帰りみち 片足を引きずって歩く人を見た 『父』

帰りみち

片足を引きずって歩く人を見た


ああそうだ

父もこんなふうに見えただろうか


帰宅後話題にしようとしたが

母には言わずにいようと誓った


それは三年経っても実感のない

自分への重石でもあった


母が泣くのを判っているから

泣かない自分を知っているから


だから黙っていようと思った


それなりに

父の記憶は蘇ってくる


ささやかに

あぶくのように思わぬときに


家族で車で旅行をしたこと

電話をかけてくれたこと


チャーハンを食べなかったこと

怒りをぶつけたある日のこと


気づけば父を嫌っていた

理解できずに憤っていた


最期のあくびの瞬間までも


江戸っ子で

なにかとすぐに息巻いた父


晩年は

寝たきりになりつらかったろう


お通夜の日わたしはつぶやいた

もう直接には言えない言葉を


父は聞いてくれたのだろうか

今となっては知るすべはない


あなたはいい父ではなかったが

わたしの父には変わりない


そのうちわたしも行く世界では

あなたが自由であることを願うよ


お父さん

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