第3話 稲荷原流香
目の前に座っている巫女はつかみ所のない笑みを浮かべて、東拓郎を見つめていた。
左目に眼帯をした幼さのまだ残る顔立ちながらも、何者でもあるのか不確定さのある不気味さをまとっているというのが、東拓郎の第一印象であった。
巫女の出で立ちも手伝ってか、そのような印象を受けたのではないか。
失礼に当たると思いながらも、対面していることもあって、もう一度品定めをするかのように見つめるも、抱いた印象は第一印象と変わらなかった。
「面白い方々ですね。姉もそう言っています」
境内を掃き掃除している左目に眼帯をしている巫女がいたので拓郎が声をかけると、話ならば社務所で、と案内されたのだ。
社務所とさほど広くはない、小さな机と折りたたみ式の椅子が数脚置かれているだけの小屋のような場所であった。
折りたたみ椅子を二脚出して、東美玲と東拓郎を座らせると、巫女は椅子に座らず床に正座するなり開口一番でそう言ったのである。
「……面白いとはどういう意味? それに姉はどこに?」
東美玲が怪訝そうに訊ねると、
「説明が足りませんでしたね。姉の魂は削り取られた私の左目に居座っているのです。ふふっ、おかしいでしょう? 死んでもなお現世に居続けようとする、生に対して貪欲な姉なんですよ」
訊ねた美玲はなんと言葉を返していいのか分からず口ごもった。
左目に居座る姉とはなんであろうか?
拓郎は当然のように疑問を思った。
「姉の見立てには私も同意しています」
「……何を?」
美玲が話し手では話が進まないと感じて、拓郎が口を挟んだ。
「俗に『魔法』というのかもしれません。それで悩んでいるといったところでしょうか?」
拓郎はそう言われて、不信感を募らせた。
魔法ではなく、父親の幽霊に悩んでいるのだから当然と言えた。
「魔法などには悩んでなどいません。私達はお父様の幽霊が館に未だに居座っている件について相談に来たのです」
美玲があからさまに信用出来ないと言った態度に変化したのを感じ取りながら、拓郎は巫女の出方を待つ。
「……成る程。でしたら話をしてください。そのお父様の幽霊とやらについて。姉も興味を抱いたようですので」
「その前に確認しておきたいわ。あなたが
「はい。私が稲荷原流香です。そして、私の左目に居座っている魂だけの存在は、姉の稲荷原瑠羽です。以後お見知りおきを」
にこりともせずに言われ、拓郎は冗談であるのか事実であるのか判別できず、どのような表情を見せるべきか戸惑った。
「……分かりました。では、お話します」
美玲は不承不承と言った顔のまま、例の屋敷について語り出した。
その話を稲荷原流香という巫女は首肯さえせずにじっと聞き入っていて、話が終わると右手を挙げて、こう言ったのであった。
「質問が二点ほどあります。姉も同じ事を思っているようです」
「何でしょう?」
「管理人が魔女の館とやらに最後に行ったのはいつですか?」
「三ヶ月前よ。それが何か?」
「もう一つの質問は十一年前の話になるのですが、東喜八という人物が魔女を紹介する際、どこを見ていましたか? 油絵ですか? それとも、他でしたか?」
そう訊ねられ、美玲は顎に左手を添えて記憶を辿り出す。
どうだったかなと拓郎も思い出そうとするも、そこまで子細には思い出せず、困惑の度合いが深まった。
この巫女の意図する事がいまいち掴めなかった事もあってか、正確に思い出せなかったのかもしれない。
「……思い出せません」
「私も同じですかね。思い出せない」
二人が降参すると、稲荷原流香はようやくそこで表情を変えた。
微笑したのだ。
「本来ならば、私の領分ではありません。ですが、私も姉も興味がありますので関わりましょう」
そう言われても、本当に解決できるか分からないためか、
「……はぁ」
と、美玲が気のない返事をした。
「見えていないのではなく、あるべきものを見せていなかったのかもしれません。故にあの屋敷には手を出さずに、そっとしておく事をおすすめします。姉もそう言っています」
「それはあなたの判断することではないわよ」
美玲がピシャリと言うも、稲荷原流香は微笑を崩さなかった。
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