様のお陰です。しかし───」


俄に瑠璃色の光が強まる。照らし出された闇の中に、不似合いな程小さな人影が浮かび上がった。


12、3歳と見える。陰影のくっきりとした、整ったかんばせ。瑠璃色に照らされて輝く髪。修道服のような装束も恐らくは純白なのだろうが、すっかりと青に染まっていた。


少年───否、少女か?


そのような疑問も瑣末と消えてしまうほど、常軌を逸した美麗な子供の姿。──それが、恐らくは声の主。


「しかし、どうでしょう。あの戦争の後、人は更なる争いを求めました。それについてあなたはどうお考えで?」


容貌に似合わず言葉は異常に大人びている。よく通る声はすらすらと文句を並び立てるが、返答はない。しかし彼──あるいは彼女───は、それすら気にかけていない様子だった。


「今地上は戦乱の嵐が吹き荒れております。限られた人間が安寧を貪り、大多数の貧しき民は貧困と飢餓の地獄に飲まれるばかり。放っておけばいずれまた大陸は戦に砕ける。恐らくそれは、幾千年前のかの大戦など同日の談ではないものとなるでしょう」


芝居がかった口調で言いながら、その人物は細く白い右腕を虚空に差し伸べる。表情は妖しげな微笑み。光源と相まって現実感を喪失させる光景だ。


【それ】はあまりにも美しすぎた。喩えば、精緻に作られた陶器人形のように。触れればたちまち罅割れて砕ける硝子細工のように。人間の形を目指して作られたものの、結果としてそれ以上の容貌を手に入れてしまったもの。幻想を体現する人形。時間の概念すら喪失した空間で佇むそれを常人がひとたびでも目にすれば、誰もが物語の一場面と見紛っただろう。


「それでも貴方様は構わないと?愛し子らが危機のさなかにあろうとも?」


子は答えをも求めぬ問いを続ける。瞳に瑠璃を写したままに。唇の端に笑みを浮かべたままに。


「それとも───」


×××を信じるのですか。そう言って、それはさも愉快そうに笑い声をあげた。


次の瞬間。世界の全てが、暗転した。

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