魔王兄弟の花嫁は魔族と平和に暮らしたいっ!

由岐

プロローグ

勇者亡き後に

 二人の青年の前に、緋色と群青色の光の球が現れた。

 それらの光は、青年──兄のアレクサンダーの赤い眼と、弟のヴァルナルの持つ青の眼と同じ色をしている。


迂闊うかつに触れてはいけないよ、アレク」

「ああ、分かってる。それにしても何なんだ、このとんでもねぇ濃度の魔力の塊は……」


 アレクサンダーとヴァルナルが居るのは、古城の地下牢。

 彼らはそこに捕らえられていたのだが、つい先刻、この光の球によって拘束具から解放された。

 魔力の流れを抑える牢から逃げ出す機会を得た二人は、自分達を助け出した謎の光に強い警戒心を抱いていた。

 どうして手助けをしてきたのか、理由の見当がまるで付かなかったからだ。

 ヴァルナルは自由になった身体を軽く動かし、魔力の調子を確認する。いつこの球が攻撃してきても向かい撃てるよう、攻撃魔法の発動に備えた。

 一方、アレクサンダーは睨みをきかせて問い掛ける。


「お前らの魔力には覚えがねぇ。オヤジのでもなければ、軍の幹部連中とも違う。敵じゃねえとしても、俺やヴァルの配下にすらこんな魔力を持った奴は一人も居ねえ。誰なんだ、お前達は」


 すると、牢の通路で燃える松明たいまつの炎が、一斉にふっ……と消えた。

 光球の明かりだけが照らす中、何事かと更に警戒を強めた二人の前で、蒼紅そうくの光は徐々じょじょにその形を変えていく。


「な、何の真似だ!?」

「これは……人の形か?」


 声を荒げるアレクサンダーと、冷静に観察するヴァルナル。

 ヴァルナルの言葉通り、二つの光は背の高い男性と、少し背の低い女性のような形をとっていた。


『落ち着きなさい、魔王の子よ』


 群青色に輝く人影が、女性の穏やかな声音でアレクサンダーをなだめる。

 それに続いて、力強い男性の声が語り出す。


『我らは次なる勇者を選定する神である』

「神だって? そんなモンが、どうして俺達の前に現れるってんだ!」

「まさか、神々が魔王諸共もろとも僕らを殺す為(ため)に来たとでも言うのかい?」


 二人はこう言って強がってはみたものの、内心とても納得していた。

 震え上がるような膨大な魔力を持つこの男女ならば、神とまでは言わずとも、大精霊クラスの何者かであるのは間違い無い。

 しかし、同時に大きな疑問もあった。

 地上に生きる者の生死に手を出せない神々が、悪を滅ぼすべく力を授ける者──勇者。

 勇者は悪の魔王である、彼ら兄弟の父を倒さなければならない。

 けれど、既に勇者は返り討ちにされていた。

 だから神々は最後の手段として世界の禁忌を破り、こうして直に二人の目の前に現れたのではないか。

 そう彼らは考えていた。

 もしもそれが正しければ、勝ち目などあるはずもない。

 だが、その予想はすぐに否定された。


『それは違う。勇者アルケーが破れ、魔王は今もこの世界で人類を恐怖に陥れている。しかし、次なる勇者の目覚めはまだ遠い』

『このままでは、そう遠くない未来に人類が滅んでしまいます。そこで、私達は貴方達を頼る事を決意したのです』

「おいおい、神が魔王の息子に手を貸すってのかよ」

『そうです。私達の目的と、貴方達の目的は同じはず』


 男女は一度互いに顔を合わせ、大きく頷いた。


『そなたには、この太陽神アバルの炎のつるぎを』

『そして貴方には、月の女神である私、アルメスの氷の剣を授けましょう』


 太陽と月の神と名乗った者達は、二人に手をかざす。

 すると、彼らの腰に剣が携えられているではないか。


「少し待ってくれないか! 目的が同じとはいっても、君達のような神を自称する不審人物の言う事を信じられ……っ!?」


 言いかけて、ヴァルナルは止まった。

 すぐにでも突き返そうとした剣に触れた瞬間、全身を駆け巡る衝撃が彼を襲う。

 けれどもそれはほんのひと時の出来事で、それが治(おさま)ると頭の天辺から手足の先まで、燃え上がるような熱を感じた。

 それはアレクサンダーも同じだったようで、二人は体の奥底からみなぎる強力な魔力に驚愕する。


「何なんだよ、このバカみてぇな魔力は……!」

「いくらついさっきまで魔力を封じられていたとはいえ、こんな反動が起きるものなのか……!?」

『それは我らからの祝福だ。そなたらに力を託すと決めたその日から、我とアルメスの力を注いだ成果であろう』

「こ、これが神の祝福だって……?」

『ええ。私達の命と引き換えに、お二人にこの世界の未来を託すのですから。それぐらいの祝福は必須でしょう』

「命と引き換えにって、それじゃあアンタ達は……!」

『……もうじき、消滅するであろう』


 太陽神の言葉に、アレクサンダーは乾いた笑いを零す。


「ハッ……責任重大すぎやしねぇか、オイ」

「全くだ……。こちらが止める前に勝手に力を授けられるとは……」

『だが、これでそなた達でも魔王を倒すだけの力は得られたのだ』

『私達の目的、魔王討伐。そして、その先に続く未来の平和……。それを実現するには、ある少女の助力が必要不可欠です』

「ある少女?」


 ヴァルナルが聞き返すと、月の女神はそれに深く頷く。


『あと数分で、魔王はその少女をここへ呼び出します』

「オヤジが……?」

「……もしやリュミエールのプリンセスの事かい?」

『はい。リュミエール王国の姫こそが、貴方達の望む未来へと導く最後の希望となるでしょう』

『姫を魔王の手から救い、我らの代行者としてその力を振るうのだ。さすれば、道は開かれようぞ』


 最後に残った微かな魔力で作られたアバルとアルメスの身体が、少しずつ光の粒となって消え始めた。


「確かにここに捕まる直前、父上がリュミエールのプリンセスを妻として迎え入れる話は聞いていたけれど……」

「とにかく、そいつを助けりゃ良いんだな?」

『その通りです。……さあ、そろそろ時間切れのようですね』


 原形を失った光の身体が、砂粒のように空気に溶けていく。


『姫と共に、我らの悲願を──人類と魔族の共存する世界の実現を……!』

『太陽と月の代行者。そして人類の姫君に、幸福があらんことを……!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る