第16話 熱く語れ、ひきこもりニート
次の日、生徒会長に紹介された小笠原健太郎の家に、僕はひとりで向かった。
着いたところは、ほとんど街外れにあった。壁の灰色にくすんだ家々が、息をひそめるようにして立ち並んでいる。たぶん、築30年とかその辺だろう。
その間の細い道を歩いていくと、いつの間にかミオノがすぐ後ろを歩いていたのに気付いた。
ちらっと振り向いてみたら、肩章のついた太乙玲高校の制服は、周りの風景が地味なせいか、妙に目立つ。
とりあえず、隣に並ぼうとして立ち止まった。
「その制服まずいよ」
でも、ミオノも足を止めたようだった。
「遅くなっちゃったじゃない……着替えるヒマなんかないし」
放課後になるとすぐに外へ飛び出したけど、ミオノに連絡しようにも、マギッターは応えてくれなかったのだ。どうやら、昨日の件で機嫌を損ねてしまったらしい。
交差点とコンビニの名前しか書いてない地図を頼りに、僕はとぼとぼと歩くより他はなかった。スマホで地図検索しようにも、プライバシーへの配慮からか、生徒会長は小笠原の家の所番地を教えてはくれなかったのだ。
小笠原の自宅を探すには家々の表札を確かめて歩くしかないが、昨今は玄関口に掛かっていなくても当たり前だ。
すっかり困り果てていたところで、ミオノが僕を追いかけてきてくれたのだった。
もっとも、この気の強い魔法少女、口ではそんなことを言うはずもない。
「大丈夫なんじゃないの、小笠原健太郎は」
そう思うのなら、昨日の罰として、僕を見知らぬ街で彷徨わせておけばよかったのだ。そうしなかったミオノに、僕は敢えて逆らってみせる。
「でも、3番目の被疑者なんだろ」
してやったりと思う一方で、もう怒ってはいないだろうという甘えもあった。
自分で言ったことを繰り返されたミオノは、横目で僕を睨む。
「そういう言い方はないんじゃない?」
でも、その口元は不敵に笑っていた。まるで、僕との口喧嘩を楽しんでいるかのようだ。
高ぶってくる気持ちに任せて、さらにミオノをからかってみせる。
「自分からケンカ売りに行くようなもんじゃないか」
「そうよ」
当然、という顔で僕を追い越したミオノの背中が、どんどん遠ざかっていく。
歩くテンポはそんなに変わらないと思うのだが、これも魔法なのだろう。
小走りに後を追うと、くすくす笑う声が聞こえてきた。
僕も、なんだか楽しくなってくる。
「知ってるの? 小笠原健太郎の家」
そう聞いてはみるけれど、本当は、そんなもの見つからなければいいとさえ思い始めていた。
それなのに。
「おい」
ミオノの目の前に、背の高い影が立ちはだかった。
西日を背にしてはいるため表情はよく見えないが、ぞっとするような光をたたえた目は見覚えがある。
ミオノがつぶやいた。
「ヒノエ……」
そう、狛屋ヒノエ。僕が初めて会った最低最悪の魔法高校生だ。
ミオノの背が低いせいもあるが、その目はじっと僕を見つめている。
冷たい視線に思わず身体がすくんだが、そこは努めて余裕を見せる。
思い切って前に出ると、ミオノを背にしてかばった。
「何か用ですか、急ぐんですけど」
ようやくそれだけ言ったところで、僕はその場にへたり込みそうになった。
狛屋ヒノエは、いつも通りの人を見下した態度でひと言だけ告げる。
「お前には聞いてない」
「ちょっと時間をくださいませんか、ミオノにも」
相手を怒らせないように、できる限り下手に出たつもりだった。
だが、ヒノエにとっての問題は、別のところにあった。
「ミオノ……?」
名前で呼んだのがカンに触ったらしい。辺りの空気が、肌に痛いほど張り詰める。
でも、僕は後に引いたりはしなかった。
「いけませんか? ミオノがそれでいいって……」
僕の言葉が詰まったのは、背中を思いきり蹴られたからだ。
振り向くと、ミオノはさっき来た道を、もの凄い速さで戻っていく。
「待ってよ」
走って追いかけようとしたけど、足が動かなかった。
たぶん、ヒノエの魔法だろう。だが、それ以上、何をされることもなかった。
ただ、ひと言を託されただけだ。
「幡多ミオノに伝えておけ。お前には時間がないのだ、と」
気が付くともう、ヒノエの姿はなかった。
ミオノを追って走り出すと、意外と近いところに姿が見えた。
だが、伝言を果たす気など、僕には全くなかった。
「もしかして、オレ探してる?」
どこかの家の戸口を通り過ぎたところで、声をかけられた。
立ち止まってみたが、誰もいない。塀にインターホンのスピーカーがあるだけだ。
その傍らに懸けられた表札を見ると、「小笠原」と書いてあった。
僕たちが探しているのは、たぶん、この家だ。
「ええと、ウチの会長の紹介で……」
不審がられても困るので、和歌浦新の名前は伏せて尋ねてみる。
返事は、気さくなものだった。
「聞いてるよ。魔法使いだろ? 後ろに隠れてる女の子」
さっき前を歩いていたミオノは、後ろを走っていた僕が踵を返したものだから、また僕の後ろにいた。
それが誤解されて面白くないのか、ずかずかと僕の前に出る。
だが、インターホンから聞こえてくる声は朗らかに言った。
「その子のことは和歌浦から聞いてるよ、佐々四十三君」
そこでミオノに、小声で促されたことがある。
「シトミが答えて、私の名前」
魔法使いの掟で、女の子が名乗ることは許されない。それができるのは、好きな男性に告白したり、その求婚を受けるときだけらしい。
「別にいいけど……」
相手が魔法使いでなければ問題ないと言っていたのは、ミオノだった気がする。
そこで、また小笠原の声が先回りして言った。
「隠さなくていいよ、魔法使いだってこと知ってるから」
生徒会長から聞いていた通り、理解のある相手だった。
もっとも、気を遣われると、かえってミオノはムキになる。
「別に隠してるわけじゃ」
小笠原は、それを軽く受け流す。
「見て分かったよ、太乙玲高校の制服は」
露骨に顔をしかめたミオノが、いかにもおぞましげに身体をすくめてみせる。
嫌悪感剥き出しの口調で聞いた。
「そういう趣味なの?」
事も無げに、答えが返ってくる。
「ネットっていう便利なものがある」
そこで悪態の種も尽きたのか、ミオノは何も言わなくなった。
代わりに小笠原の声が、どうぞと僕たちを招く。
不登校で長く引きこもっている割には、意外に片付いた部屋だった。
散らかっているかと思っていた床の絨毯は、カーテンの開けられた窓からの光で草原の緑色に照らされている。部屋の隅の小さな本棚には背表紙が同じ高さで並べられ、そこに寄せられた机にはノートパソコンが閉じられていた。
床で足を崩す小笠原健太郎が背にしたベッドは、きっちりとシーツが伸ばされている。
「オレは、魔法使いの子供と遊んだことがない」
寂しそうに笑いながらかき上げた髪が伸びているのは、床屋に行かないせいだ。
そんな小笠原とガラス板の低いテーブルを挟んで座った僕が心がけたのは、外に出られない小笠原の感情を逆撫でしないことだ。
ところが、隣に座ったミオノは、その辺が余り分かっていないようだった。
「それは、いざこざを起こさないための……」
お互い、反論は困る。
まず当たり障りのない話から始めて、ネット上で魔法使いへの中傷をしたり、攻撃を煽るような発言をしたりしている者に心当たりがないかと聞いてみるつもりだったのだ。
小笠原はといえば言葉遣いこそ穏やかだったが、ミオノが吹っ掛けた議論に、いささか熱くなりすぎてしまったようだった。
「いざこざを起こしてるのは大人だ」
淡々と言い返したところに、ミオノは食ってかかった。
「魔法使いから見れば違うわ」
実際に、普通高校と魔法高校の生徒が衝突している。それより年若い、または幼い者の間でも、魔法使いの生徒が反撃できないのをいいことに、いじめや嫌がらせが横行している。それは、子どものころから僕も見た光景だった。
「そう、まさにそこなんだよ」
小笠原は、ますます熱く語りかけてくる。
そこで、僕が割って入った。
「そうですよね、魔法使いがどう思っているか、伝わっていないことが問題なんですよね」
こういうときは、お互いに相手の意見を否定してはいけない。
小笠原はゆっくりと頷いたが、ミオノは余計なことをするなと言わんばかりに僕を睨みつける。
構わず僕は話を続けた。
「でも、子ども同士は仲良くしたいんです、本当は」
今度は、小笠原が言ったことを言い換えてみる。
ミオノのほうをちらりと見てみると、不満気ではあったが、特に反発されることはなかった。
そこで、小笠原がおもむろに口を開いた。
「大人が魔法使いたちを悪く言えば、聞いた子どもはそれが当たり前なんだと思い込む。子ども同士を仲良くさせたかったら、大人が自分を省みなくちゃいけないんだ」
月並みな結論だったが、それでも暴言の応酬よりはマシだ。
だから僕は、頭を下げる。
「そう言ってもらって、ほっとしました」
本当にそう思ったのだが、小笠原の表情は急に険しくなった。
「え? 何だって?」
思わぬリアクションに、僕は口ごもった。
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