第11話 漫研クエスト!

 そんなわけで、僕は朝からこんなことばかり考えて過ごしていた。

「何だかうまく乗せられてしまったような気が……」

 しなくもない。

 だが、それはそれで、乗せられがいがあった。

「やってやろうじゃない」

 最初は勢いで協力を約束してしまったが、今度は自分からやると言い出したのだからもう、引っ込みがつかなかった。

 全く、女の子の涙と、名前への「くん」づけは反則だ。

 せめて、ミオノの前では毅然として、男らしく振る舞ってみせようと思ったのだった。


 放課後に校門の前まで行ってみると、ミオノはやはり神奈原高校の制服姿で待っていた。

 他の生徒に顔を覚えられまいとしているのか、門柱に向かって立っている。だが、僕はもう、背格好で見分けはつくようになっていた。

 声をかけると、ミオノは今朝のゴタゴタなど全くなかったかのような不愛想さで振り向く。

 この冷淡さには、さっきまでは勢いづいていた僕も、あっさり腰砕けになった。

「今朝は、その……」

 続く言葉がない。

 ミオノはミオノで、スマホの画面に高校生くらいの男子の顔写真を映して突き出すと、顔を背けた。

 やっぱり、何か気まずいらしい。全く、素直じゃない。

 続いて、関連情報が文字で示される。口にしたことといえば、必要最小限の連絡事項だけだった。

「学校のどこにいるかは、自分で探して。マギッターは切らないでね。みんなモニターしてるんだから」

 最後のひと言は余計だった気がする。

 変なプレッシャーかけないでほしい。


 そんなわけで、幻影のミオノと共に、僕は再び放課後の学校をうろつく羽目になった。

 探す相手は、ネット上で魔法使いたちへの誹謗中傷を繰り返している容疑者その2。

 その名を、藤野ふじのあきらという。

 校門でミオノが示した顔写真を見る限りでは、福々しい下膨れ顔の、よく言えば当たり障りのない、悪く言えば人畜無害というのが適当な男子だった。

 クラスは実業科2年B組で、プログラミング系の資格だけをやたらと取りまくっている。

「まあ、ネット関係のトラブルを引き起こしているなら、コイツじゃないか?」

 さっきはいいとこなしだったので、思い付きでそう言ってみる。

 だが、ミオノの反応は、さっきと同じく冷ややかなものだった。

《それは相手の話を聞いてから》

 そのためには、藤野を探し出さなければならない。

 だが、昨日の要領で、とりあえず目についた人に居場所を聞いてみると、みんな面倒臭そうな顔で「知らない」と答えるだけだった。

 実をいうと、手詰まりかとも思って焦ってはいた。

 とはいえ、そんなところはミオノには見せられない。

「まあ、神奈原高校でも名の知れたオタクらしいし」

 そう言ってごまかしてみる。

 ミオノはひと言、ツッコむばかりだった。

《聞き方が悪かったんじゃない? 昨日と同じで》

 それなら僕をモニターしている、あのお婆ちゃんやボーヤ、オバサンや背広姿のオジサンが何か突っ込んできそうなものだ。声の掛け方としてはまあ、合格点だったのだろう。

「たぶん、みんな関わりたくないんだよ、藤野とは」

 言い切る僕に、ミオノは怪訝そうに尋ねた。

《それは藤野の方じゃないの? みんなと関わりたくないの。つぶれかかった漫画研究会の部員、ひとりでやってるらしいし》

 それは、最初に見せられた関連情報の中にもあった。

 今度は僕がツッコむ番だ。

「よく知ってるよね。藤野の居場所聞いても誰も言わなかったろ、部活のことなんか」

 いや、もしかすると、本当に誰も知らないのかもしれない。たぶん、知りたくもないのだろう。いや、知ろうという気さえ起こらないのではないか。

《それを調べ上げるのが、魔法使いたちのネットワークよ》

 ミオノは自信たっぷりに答えるが、いったいどんな仕組みになっているのか。

 恐ろしくて、それから先は想像したくもなかった。

 

 向かう先は、神奈原高校屈指の秘境ともいえる、あの場所しかなかった。

「漫画研究会……ね」

 敷地内の建物は、ひとつだけではない。しかも部室は、あちこちに点在している。狭かったり老朽化しても回収が間に合わなかったりして授業に使えない部屋があてがわれているからだ。

 探し回るうちに、ミオノもしびれを切らしてきた。

《たかが部室でしょ? まだ見つからないの?》

 そう言われても困る。

 僕の経験上、それは仕方のないことだった。

「高校ならどこにでもありそうで、探してみるとなかなかない部活動のひとつだから……漫画研究会って」

 校内には不案内な転校生という立場を利用して、会う人ごとに聞いてはみるが、誰からもはっきりした答えは得られない。

 どうやら神奈原高校では、あることは間違いないが、どこにあるか、誰が活動しているかも分からないということになっているようだった。

 だが、ミオノは言い切る。

《でも、そこしかないんだから。探すの》

 つい、ぼやきも出る。

「人探しよりたいへんじゃないか」

 これはこれで、まずかった。

 昨日は長瀬雪乃、今日は藤野明と漫画研究会。

 転校早々、僕自身が、放課後に人と場所を探して回る変人として学校中の生徒たちの記憶にインプットされてしまう。

 昨日は昨日で長瀬雪乃を相手にピンチに陥ったが、今日は今日で相手にもしていない藤野明を探して途方に暮れるとは……。

 ミオノもため息をついた。

《昨日は生徒会長が助けてくれたけど……》

 今日はどうしたものだろうか。

 そう考え込んだときに、果てしなく続くかに見えた廊下の向こうから、見覚えのある、端整な姿の生徒が現れた。

 生徒会長、和歌浦新だった。

「あれ、佐々くんじゃないか」

 向こうから声をかけてくる。気さくな会長だった。

 それから先のミオノがどういう反応をするかは、だいたい想像がついていた。

《よかったじゃない》

 そう言い残して、自分からマギッターを切ってしまった。

 確かに、ピンチを自分で切り抜けられなかったのは昨日と同じだが、幸運を共に喜んでくれてもよさそうなものだ。

 ミオノに見放された形になって情けない気持ちを抱えながら、僕は生徒会長の知恵を借りることとなった。

 だが、助けは求められない。僕にも意地がある。

「漫画研究会の部室を探してるんです」

 そう言っただけだったが、生徒会長の察しは速かった。

「ああ、例の調査だね、幡多くんの」

 あっさり解答にたどりつかれると、かえって本当のことが言えなくなるものだ。 つい、口から出まかせを言ってしまう。

「いえ、入会したくて」

 生徒会長はきょとんとしたが、急に笑いだした。

「佐々君が? 意外だね」

「いけませんか?」

 つい、ムキになったのは、稚拙な嘘を見抜かれていたのがすぐにわかったからだ。引っ込みがつかなくなったのは、ミオノの頼みを引き受けたときと同じだ。

 全く、追い込まれると見境がなくなる自分の性分が嫌になる。

 生徒会長はというと、まだくすくす笑いながら答えた。

「いけなくはないけど……実は僕も知らないんだ、漫画研究会の場所」

 生徒会長でも分からないのだから、このまま自分で探し回るしかない。

 無駄な努力の末、このまま藤野に会えなければ、ミオノに対しても格好がつかない。校門で待っているところにどの面下げて会いに行けばいいのか。

 絶望のどん底に叩きこまれそうになったとき、生徒会長は急に、ぽんと手を叩いた。

「手伝ってくれない? 生徒会執行部室の整理。役員、みんな怠け者でさ」

「あの……時間が」

 ちょっと断りづらい相手だが、こっちも事情が事情だ。

 困っていると、生徒会長は悪戯っぽく笑った。

「たぶん、執行部室の部屋のどこかに、全ての部室の見取り図があるはずなんだ」


 ほとんど物置と言っていい執行部室の整理を2人でやるのは、かなり無理があった。

 部室の見取り図も、いっこうに見つからない。

 気が付くと、作業机の上にはもう、随分低くなった西日が差し込んでいた。

「あの……」

 ミオノの我慢も限界に達しているだろう。それでもマギッターの振動がないのは、たぶん、生徒会長がついている以上は何らかの成果をもたらすものと期待しているからだ。 

 そろそろ解放してほしい、というのを遠回しにどう言ったらいいか。

 あれやこれやと考えていると、突然、生徒会長が叫んだ。

「あった!」

 部室の見取りかと思って期待したが、机の上にどさりと置かれたのは、棚の奥にしまい込まれていたと思しき、黄色く変色した紙の束だった。

 話が違う、と言いたかったが、そこは抑える。魔法使いのお婆さんが教えてくれたことを守れば、何か手掛かりがつかめるかもしれなかった。

 代わりに、尋ねてみる。

「あの、これは……」

 生徒会長は、いささか興奮気味に答えた。

「これはね、17年前に起こった魔法使いの暴動の記録なんだ」

 よその土地から来た僕には、何のことだかさっぱり分からない。

 それよりも、漫画研究会の場所が知りたかった。

 だが、そこは我慢する。魔法使いのボーヤの言う通り、人の話は批判するまい。

 代わりに、尋ねてみた。

「何があったんですか?」

「魔法使いは、そうでない者を魔法で傷つけられない。それをいいことに、長い間、彼らを迫害する者が後を絶たなかったんだ、この街でも。それに耐えかねた若い魔法使いたちが、報復のために街のあちこちで人を襲ったんだよ。この神奈原高校も、例外じゃなかったのさ」

 あまり聞きたくない、重い話だった。だが、真剣に聞かなければならない。それが、あの背広姿の中年男性の教えだった。

 僕は、敢えて生徒会長が言わなかっただろうと思ったことを口にしてみた。

「魔法使いたちにひどいことをした生徒たちがいたんですね?」

「認めたくないけどね、生徒会長としては」

 寂しげな返事だった。

 あのオバサン魔法使いに言われなくても、生徒会長という人間に興味と尊敬の念が湧いた。

 見取り図のことはもう、くどくど言うまい。

 学校の敷地内を歩き回り、校舎の内外構わず探してみて、それでも漫画研究会が見つからなかったら、ミオノには正直に謝ろう。

 そう思ったとき、生徒会長が紙の束を取り出した棚の奥に、紙切れが張ってあるのが見えた。

「あれ……」

 指さした先を見た生徒会長が、あ、と声を上げた。

「あったよ」

 それこそが、部室の見取り図だった。

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