第30話 後日談は次々と

 太乙玲高校の文化祭に生徒会長は来なかったが、参加した生徒たちはそれほど問題にしてはいなかったようだ。

 太乙玲高校の生徒たちと一緒に撮った写真がSNSに上がっていたくらいで、それもいつしか、日常のなかに埋もれていく思い出のひとつになっていったらしい。

 生徒会長はというと、大きな事件に巻き込まれたわけではなかったようだった。

 次の日からはいつも通り登校していたらしく、長瀬雪乃も僕の顔を見ると、生徒会長との間での些細な出来事を、楽しげに報告してきた。

 あれだけのことがあった後なので、腹が立たなかったと言えばうそになる。

「何か、変わったことは……」

 ムカッときたのを抑えて尋ねたせいか、答えは平然と返ってきた。

「別に」

 ただし、生徒会の企画をすっぽかしたのはさすがに気まずいのか、本人が僕の前に顔を出すことはなかった。

 もっとも、それなりに何か事情があったらしいということは、藤野がオタク仲間経由で聞いてきた、SNS上の情報を教えてくれた。

「生徒の悩みに真剣な態度で向き合う生徒会長?」

 確かにそういう人かもしれないけど、評判をおおっぴらに流されては迷惑だろう。

 藤野は藤野で、他のことを面白がっていた。

「で、これ見ろよ」

 見せてくれたのは、明らかに裏アカウントを使って書かれたと思しき、やっかみと罵詈雑言の羅列だった。

 これを知っているのか知らないのか……いずれにしても生徒会長が気の毒になった僕は、太乙玲高校での文化祭のことを忘れることにした。


 不思議なことは、それから少しずつ、しかし立て続けに起こった。

 まず、そろそろ7月の声も聞こえてきた1学期の期末考査初日のある朝のことだ。

 しばらく顔を会わせていなかった生徒会長が、僕を探して教室に駆け込んできたのだ。

「佐々君……会わせたい人がいるんだ!」

 そう言うなり、めったに行かない3年生の教室へと半ば強引に連れていく。

 教室の最後方、廊下側の隅っこの席に、どこかで見たような男子生徒が、いごこち悪そうに座っている。

「……小笠原、さん?」

 茫然とする僕の前で、生徒会長が、照れ臭そうに苦笑いした。

「どういう風の吹きまわしか、って思ったんだけど」

 すると小笠原健太郎は、ぶすっとした顔でそっぽを向いた。

「気に食わないなら、帰るよ」

「まあ待て、まあ待て」

 生徒会長は、一生懸命になだめる。小笠原健太郎も、機嫌を直した。

「いいよ、大事な仕事、すっぽかして来てくれたんだから」

 聞けば何でも、その数日前、交流ボランティアセンターから来たという中年男が訪ねてきたらしい。

 生徒会長が照れ臭そうに頭を掻いた。

「閉鎖されてたはずの交流センターが開いてるの偶然見つけてさ、事情を正直に話したんだ、一切合切。もともと、政野さんの仲介だったしね。」

 あのヤンキーたちは、最初から正野伽藍に操られていたのだろう。SNSで煽って魔法使いたちを闇討ちさせ、それを隠蔽するために生徒会長への渡りをつけたのだ。

「そしたら、小笠原のことも心配してくれて」

「悪かったよ、それなのに」

 小笠原はきまり悪そうな顔をする。生徒会長は苦笑いして答えた。

「悪気はなかったんだ、政野さんも」

 3年の1学期で期末考査も受けられそうにないという説教をされて、小笠原は高校をやめることにしたらしい。それを生徒会長が、まる一日かけた膝詰め談判の末、思いとどまらせたのだという。

 だが、話は逆だ。政野伽藍は、忠告めいた話で小笠原の不安を煽ったのだろう。

「和歌浦が帰ってからネット見て驚いたよ、魔法高校生が文化祭に来させないよう拉致したなんて」

 それも政野伽藍の仕業だ。これを見れば、ヤンキーたちが生徒会長を守ろうとして太乙玲高校になだれ込むと踏んでいたのだろう。

 生徒会長がため息をついた。

「何事もなくてよかったよ、さもなければ17年前の二の舞だ」

 そう、全ては僕とミオノの他には数名しか知らないことだ。

 だが不思議なことに、そこで小笠原は呆れたように言った。

「あれは都市伝説だろ」

 何のことか分からずに唖然としていると、そこで始業チャイム、つまりテスト開始のチャイムが鳴って、僕は教室へとまっしぐらに駆け出さなくてはならなくなった。


 都市伝説の謎が解けないまま、不思議なことは更に起こった。

 両親が、休止している交流センターを再開するボランティアを始めると言い出したのだ。

「何で?」

 意外な話に、呆然としていると、母からの説教が始まる。

「あなたが生まれるときにはね」

 あの、辛い話をまた聞かされるのかと思って身構えていると、また意外な言葉を聞かされた。

「ちょうど車が壊れていて、救急車も間に合わないくらいだったの。近くに魔法使いのおばあさんが住んでいなかったら」

 つまり、魔法使いたちの知恵とネットワークに支えられて、僕は生まれたということになる。

 父さんが申し訳なさそうに言った。

「定年退職して、何かお前の命の恩返しをしなくちゃいかんと思ったら、いてもたってもいられなくなってな。それが言い出せなかった……すまん、転校までさせて」

「いや、そんな」

 おかげでミオノに会えたのだから、腹は立たなかった。

 だが、そうすると、あの暴動は起こらなかったと考えていいのだろうか。

 確かな手がかりは魔法使いのミニコミ誌「どうま」だけだが、両親と交流センターに行ってみると、事務所はきれいさっぱり片付けられていた。

 

 交流センターの再開に当たっては、たくさんの人々の助けがあった。

 生徒会長や、魔法使いたちだけじゃない。

 まず、小笠原健太郎が手伝いに来た。

「引きこもっていた分、自分から取り戻したいんだ、その、人との関わりっていうか」

 言うことの歯切れは悪いけど、やることはしっかりしていた。もともと魔法使いたちへの関心はあったから、彼らとはすぐ仲良くなれた。

 面倒臭かったのは、あのヤンキーたちだ。

 今度は、生徒会長の手伝いをしたいと言い出したのだ。

 僕は生徒会長に、きっぱり言いきった。

「縁切ればいいじゃないですか」

 関わって失うものはあっても、得るものはない。

 いや、そういう理屈より前に僕の直感が、やめておけと言っている。 

 でも、生徒会長は聞かない。

「私に危害を加える訳じゃないから、むげには断れないよ」

 そう言って、小笠原が怯えないようヤンキーたちとは距離を置いて関わっている。生徒会長の任期も夏休みが明ければ切れるので、黒い交際の責任を取ってわざわざ辞任する気はないらしい。


 交流センターには、藤野や長瀬雪乃も出入りするようになった。

 藤野はもちろん、魔法高校の女子たちが目当てだ。もちろん、たまにしか会えないし、四角い顔と身体と心で相手にしてもらえる確率は、もっと低い。

 それでも、本人はそれなりに納得している。

「もともと、そんなの期待してないし」

 制服の魔法少女は、見ていられればそれでいいということだろう。オタクなりに、ポリシーはあるといったところだろうか。

 長瀬雪乃はもちろん、生徒会長に媚びるのが目当てだ。

「何かお手伝いできることはありませんか?」

 遊び人どもに期待することは、何もない。

 何か言っても「あんたには言ってない」と突っぱねられるだけなので黙っていると、生徒会長は実にうまくあしらう。

「気が向いたときに、お友達を連れて遊びに来てください」

 いつでも生徒会長に会えるということで、長瀬雪乃は遊び人の女子たちを連れて、交流センターに足しげく通ってくるようになった。

 その結果。


「ちょっと、あなた、四十三君よね」

 街中で呼びかけられて振り向くと、どこかで見たおばちゃんがいた。

「……あれ?」

 つい、ポケットの中のスマホを探る。 もちろん、魔法使い限定のSNS「マギッター」は、もうインストールされていない。

 おばちゃんは、にかっと笑った。

「はじめまして、本物よ」

 からかい半分に挨拶すると、今度は大真面目な顔で小言を浴びせてきた。

「ちょっと、政野さんいなくなってから、交流センターちょっとひどくない?」

 返す言葉もなかった。

 確かに、藤野や長瀬雪乃の性格はだいぶマシになったとはいえ、雰囲気は一般人向けではない。

 僕が悪いわけじゃないのだが、関係ないわけでもない。不祥事を起こした政治家のように、頭を下げて耐えるしかなかった。

 魔法使いのおばちゃんは、さらに不満をぶちまける。

「昔はねえ、太乙玲高校の生徒といえばピシッと折り目正しくてねえ……何、今のアレは」 

 藤野と長瀬雪乃のせいだ。

 人間、重厚よりは軽薄になじみやすいようで、太乙玲高校にもオタク男子と遊び人の女子が増えたらしい。

 ひたすら頭を下げていると、おばちゃんは業を煮やしたように言った。

「だいたい、何で最近、マギッター使わないの。探してんのよ、みんな」

 あのおばあさんやサラリーマン、生意気な坊や。

 懐かしい姿が、まだマギッターがスマホの中にあるかのように、目の前へ現れる。

 でも。

「すみません、実は、外しちゃいました」

 魔法使いとは関わらないつもりでやったことだけど、別の意味でもう、必要ない。僕たちの距離はどんどん、近づいている。

 おばちゃんは残念そうに言った。

「そう……今、入れてあげようか?」

「いえ、おかまいなく。いつでも交流センターにいますので……そうだ、あの」

 話をそらそうというわけではなかったが、どうしても聞かずにはいられないことがった。

「ミオノ……幡多ミオノさんのこと、何かご存じありませんか?」

 みんな、あれだけ心配していたのだ。今でも気にしていないわけがない。

 ところが、返事はあっさりとしたものだった。

「そういえば、最近見ないけど……大丈夫なんじゃない、あの子なら」

 それだけ答えると何事もなかったかのように、おばちゃんはさっさと行ってしまう。

 太乙玲高校の文化祭からこっち、本当に不思議なことだらけだった。

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