アンドロイドは英雄の夢を見るか

モギハラ

第1話 HE-6

=HE6=


 ハウンド・エレクトロンは後ろへと流れてゆく景色を確認しながら、目の前を走るバイクにしっかりと視線を合わせていた。


オレンジ色の光が絶え間なく点滅し、追うものと逃げる物を照らしたかと思えばまた、少し曇りがちな空が現れる。猟犬という名を持つ彼は、速度を上げて逃げるバイクを追って、身一つでハイウェイを跳ぶように駆けていた。

乗り手が大きく体を傾けると、バイクはテールライトを尾のように伸ばしてカーブを曲がり、ハウンドもそれに続く。

普通は、限界速で走るバイクに脚力のみで追いすがることは勿論、真横と正面を同時に見ることも人間のできる芸当ではない。ここで普通は、と言わなければならないのは、この異常な時代にいくらか存在する例外的存在を含めないためだが、ともかく普通の人間には不可能なはず。

ハウンド・エレクトロンにそれができる理由を単純に言えば、彼が人間ではないからだ。


「博士、ターゲットを工事中車線へ誘導しました」

「オーケー、ロープでいけるか?」


通信先の“博士”の言葉を聞いてすぐ、ハウンドの視覚センサはターゲットとの距離を性格に算出し、過去のデータと照らし合わせる。


「ターゲットとの距離10m。確保率70%圏内です」

「遠いな。トップスピードで距離を縮めて確実に捕まえろ。手早く済ませないと熱暴走で倒れるぞ」


 絶え間なく働き続けている彼の駆動系が、長引くチェイスで既に高熱を帯びていることを見越した上での指示だ。

 そうして話している間に追走劇は再び、トンネルを一つ抜けた。バイクの乗り手の表情はフルフェイスのメットに隠され、うかがい知ることはできない。しかしどこまでも追いすがる猟犬の存在にイラついているのは確かなようで、時折バックミラーを確認しては強くアクセルを握りこんでいる。ハウンドは速度を最大まで上げる準備をしながら、彼の数秒後の行動を大きく左右するだろう重要事項を訊ねた。


「了解。あのバイクは」

「あれも盗品だな‥まぁ余裕があったら壊さないようにしてやれ」

「努力します」


 大きく踏み込んだ脚で地面を強く蹴り始めると、約3秒でトップスピードに達する。ペースを上げた駆動系が瞬間的に燃えるような熱を帯び、頭の中で熱量の急激な増加を示すビープ音が鳴った。  一瞬の瞬発力に近いその速度は長く続くものではないが、ただのバイクで逃げている標的に対しては、数秒で十分だ。

 瞬く間にバイクとの距離を縮めたハウンドが腕をまっすぐ伸ばすと、手首につけたユニットから銀色の縄が飛び出し、らせん状に腕を取り巻いた。


「最後の通告だ、止まれ!」

「来るな、クソ機械!来るな!」


 追い詰められた男の叫び声と共に、ハウンドの耳を銃弾が掠めた。逃走者が片手でアクセルを強く握りしめながら、もう片方の手で銃をとり、撃ってきたのだ。淡く緑色に光る目を細め、ハウンドは2対の目で正確に照準を定める。


「なら仕方ない」


 言葉が終わらないうちに、しなるように放たれた銀色のロープが、ぐるりと犯人の胴体に巻き付いた。そのまま縄を両手で掴み、思い切りたぐりよせると、悲鳴を上げながら標的が空中高く舞った。


「…上げ過ぎたか」


 縄に巻かれながら落ちてくる男を受け止めるべく構えるハウンドのもう一対の目は、主を失った哀れなバイクが、トンネルの壁に吸い込まれるように向かっていく様を確認していた。



 ======



「ああ、博士、すみません‥バイクを大破させてしまって」


 本部で捕縛した犯人を引き渡したハウンドは、白衣の女性の前で力なく頭を垂れていた。

 頭を下げられている女性、サラ博士はその頭に軽く手を置いてねぎらいの言葉をかける。

「問題ない、よくやった。犯人確保が最優先だ。まあまあスマートだった…どうしたらバイクも救えたかはあとで考えよう」


「リーシュを2本に増やすのはどうでしょう」


「いくらなんでも2本同時に扱えるようにするには狂気の沙汰と言ってもいいくらい精密な信号プログラムを作らなきゃならないだろう」


 犯人に巻き付いた銀色のロープ―通称『リーシュ(散歩綱)』と呼ばれている―は、超硬質繊維の織り込まれた特注のものであり、芯に埋め込まれた無数のチップがロープの形を使用者の意図した通りにコントロールするものだが、正に自分の手足の延長として使えなければいけない。人間の使用者が縄の先までを安定してコントロールするには2mが限度だったが、ハウンドが使っているものは5m近くある。それはハウンドの経験による学習と、この縄を扱えるようにする為、彼の“脳”とリンクした独自の精密な信号システムを研究員達が開発したおかげだ。


 「そうでなくても、お前にはアンドロイドらしくないブレがあるんだから」


 彼女が言うように、ハウンドはアンドロイドであり、淡いブロンドの女性、サラ・マッキンリー博士がその製作責任者である。もっと定義的に言うならば、インベイル社製 自律思考型ヒューマン・フォームロボット・タイプHE-6、ハウンド・エレクトロン。少々冗長に過ぎるが、これが彼の書類上のフルネームであり、正体だ。もっとも、彼に親しみを持つ者は『ハウリィ』と愛称で呼ぶため、そうして呼ばれることは殆どないが。

 ハウンドは犯罪者対策を専門に請け負う機関に属する会社、インベイル社自慢のアンドロイドであり、ここ最近増えつつある特殊な事例の犯罪を狩る、いわば猟犬としての役目を負っている。

 今回の事件の報告書をぱらとめくったかと思うとサラ博士は、淡い緑の目を伏せてため息を吐いた。


「にしても地球外からわざわざやってきて宝石泥棒ね」

「EW456エリアの惑星出身とデータにあります‥盗んだ貴金属は地球外の闇市で売る目的だったようです」

「まぁ、やることは地球人と変わらないな。全くこの星はいつからエイリアンの出稼ぎ先になったんだ」

 ハウンドが捕まえた男は、人間に擬態したエイリアンだった。幸い、今度の相手は人間より多少頑強でバランス感覚の良いだけの種族だったため早々に片付いたが、中には想像もつかないような性質、異能、武器などを持つものもあり、苦戦を強いられることも珍しくない。

「いつからか、は分かりませんが、データによれば2年程前から異星人による軽犯罪の割合が徐々に増加し、今では70%を占めてます」

 地球外知的生命体、エイリアンの存在が公になって久しいが、同時にエイリアンによる犯罪もどんどん白日の下に晒されるようになった。

 現在ほぼ全ての国が、銀河連盟による「地球の独自性保護の提唱」を受け入れ、その庇護を受けている。地球への異星人の流入は厳格な規則をもって定められ、銀河連盟許可の無い入星行為は禁じられているため、地球はなんとか安定を保っている。しかし、それでも許可があろうとなかろうと、地球には無数のエイリアンが日々訪れており、その中には、犯罪をはたらく者がいる。地球でのルールを知らない者、知っているが守る気はない者、様々だが、そうしたエイリアンに対抗する為、銀河連盟と連携した機関が置かれることとなった。インベイル社はいわば「国家警備会社」であり、民間会社でありながら国から委託され、先進的なテクノロジーでエイリアンによる犯罪に対抗する手段を持っている。その手段のひとつが、実戦力であり、テスト機であり、イメージ広告でもあるハウンドだ。

 彼の活躍はマスコミにも注目されており、既に「真面目で優しい好青年アンドロイド」という彼のキャラクターもそれなりに愛されている。真面目の前にクソ、がつくこともあるが。


「異星人による犯罪自体もここ半年ほどで1.5倍に増えました…詳細なデータを出しましょうか」

「あぁ、いいよハウリィ。それくらいは知っている。なんとなく言っただけだ」

「…なんとなく、ですね」


 ハウンドは知っていることをあえて疑問形で発言するという表現方法については知っていたが、『なんとなく』が何なのかは未だに時々、理解できない。しかしそれについて以前訊ねたとき「なんとなくはなんとなく、でいいんだよ。脈絡は本人の中にあるから他人はわからなくていい」と言われてしまったため、既に意味を問いただすことはしなくなっていた。


「さぁ、調書も書き終った。研究所へ帰ろう」

「はい、サラ博士」


 ハウンド・エレクトロンの名と姿は、ここ数年でメディアを通じ市民の知るところとなり、幾度となく街の人々の話題に上ってきた。最近ではすっかりおなじみの顔として、街を駆け抜ける日々を送っている。


 明示的な悪と戦い、人々を守る「ヒーロー」の一人として。


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