沖田総司の刺客 (※多少の恋愛要素あり)






 後方から追って来る人数が急に増えたようだ。

 

 

 日ごろ面倒をみている組の女中の冬乃と、ある用事を終え、先ほど店を出た時点で沖田は、僅かな殺気を感知していた。

 待たせておいた駕籠に乗り込む沖田をどこぞの二階から認識して、そのまま慌てて出てきたのだろうが、

 やはり追って来た彼らが、しかしどうやってこの人数をその後の短時間に集めたのかと、感心してしまう。

 

 

 さすがにこのまま悠長に駕籠に乗り続けていれば、そのうち追いつかれた駕籠かきが斬られるだろう。

 

 

 「全速力で、次の袋小路まで走り、奥で道を塞ぐように駕籠を置け」

 

 「へ!?」

 

 「後ろから刺客に追われている」

 「へ、へい!」

 新選組から乗せてきた以上、多少はこういう事態も覚悟していたのか、駕籠かきの反応は早かった。

 

 「急げ」

 

 前を走る冬乃を乗せた駕籠かきも、沖田の声を聞こえていた様子で速度を上げた。

 

 

 

 最初に迎えた袋小路へ曲がり、駕籠かき達は沖田に言われたように奥の行き止まりまで辿り着くと、慌ててそれぞれ横向きに駕籠を下ろし。

 

 「冬乃さん、と御前達も」

 すぐに駕籠から出て来た冬乃と、駕籠かき達に、沖田は呼びかけた。

 「駕籠の後ろへ」

 

 駕籠と奥の壁とに挟まれた空間へ、冬乃達が避難したのを見届け、

 二挺の駕籠を背に、沖田は道の中央まで歩む。

 

 

 

 まもなく追いついてきた浪士達が、小路の入口で止まるなり、いずれも直ちに抜刀した。

 

 締めて六人。

 

 「ひいぃ・・!」

 浪士達の背後を通りかかった町人達が悲鳴を上げ、

 未だ夕の色もまだらな空の下、彼らからすれば突然の事態に、騒然と逃げ出してゆく中で。

 

 浪士達は、じりじりと沖田のほうへ一歩ずつ近づいてくる。

 

 

 沖田は納刀したまま、浪士達を見据えた。

 

 この狭い路地の幅に、並べても二人ずつが限度のところを三人並んで詰めてくるさまに。

 沖田は、そして溜息をついた。

 

 

 「やめておけ。おまえ達では、俺に勝てない。此処でその命、散らすことは無い」

 

 

 「何だとっ・・」

 沖田の放ったその台詞に、沖田の間合いの数歩前まで来ていた浪士達が、いきり立って声を荒げた。

 

 「馬鹿な!この人数相手に何を言うか!?」

 

 「貴様の目は節穴か??」

 

 「死ぬのは貴様だ!!」

 

 

 

 

 入梅前の生ぬるい風が、つらりと路地を駆け抜ける。

 

 

 「・・・忠告はした」

 

 

 

 沖田は。鯉口を切った。

 

 

 「そんなに死にたいなら来い」

 

 

 

 

 

 

 

 袈裟に打ち込んできた男の一刀が降りきるを待たず、半身でかわすと同時に沖田は、男の首を抜き打ちで飛ばし、

 

 片手で返す一閃で、今の男の隣で突きを繰り出していた者と、まだ振りかぶっていた者、二人の喉元を、立続けに首の皮一枚を残して横合いより薙ぎ払いざま、下がって返り血を避けた。

 

 

 時にして一瞬で三人が、ほぼ同時に崩れ落ちるのを前に、残る三人が怯んだ、

 

 その隙を。沖田は敢えて狙わず、

 血糊を払った刀の切っ先を彼らへ向ける。

 

 

 「続けるか・・?」

 

 「ッ・・」

 案の定、たちまち戦意を喪失した三人が、逃げるためか形勢を立て直すためか今にも退こうとするのを、

 

 「いつ退いて良いと言った」

 沖田は留めた。

 

 「勝手に動けば斬る」

 

 

 三人は即座に諦め。恐々と沖田を見返してきた。

 

 

 「刀を納め、腰から両刀を捨てろ」

 三人がそれぞれ従って震える手でどうにか刀を納めると、腰から鞘ごと抜いて地に落とし。

 

 鈍い音を立てて大小の鞘が、先の三人の血溜まりの内に跳ねた。

 

 

 沖田が納刀し、その血塗れの骸を跨ぎ。


 「両腕を背に回せ」

 再び沖田の手が腰の刀のほうへ向かうのを、目にした三人が怯えた顔になるのへ、

 

 「後ろを向け」

 沖田は刀の下げ緒を引き抜き、

 「おとなしくしていれば悪いようにはしない」

 そう宥めてやりながら、

 

 背を向けて両手を見せてきた彼らの、それぞれの手首へと巻き付け、纏めて一括りに縛り上げる。

 

 

 「駕籠かき、こっちへ来てもらえるか」

 三人に繋いだ下げ緒をもう一巡巻きながら、沖田が背後へ声を掛けると、

 暫しの躊躇の気配のち、駕籠かきのうち兄貴分二人が、沖田の斜め後ろまで出て来た。

 

 「へい・・っ」

 「悪いが二人で近くの番所まで、後処理の者を寄越すよう連絡に走ってくれ」

 

 駕籠かきは、つと地に横たわる三人の骸を強張った顔で見やって、無言で頷くと、大きく血溜まりを避けて道へと走り出て行った。

 

 

 「来い」

 

 下げ緒をぐんと引き、沖田は縛り上げた三人を路地の奥へ連れゆく。

 

 血溜まりをうまく跨げなかった彼らの、足元が更に赤に濡れ。

 三人纏めて背に両手を括られた不自由な姿勢で、沖田にゆっくり引かれながら進んでくる姿を、

 駕籠の後ろから怖々と覗く残る二人の駕籠かきと、どこかぼんやりしている冬乃が見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬乃は息も忘れそうなほどに立ち尽くしていた。

 

 あまりにも、鮮やかで、疾風のような。

 一分の無駄な動きも無い、

 

 まばたきの合間の出来事。

 


 喉を裂かれた彼らの死には、断末魔の悲鳴すら伴わず。


 

 

 沖田に引かれ駕籠の前まで連れてこられた、すっかり蒼褪めた浪士達が、誰ともなく腰が砕けたようにへたりと座り込む。

 

 駕籠の後ろからそのさまを尚もぼんやり眺めていた冬乃は、

 一寸のち、はっと我にかえり。浪士たちから沖田へと視線を向けた。

 

 

 冬乃が秘かに、いや、おそらく気づかれているかもしれない恋情を、

 寄せる相手、沖田は。

 いま冬乃の見つめる先で、浪士達に繋いでいた下げ緒を離し、どこか冷えびえとした表情で彼らを見下ろした。

 

 「たいしたものだね」

 そして前触れもなく。

 

 「・・そうまでその命を懸け、俺ひとり葬ったところでどうなる」

 

 沖田は哂った。

 

 

 (・・え?)

 

 冬乃は流れがよめず目を見張っていた。

 

 

 (どういうこと?何で未だ、・・)

 

 闘いが続いているかのような台詞を。

 

 

 「・・・貴様は禍々しき新選組の、巨擘」

 沖田の声音の変化に気づいていないのか、浪士達がただ小さく吐き捨てた。

 

 「血祭にあげるに十分、値する」

 

 「だから、」

 

 

 沖田が。もう一度、哂った。

 

 「そこにおまえ達が命を懸ける意味があるのか」

 

 

 (あ、)

 

 沖田の声が落とされるのと、

 座り込んでいた浪士達が動いたのは、同時だった。

 

 

 (隠し武器・・!)

 

 

 冬乃が。駕籠の後ろから咄嗟に飛び出て、

 

 浪士が放った懐剣のように小さな矢が、そんな冬乃の前を一瞬早く飛んでゆき、

 同じく何かが目の前を通過した、

 

 続いて浪士達が、言葉にならぬ叫び声を上げ。

 

 

 

 冬乃は、立ち尽くしたまま何が起こったのか分からず、咄嗟に沖田を見て彼が無事なことを確認し、目の前で座り込んだままの浪士達を見た。

 

 今、沖田へ隠し武器を放った浪士の、手には深々と小柄が刺さっており。

 

 

 「冬乃ッ」

 

 刹那に、鋭く沖田の声が冬乃の耳に届いた、

 

 次には冬乃の腕は沖田に引き寄せられ、沖田の背後へと押しやられて、

 

 先程に自分達で後ろ手に縄を切って自由になった腕で、浪士達が立ち上がるなり、各々その手に隠し武器を構えるのを。

 

 沖田の背後で壁まで後退り冬乃は、息を呑んで見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「その女・・貴様の女だな」

 

 

 冬乃を狙った男が、舌打ちし。手の内に潜めていた短刀を、ひゅっと回し、構え直す。

 

 沖田が冬乃を引き寄せるのが、あと一寸でも遅れていれば、あの刃が冬乃を捕らえていただろう。


 

 三人の背後の縄を切ったのも、この男か。

 みたところ掌に納まるほどの小さな短刀だ、袖内の腕にでも括りつけて備えていたのだろうが、その短刀で何が出来るつもりか。

 おとなしく縄についていれば良いものを。

 

 先程やけに素直に剣を捨てたとは思ったが、この抵抗から察するに後の機会を狙っての事だったのだろう。

 要するに彼らは、己の持つ全ての技で闘い抜く死を選ぶということか。牢に拘束される事など端から選びもせず。

 

 沖田を葬るためにその命を懸けてくる、

 共に武士同士、最早それに応えてやるより他無いにせよ。

 沖田の胸内を、憐れみにすら似た一抹の憤りが奔る。




 三人が、攻撃をしかけてこない沖田から、今のうちにとでも思ったか、

 沖田の間合いから少しでも外れるべく駕籠のほうへ精一杯に後退り、距離を取ろうとしているのを。

 沖田はそうして寒々とした想いで、眺めた。

 

 

 どんなに後退ろうとも、そこは沖田の完全なる間合いの内に変わりはない。

 

 ―――悪あがき

 

 

 どちらが、か。

 

 背後からは冬乃の戸惑いとも取れる気配を感じる。

 突っ立ったままで、彼らの生きる時間をほんの刹那でも、いたずらに延ばしているかの沖田への、戸惑いか。

 

 

 

 先ほど三人が地に座り込んだ後、彼らの殺気が再び俄かに増したのを感知した沖田は、続いて三人の肩がそれぞれ微かに動くのを見留めた。

 

 或いは何らかの方法で背の縄を解いたかと。ならば次に来るであろう攻撃を待ち構えていた時、

 案の定、内一人が、手投げの矢を投げてきた。

 

 二発目を制する為、その投げた利き手を狙って小柄を放ち、

 

 そして向かって来た矢を沖田が避ける一寸前、

 

 突然、冬乃が飛び出してきた。




 いま沖田の背後で息を殺している彼女を感じながら、沖田は内心嘆息する。

 

 

 (さすがに想定外だったな)

 

 沖田でもよめなかった冬乃の動きに、沖田は先程の状況下でなければおもわず一笑したところだが。

 

 

 下手をすれば、彼女は今頃死んでいてもおかしくない。

 

 (矢を止めるつもりだったのなら、なんという無謀な)

 

 

 今までの彼女を知るかぎり、考えるより先に体が動くような性格にはとても思えないが、あれはどうみても後先考えぬ咄嗟の行動としか取れない。

 

 つまりは、

 そうであるならば。

 

 彼女は、沖田を護ろうとしたのだと。

 

 

 

 (・・冬乃)

 

 彼女が沖田への想いを秘めていることは知っている。そして己も、また。

 


 沖田は、心の目を瞑った。

 今は一旦、彼女のことは、思考から追い出すべく。

 

 

 

 

 掌を貫通した小柄を止血のため引き抜かぬまま、その手をだらりと横に下ろし、

 残る片手のみで構える浪士の、得物を。沖田は一瞥した。

 

 

 先程投げてきた矢よりは一回り大きいようだった。

 同じく、持ち手である短いの、その先端に鋭いやじりを付け、あれが的確に中れば、小柄に劣らぬ殺傷力を持つだろう。いずれも懐に隠し持っていた、といったところか。

 

 未だいくつ懐にあるのかは知らないが、すでに利き手を失い、その傷の痛みに耐えながら、どれほどの攻撃を繰り出せることか。

 

 

 残る一人の得物に至っては、どう隠し持っていたのかさえ謎になるような小型の飛苦無が数本。

 しかし剣の間合いの内では所詮あれも、その利点を活かすことは叶うまい。

 


 とはいえ、曲がりなりにも飛び道具であり。

 すぐ後ろに冬乃が居る以上、飛んでくるところを好き勝手に沖田のほうで避けるわけにもいかない。

 

 

 (やはり、一度こいつで全て落とすしかないか)

 

 沖田は長脇差を抜き、手にさげた。

 

 

 沖田の抜刀に、三人がびくりと肩を震わせ。

 

 「もう一度言うが、おまえ達には一分の勝ち目も無い」

 最後の忠告をつげ。沖田は浪士達に半歩近づく。

 

 「無駄な抵抗を諦め、縄につけ」


 

 「馬鹿を言え!」

 

 浪士達が声を荒げた。

 

 「貴様の後ろに女が居るから闘いたくないのだろうッ」

 「そうだっ明らかにお主のほうが不利な状況で、何をふざけたことを!」

 

 

 後ろの冬乃が、びくりと緊張した。

 

 

 「・・勘違いしているようだが」

 

 

 冬乃に心配するなと言い聞かせるべく、

 

 「彼女の存在で、俺が不利になるのではなく」

 

 

 彼らに、覚悟を促すべく。告げた、

 

 

 「おまえ達が僅かの間、時間稼ぎが出来るだけだ」

 

 その死までの。

 

 

 

 

 返答の代わりに、苦無が飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬乃は、壁を背に、沖田を前に。

 微動だにできずに。

 

 

 だがそれも、あっという間の。沖田が告げた通りに、

 ほんの僅かな間だった、

 

 冬乃の前で沖田が、飛んでくる矢と苦無を全て叩き落し、脇差を納刀したのは。

 

 「どうした、もう終わりか」

 

 浪士達へそんなふうに声をかけながら沖田が、彼らに向かってすたすたと歩み始め。

 

 顔を歪めて浪士達は、後退り。

 

 最後に掌の短刀を構えた男が、もはやこれまでと思ったか沖田に向かって投げつけた瞬間に、沖田が抜刀し、弾き返された短刀は、浪士の背後の駕籠に勢いよく突き刺さった。

 

 同時に、三人はいずれもその場に崩れ落ちた。

 

 

 「貴・・・様・・」

 男が呻き。

 

 (・・うそ・・)

 

 右手に大刀をさげ、一人立つ沖田の、

 左手を見れば、鞘。

 

 「な・・ぜ殺さ・・ぬ・・ッ・・・」


 「悪いが死にたがっているやつを好き好んで殺してやる趣味は無いんでね」

 

 

 今、冬乃の目にかろうじて映ったものは、

 沖田が三人の鳩尾へ突きを打ち込んだ、残像。


 彼らが生きているということは、使ったのは鞘だろう。

 あまりにも速かったために、その突き自体すべて見えたわけではない。

 (でも・・そうとしか・・・)

 

 

 「こ・・殺、せ・・殺して・・くれッ・・・」

 

 しかも浪士達が未だ話せるところを見ると、あの一瞬で沖田は彼らの動きを制する程には強く、かつ失神はしない迄に加減すらしたという事だ。

 

 冬乃は、茫然と。うずくまる三人と、彼らを見下ろす沖田の背を。見つめた。

 

 

 「望み通り殺してやるつもりだったが、おまえ達を目の前にしたら気が変わった。死にたきゃ己で殺れ」

 

 「た・・互い、に、武士と武士であ・・りながら、貴、様は、我らを、愚弄・・するか・・!」

 

 

 「互いに武士同士、尚更、丸腰の相手を斬る気になどならぬ事ぐらい分かるだろう」

 

 「「・・・!」」

 

 

 急に沖田が振り返った。

 

 どきりとした冬乃の先へ、沖田は視線を向け。

 「縄を」

 

 追って振り返った冬乃の目に、いつのまに番所から来ていたのか、町役人と先程連絡に走った駕籠かきが、少し離れた位置に立っていた。

 

 町役人ははっとした様子で沖田を見返し、一寸のち、こちらへ向かってきて。

 

 

 冬乃は、再び沖田を見た。

 

 (あ・・)

 

 沖田が、冬乃を見ていて。

 


 その、何かを籠めるような深い眼ざしに。冬乃がそのまま身動きも奪われていると。

 彼は向かってきた。

 


 きっと勝手に駕籠の後ろから飛び出した事を聞かれてしまうのだろう。

 冬乃は胸内の恋心を抑え込むようにして、己の襟元を握り締めた。

 

             








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