【改稿未定】アリん子 ~ 陽炎の血脈(仮)
うみさき ろうわ
アリが見る陽炎
先生、と彼女は私をそう呼ぶ。
先生と呼ばれているからといって、別に学校の教師と生徒の関係ではない、むしろ私と彼女の年齢は二つしか違わない。
彼女との関係だって、先輩後輩の間柄だ。
けれど、彼女は私を先生と呼ぶ。その理由は変な意味もなくありきたりなものだったりする。
私がそこそこ難しい高校に入学が決まって、それを聞いたお隣が自分の子供に勉強を教えてやってほしいと言ってきた。つまりは私は名ばかりの家庭教師をやることになり、件のお隣の子供が彼女であり、その時に私と出会いを果たした。仰々しく頭を下げて一礼をしたのを今でも覚えている。
それからは私が勉強を教えて彼女が教わる。たまに彼女の妹にも勉強を教えたり、彼女の親にご飯をご馳走になったりもするが、男女の関係に至っていない、ただそれだけの関係。
一男性である私は何度かもしかしたらと思ったりもしたが、別に進展もしない。
それは私が大学に進学し、彼女が私の母校の高校に入った後も変わらなかった。
今日も今日とて、彼女の家、彼女の部屋で勉強だ。
既存の問題や教科書や参考書等を元に問題を作ったものを彼女に解かせたりして、彼女が解らないときは横から口添えをする。横からどれくらい集中しているかを見て、集中が途切れてきた辺りで休憩をいれたりして出来るだけ高い集中状態を保つようにする。
そんな勉強の終わりが近づいたころ、彼女はいつもよりも速く私が出した問題を解ききった。
彼女に、今日は速かったな、何か欲しいものでもあるのか? と言ってみる。
すると彼女は迷わずに、お話をしましょう、と言った。
私はそんなことかと頷き、彼女と対面するように彼女の近くの椅子に腰かける。
そこで私は、何か話したいことでもあるのか、とそんなありきたりな事を説いてみる。
彼女はばつが悪そうに目線をそらし肩を揺らす。
「どうしたの」
強く聞いてみれば、彼女は綺麗な眼をこちらに向ける。
「先生は人間をどう思いますか?」
そんなことを綺麗な顔を傾けて問いかけてくる。
私は目線を落とし、意図して眼を細める。
私はあまりこの手の話は聞きあきている、というよりも言い飽きている。実のところ結構前に彼女に一度問いかけている。
故に、これに対する答えは決まってはいるが、考えるような素振りをする。その方がちゃんと考えている頭のいい人のように見えそうだからだ。
私は一連の行動の後に目線を上げる。
「さて、その問いかけは昔、私が君に聞いたと思うのだが、そのときに言わなかったかい?」
ややあって、彼女は、もう一度聞きたいの。ともの憂いげに言った。それに私は喉をならして頷く。
「そうだね、今も変わらないよ。人間は虫だ。地球に這う虫だ」
それを聞いた彼女は、そうでしたね、とクスリと笑う。
昔に彼女へこの手の質問をしたときは、彼女はわからないと答えた。しかし、今回は自分から聞いたということは自分なりの答えを持ったということだろう。
私は、笑みを浮かべる彼女に、君はどうなんだ? と問い返す。
彼女はゆっくりと息を吐き、私を見つめる。
「私は、アリだと思うんですよ」
私は、アリ? と首をかしげると彼女は、ええ、と短く返事をする。
「先生が虫と答えた時から考えてたんですよ。人間が虫ならどんな虫なんだろうって」
それがアリ。蟻。
私が聞いたときは、なるほど的を射ているなと感じた。
私は彼女の答えに考えを差し込んでみる。
「なるほど、アリか。良い考えだと思う。人はあちこちで群れを作り、アリの巣と言える大きなコロニーを形成している。つまり君は人間のあり方を――」
「違います」
私は、遮られた言葉を飲み込み、彼女をしっかりと見る。彼女がこれから言うことは恐らくは答え合わせだ。
彼女はいつもと変わらない眼で私を見つめる。
その眼を見つつ、私は、それで? と聞く。
「私がアリだと思うのは、その他大勢が同じだから。みんな、皆、アリだから」
彼女の視線は外に向いていた。だが、恐らくは思考の先は外ではない。そう思えた。
その様子に私は、そうか、としか答えられなかった。
私は彼女の言葉を聞いてそれに対する答えを考えた、しかしその思い付いた言葉は、恐らく彼女が欲しがっている答えではないのだと直感したからだ。
彼女はしばらくして、視線を別に移した。勉強机の上にある琥珀だ。手のひらサイズの琥珀で、その琥珀のなかには虫が入っている。小さな羽虫、カゲロウだ。
そんな琥珀は彼女が幼い頃に父親から授けられたものらしい。詳しいことは知らないが、彼女は今の母親の子ではなく、父親の死んだ恋人との子であるらしく、琥珀はその死んだ本当の母親の形見なのだとか。
彼女はその琥珀を見つめている。
「カゲロウか、たしか幼虫時代はアリジゴクなんだよね。そうしたらある意味食べ放題で生きやすそうだ」
そういうと彼女は首をかしげる。サラサラとした綺麗な髪が流れる。
その様子を見つつ私は話を続ける。
「君は人間をアリと言ったね。だったら、アリジゴクにとっては特に困らない環境なんだろうなって、そう思ってね」
そう言ってみると彼女はふふふっ、堪えるように笑う。
私はどうしたんだい? と聞くと、彼女は笑いながら答えた。
「くっ、ふふふ、先生、アリジゴクはウスバカゲロウっていうやつで、正確にはカゲロウじゃないんだよ」
彼女はウスバカゲロウは名前にカゲロウとは付くが成虫になっても食べ物を食べて2~3週間生きることができる虫であり、成虫になると餓死をするカゲロウとは別の虫であることを教えてくれた。
それに私はそうだっけ? と恥ずかしさを誤魔化そうと空笑いをした。
彼女はそれに合わせるように笑う。
その様子を見た私は、そうだ、と声に出して気になっていたことを聞いてみることにした。
「最近、痩せた?」
彼女は、そう? と気取ったように笑った。
◇
彼女が倒れた。
そのことを彼女の妹から聞いた。
栄養失調、拒食症とそれらしい状態は聞いたが、少なくとも少し前まで一緒にいた私から見たらそれらとは違うと感じた。
なにかに気づいて、そして隠している。それは食べないとか栄養が足りないとかそう言ったことではないと理解していた。
彼女が運ばれた病院の一室に私はたどり着く。
私が部屋に入ったとき、彼女の妹がベッドの中の彼女に付き添っていた。
私が来たことで彼女は妹に一言二言を話すと妹は私に一礼をした後に部屋を出ていった。
私は、二人になりたかったのか、とからかって言うと彼女は、うん、と頷いた。
綺麗な眼をこちらに向けた彼女を見た私は先程まで妹が座っていた椅子に腰掛け、彼女と話し合うことにした。
彼女の状態は難しい内容ではなく、故に難しい状態だった。
簡単に言ってみると消化器官が機能しなくなっていた。喉はものを飲み込む力を、胃から下の器官もものを消化したり吸収したりするのに必要な力を失っている。ちょっとやそっと消化器官を取り替えたりするだけでは駄目らしい。
そればかりではない。彼女には栄養材が投与されているのだが、そのほとんどが吸収されずに体外に出てしまうのだと言う。
体に栄養が回らない。それによってもう長くはないそうだ。
だが、なんとなく兆候を感じ取っていた私からすれば、そうか、とか、こうなったのか、と冷めた感想がこぼれるだけだった。
そんな私に彼女はいつも通りの笑みを見せ、
「また、来てくれますか?」
「来るよ」
私は戸惑うことなく言い放った。
彼女は、ありがとうございます、といって眼を伏せた。
その様子を見た私はふと、病室に備え付けてあるタンスを見やる。
そこには、いつしかよく見た、カゲロウの琥珀があった。
それを見た私は理解した、いや、彼女の状態から考えられることから眼をそらしていたことを再確認した。
完全に理解したのだ。彼女の行く末を。
それからというもの、彼女の元へはよっぽど忙しくなければほぼ毎日通うことにした。
天気も関係なく、身の上を左右すること以外では決して忘れることなく通った。
少しずつ、痩せていく姿を見ながら。
それが、私にできる唯一のことだろうからだ。
その内、彼女の妹と帰りを共にすることが多くなった。
彼女からはヨロシクと言われている上、一人で帰らせる訳にもいかず。病院で会うたびに一緒に帰っている。
そんな、何度目かの帰宅の時に、彼女の妹がお腹が空いたと言った。
私は妹を連れて病院の近くのコンビニに行き、コンビニによくあるチキンナゲットを買った。
彼女の妹がチキンを食べ終わるのを待っていると、彼女の妹が話しかけてきた。
なにやら思い詰めたような、そんな顔で、
「先生はお姉ちゃんをどう思ってるんですか?」
そう聞いてきた。
私は、そうだなぁ、とゆったりと言葉を吐き出す。
私からした"彼女"ははっきり言ってしまえば友人以上恋人未満という感覚だ。
しかしながらそれはあくまでも感覚であり、彼女の妹が欲しがっている答えではない。
故に、私は一息と共に少し心の殻を外す。
「きっと、好きなんだと思うよ。一人の女性として」
「そう、なんです、ね」
彼女の妹は深くうつむく。
わかっている。この子は姉が好きなのだ。
そして、恐らくは私のことも。
だが、今はそれに対しての答えは出せない。出してはいけない。
そう強く感じだ私は彼女の妹の肩に手を乗せる。
「まだ、答えを出さなくていいと思う」
「え?」
うつむいていた視線が私に向けられる。
その眼には疑問が浮かんでいるように見えた。
「君はあることで悩んでいるのだろう。でも、それの答えを出すのは今じゃなくて、これから導き出すものだ。だから、今するべきことは、今にしかできないことをやることだと、私はそう思うよ」
彼女の妹は私の言葉を聞いて、じっと私を見つめる。ややあって、その視線は外され、彼女の妹は何度か頷いた後に、スッと前を見た。
「先生、ありがとうございます」
どこか彼女と似た笑みを浮かべたのを見た私は、やっぱり姉妹なんだなと思った。
その後、彼女の妹をお隣とはいえ最後まで送ったところ、彼女の妹が家にはいる前に仰々しく一礼をした。
それに、どこか既視感を持った。
◇
彼女が入院してから数ヶ月。
ある日、彼女が紙を差し出してきた。
もう既にペンを持つのも苦労するほど痩せていたが、それでも彼女は一枚のメモ紙に文字を書いて寄越してきた。
内容は、今夜の消灯時間に病院の中庭に来てほしい、というものだった。
これについて彼女に聞いてみるとどうやら医者や看護師には話を通しているようだった。
私は彼女の意図をなんとなく理解し、面会時間が終わった後に、看護師から入館証をもらい病院を出た後は病院近くのコンビニで時間を潰すことにした。
コンビニで適当に飲み物を買って、コンビニの外で時間が過ぎるのを待っていた。時間が8時を回るころに私を呼ぶ声がした。
「先生」
熟年の女性の声。
先生と、そう呼ぶのは彼女と、たまに勉強を教えている彼女の妹、それとその両親。ならばその声の主は一人だ。
「こんばんは、おばさん」
「ええ、こんばんは」
彼女の母親だ。
そういえば、今日の面会人は私だけだった。
それに気づいたときは彼女が医者等と同じように根回ししたのだと思ったが、ここに来ている事を考えるともしかしたら何かあるのかもしれない。
私はその何かがあれば知ろうと思い、質問を投げることにした。
「おばさん、こんな時間にどうしました? 面会にも来てなかったようですが」
すると彼女の母は頭をふる。
「いいえ、先生がここら辺にいると思って、見に来たんです」
「なぜですか?」
そう聞くと、彼女の母は一度目を伏せ、その後まっすぐな視線をこちらに向けて来た。
「ただ一言を言いに来ました。どうか、あの子の事をよろしくお願いします」
そう言って、スッと速く頭を下げた。
ややあって頭をあげた後、彼女の母は軽く会釈をしてその場を去っていった。その姿に私は言い知れぬ感覚を得、その姿を見送るしかなかった。
よろしく、その言葉がどんな意味なのか考えながら私は飲み物に口を付けた。
暫し考えたが結局のところどんな意味かは分からずに時間が過ぎ、9時前に差し掛かった。彼女のいる病院の消灯時間は9時だ。私は病院に赴き、受付兼任警備員に入館証を見せて病院に入った。
9時になる頃に、私は病院の中庭にたどり着いた。中庭は車椅子でも自由に行き来できるように広く作られている。
その中で彼女の病室に近い側の出入口の近くに、染みのある木のベンチが見えた。
近くに電灯があり、非常に分かりやすい。
私はそのベンチに腰かけるとギッという軋むような音が鳴る。
私は自分の膝に肘を置くようにして彼女を待つ。
何度か小さな風が流れた後、彼女は来た。
サッ、サッ、という軽い音を鳴らしながら痩せ細った彼女は歩いてきた。
私は驚いてベンチから立ち上がるが彼女は、座って、と諭すように言った。その声は昼に聞いたような疲れたようなものではなく、いつも通りの声だった。
私は声に諭されたように座り直し、彼女が歩いてくるのを待った。
近くに来た彼女は私の隣に、スッと大した音を立てずに座った。
「出来たら私服の方がよかったんだけど、無かった」
彼女は残念そうに今来ている病衣を摘まむ。
私はその様子を見て不思議に思った。何故歩いてこられたのか、というのもあるが、それよりも彼女の空気がいつもよりも澄んでいるように見えた。
淡く白い空気をまとっているような、その様な雰囲気を。
「どうかした? 何か言いたいことでもあるの?」
そう問いかけてみる。
彼女はこちらに顔を向けると、気取ったように笑った。
「うん。あるの」
すると彼女は私の膝の上に頭を乗せるように横になった。
私の膝元から見える横顔は痩せこけてはいたけれど、いつものような綺麗な眼と綺麗な顔立ちが見えた。
彼女はその状態で、話を始めた。
「このまま終わったら嫌だから」
「そうか」
私がそういうと、彼女は空を指差す。その先を見ると月があった。
一度、彼女を見るとその眼には月が映っていた。
私は彼女につられて月に視線を固めた。
「先生」
「ん?」
「頭、撫でて」
「ん」
彼女は静かに
私は顔に触れないように、髪の毛を荒らさないよう気を付けながら頭を撫でる。髪の毛は指に絡まることなくサラサラと私の手を流れる。
「先生」
「どうしたの?」
彼女の声に問う。
その時に顔は見ない。きっと見てはいけない。
彼女は続ける。
「私はね、きっと、アリになりたかったの」
「そうなの?」
「うん。皆と同じ、アリに」
「そうかい」
私は彼女の言葉を飲み込む。
ややあって、彼女は口を開く。
「先生、私は先生の隣に引っ越してきてよかったって思ってる」
「ん、そうだね」
私も、とは言わなかった。
彼女の声はとても優しく、儚い。
これは、いや、これから彼女が言うのは恐らくは語りなのだ。
「先生、私は先生と勉強出来てよかったって思ってる」
「そうだね」
「先生、私は先生とご飯を食べれてよかったって思ってる」
「そうだね」
「先生、私は先生とお話しできてよかったって思ってる」
「そうだね」
「先生、私は先生と同じ高校に行けてよかったって思ってる」
「そうかい」
「先生、先生」
「……どうしたの?」
ややあって、彼女は薄く言葉を吐く。
「私は、どうせならウスバカゲロウだったらよかったのにって、そう思ってる」
「……そうだね、私もそう思うよ」
「本当?」
「本当に」
彼女の言葉が止まる。
それな気づいて、私は視線を落とす。
目が合う。縦と横でずれてはいたが、確かに視線をもとにお互いの顔を合わせている。
「先生」
「なんだい?」
「私、先生のことが好きです」
綺麗な眼が私に問いかける。
私の中にあるその答えはきっと、この時にしか答えられない。その視線に私はそう理解した。
「私も、君のことが好きだよ」
そう言って私は頭を撫でた。
撫でられた彼女は目を瞑り、小さく、しかし、ハッキリと聞こえる声で呟く。
「ありがとう」
そう言った彼女はそこにはいなかった。
私の膝の上には小さな、どこかで見たことのある羽虫が横たわっていた。
私はそれがなんであるのかを悟り、それを両の手で包み込む。
それが手の中にあることを何度も確認した後に、私はベンチから立ち上がる。ベンチから誰かが着ていた病衣がスルリと落ちる。それを無視して私は帰路に着こうとした。
「先生」
男性の声が後ろから私を呼び止めた。
私を先生と呼ぶ男性ならば、一人くらいだろう。
迷うことなく、私は後ろに振り向く。
そこには何度も見た男性がいた。彼女の父だ。
彼女の父はしばらく私を見つめた後に、両手の平を前に出す。
「その子を、こちらに」
震える声で彼女の父は言った。
私はその場で頭を振る。
彼女の父は、なぜですか? と弱く問いかけてくる。
「おじさん、あなたは知っていたのですよね、彼女のこと」
「ええ、だから、こうして迎えに来ました」
「……おじさん、彼女は大人になって飛び立ったのです。それも、分かっていますよね?」
彼女の父は口をつぐむ。
その表情を見て、私は言葉を綴る。
「少なくとも、彼女は私の元に降りてきました。私としては、それで十分だと思いますよ」
彼女の父はその言葉を飲み込んで、ゆっくりと私の手を見つめる。なにかを包み込んでいるこの手を。
すると、彼女の父の前に差し出した両手はダランと垂れ下がり、項垂れる。
その様子を見て、ふと、私は彼女のいた病室の方を見る。そういえば、あそこには……そうか。
私は何かがお腹のなかに落ちたような気がした。
「彼女は、母親に見守られていたのですね」
そう誰にも聞こえるように言いながら、視線を戻す。
彼女の父は項垂れた顔を上げていた。
その表情は憑き物が落ちたような、見ようによっては諦めたような顔をしている。
「先生は」
「……なんですか?」
「先生は、あの子のことをどう思ってますか?」
私は、そうですね、と言いながら月を見る。
さっきまで彼女の見ていた光を見て、その光を目一杯受けた後、私は彼女の父を見る。
「あなたなら、知ってるでしょう?」
彼女の父は大きく目を開き、ゆっくり笑みを浮かべた。
「そうか。……そうか。……なら」
彼女の父は綺麗な目を見せた。
「あの子のことも、頼めるかな」
「あの子は……?」
「安心してください。私と妻の子です」
そう言った彼女の父は仰々しく一礼をして、立ち去って行った。
たぶん。"彼"は、ずっと後ろを見ていたのかもしれない。そして今、やっと前を見たのかもしれない。
もしかしたら、私も……。
私は頭を振り、別の出口へ足を進める。
今日は近くのビジネスホテルに泊まることにしよう。
こうして別れたのに、家の前であったら格好がつかないだろうから。
◇
あれから私は先生になった。
別に学校の教師になったわけではない。
何となく書いた小説を何となく送った大きな賞で最優秀やなんやらを取ってしまって、何となく続きを書いていたらそのままベストセラー作家の仲間入りをしていた。
大学を卒業してからは周りにからかわれる事も少なくなったが、今でも私の元には先生と呼ぶ人はいる。
呼んでくることが一番多いのは彼女の妹だろうか、彼女の消失から代わって勉強を教えていたところ、相手の方から告白をしてきた。最初は戸惑ったが、喜んで受けることにして今では恋人、なのだが、変わらず先生と呼んでくる。この呼び方は多分、一生やめないだろう。それがこの子の決めたことなのだろうから。
そして他に私を先生と呼ぶのは、私が家庭教師を副業にして以来、私に教わっている子供から呼ばれている。
これに関して付け加えることがある。私に教わりに来る子供が何故か少女ばかりなことだ。
そして、皆して綺麗な顔立ちを見せてこう言うのだ。
「先生は人間をどう思いますか?」
私はそれに対していつも通りの答えをいう。
その後には大抵の子は次のような事を言い出す。
「私は人間ってアリだと思うんですよ」
私はそう続けた子に、ある言葉を投げ掛けることにしている。
――君はアリん子にでも成りたいのかい?
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