5話 俺、渾身のドヤ顔。嗤う女騎士。
ああ、このままでは確実に死ぬ! ダンジョンマスターになったばかりなのに死んでしまう!
……いや、落ち着け、俺。ダンジョンさえ
ならば優先してやるべきは……。
「リジェネレーション」
頭の中で想像すると、勝手に声が出てくるのには慣れてきた。
俺は Notice に書かれていた通りに、ダンジョンの再生成をすることにした。
ピコンッ。
『MP10000と引き換えに、ダンジョンを再生成します。よろしいですか? Yes or No 』
俺が迷わず Yes を選択した
ギュオンッ!
俺の身体に
「ふにゃっ?」
いきなりの出来事に何も対象できずに、俺はそのまま床にへたりこんでしまった。
「お、おいっ! タクト、だ、大丈夫か!?」
いきなりだったので、流石のクリスでも少し動揺している。
「ら、らいひょうぶら、くりふ」
「ちっとも大丈夫そうじゃないんだが!? も、もしかして、からかい過ぎて頭が……? す、すまなかった!」
いや違うに決まってるだろうが!
「お、おひ、くりふ、そうひゃなひほ」
だめだ、気の抜けた声しか出せない!
「ああ、もう聞き取れない! 元々頭がゆるゆるっぽそうなやつだとは思っていたが、もしや本当に使いものにならなくなってしまったのか!? ほ、本当にすまなかった、許してくれ!」
「…………」
俺はひとまず、説得を諦めた。
だって彼女、ガチトーンなんだもの。
……そして約30分後、ようやく口がきけるようになった俺は、
「……でだ、クリス、俺はこんな早々に死にたくないんだよ。わかるか? だから、MP10000と引き換えにこのダンジョンを再生成したんだ……そしたら突然」
「お、おい、まて、今聞き捨てならないことが聞こえた気がするんだが!?」
……へ? 俺、何か変な事言ったっけ?
「え、MP10000とか言わなかったかお前?」
「ん? ああ、言ったけど?」
それがどうしたんだろうか。
「そんな
「えっ、そんな多いのか?」
「ああ、本当に、本当にやっかいなやつに会ってしまったんだなぁ、私は。……はぁ。いいか、タクト。普通の魔法使いではMP500くらいが平均なんだ」
「お、おう」
「これ以上魔力を持つものはいないとまで言われる伝説級の賢者でも、MP3000程度なんだ! 3000! 3000だぞ! これでも相当あり得ない数値なんだぞ!?」
ま、まじか。これ、チート能力。本当にヤバいな。
「そ、それがなんだ。……10000!? お前よくそれだけの魔力を使った挙げ句、30分の行動不能だけで済んだな!? 普通死ぬぞ!?」
やっべー死ぬのかよ。マジでチートなかったらとっくに死んでるじゃん。
「ク、クリス、これは多分、神から貰ったチート能力のお
「それが例のちーとか! もはやお前を魔族の関係者
「お、おい待て、クリス! 剣を引き抜こうとするな! いくらここがセーフハウスで俺が不老不死だと言っても、怖いもんは怖いんだよっ!」
「お前今度は不老不死とか言ったな!? それもちーとか!? ちーとなのか!?」
ああああっ! どんどん
……そして、再びクリスがこちらににじり寄ろうとしたその時。
……ムニョーン。
俺とクリスの間に先ほどのスライムが割って入ってきた。
……こ、こいつまさか、クリスを止めにきたのか?
「スライム、私を止めようとするとは。……いい
即座にクリスのターゲットがスライムに移った。
……ブルブル。
スライムは怖がっているように見えるが、それでも動こうとしない。
ス、スライム! もしかしてお前、俺のためにそこまでして……!
……よし、決めたぞ。スライム、お前の勇気に感謝する。おかげでいい案をひらめいたぞ!
「お、おい、クリス、今回はこのスライムに免じて止めてもらえないか? ……ほら、ここはセーフハウスで危害は加えられないし、どっちみちお前ももう俺と関係者になったって以上、誰かに知られるとマズいんじゃないか?」
「き、貴様、この私に
キッと
「いや、そんなことは無い。俺も自分のことを口外されたら困るんだ」
「……む、そ、それもそうだな」
そう言ってクリスは、剣の柄に伸ばしていた手を下ろした。
……よし、
「それに……」
「……それに?」
クリスが先をせかす。
「……クリス、さんざんカスナギだのクズトだの
「……ッ!? お、お前、それを脅迫と、」
「だからさっ、クリス、ここは互いに知らんぷりをしようじゃないか!」
「貴族である私に嘘をつけと!?」
「嫌だったらそれで良いんだ。そうなったらクリスをここから出さなければすむ。ここは別次元とはいえ、ダンジョンの中であり、俺の管理下でもある。……クリスをここに
俺はそこで言葉をきり、息を吸い込む。
「そしてこう言うだけでいいんだ。……クリスティーヌと名乗る女と会ったが、私はもう自由に生きるのだ! とか何とか理由付けて、任務を放り投げてどっかへ去って行った、と」
「お前最悪だ! クズトじゃない! ゲストだ!」
「フハハハハ! なんとでも言うがいい! これは俺の命が掛かっている問題なんだ、俺は悪人ではないが、善人でもない! ……俺は決めたんだ! ここにいるスラちゃんとともにこのダンジョンを守り抜くと!」
俺は、すくっとスライムを抱き上げ、高らかに宣言した。スラちゃん、君、やわらかいね。
「…………はぁ」
「はぁ、とはなんだクリス。……ふっ、参りましたとでも言えばいいんじゃないか? ええ? さんざんバカにしやがって!」
……ふっ、決まったな。
と、俺がドヤ顔をしていると、クリスが口を開いた。
「……クククッ、やはり面白いなクズト。いいだろう。お前の言う通りに黙っていてやろう」
「な、なんだ、やけに素直だな」
「その代わり、お前にはこのダンジョンを文字通り死守してもらおうか! 私にそんな事を言ったんだ。何があっても死守してみせろ!」
……なんだ、クリスのこの余裕は。
「だ、だから、そう言ってるだろ」
「……あっはっはっ! やはりタクトは愉快だなぁ! よし、私も決めたぞ! これからも仲間としてお前を見ていようじゃないか、このスライムしかいない最弱ダンジョンをどこまで守ることができるのか、私の命が続く限り見届けよう!」
「……へ? いいんすか?」
あまりの手のひら返しに、間抜けな声が出てしまった。
「その方が貴様も助るんだろう? 私も『管理人』であるお前と関わった以上、誰かにバラされては家の名まで傷付くことになるからな」
「そ、それは確かに助かるが」
「では決まりだな、改めてよろしくたのむぞ! タクト!」
そう言って、クリスが右手を差し出してきた。
俺はなんか
「……ぷっ、タクト、本当に面白いな! タクト!」
そして吹き出すクリス。
「お、おい、さっきからなんなんだよ? なんか怖いぞ?」
「フフッ、い、いやな、タクトがあまりにもドヤ顔して勝利を確信しているのを見て面白くってな」
「は、はぁ? 完璧に
「だからそれが面白くて仕方ないんだと言ったろ! あはははっ」
あまりに
「お前、臨時アイテムボックスのことを忘れてたろ、今私の持っている臨時アイテムボックスは、外にいる私の馬の上に積んだ荷物につながっているんだぞ?」
そしてクリスは紙とペンを取り出した。
それを見た瞬間、俺はやっと気づいた。
「あっ」
「つまり、だ。これさえあれば外に連絡がとれるわけだ。外に荷物を積んだままの馬を置いて私だけが消えたなんて、捜索隊の連中が怪しまないわけないだろう?」
……その通りだぁぁぁ!
俺は恥ずかしさのあまり、頭を抱えてうずくまった。スライムが心配そうにプルプルしている。
「あははははっ! どうした、タクト? 顔が赤いぞ? はっはっはっ! 本当にこんなに笑ったのはいつぶりだ! ひーひっひっひ! ひーひっひっひっひヒきょッ!?」
笑い過ぎて息がつっかかったクリスだが、お構いなしに笑い続けている。
笑い過ぎだ! くっそぉぉぉ!
俺の頭に、先ほどの出来事が何度も繰り返し再生される。
なにが「……よし、掴んだぞ」だよ。
……のぉぉぉぉ!
「はははっ、じゃ、じゃあタクト、せっかく仲間になったんだ、改めてこの部屋を調べようじゃないか、くくっ、そういえばすみに大きな箱あったな! タクト、調べようじゃないか! あははははっ!」
「……も」
「……も? どうしたんだタクト、気が違ったか?」
「もう
ああ、お父さんお母さん。俺は死んでから絶叫ばかりしている気がするよ。
こんなヤバいやつと仲間になっちまって、俺は本当にどうすればいいんだっ!
そう考えながら、笑い続けるクリスの顔を、恨めしそうに見つめるのであった。
ーーだがこの時の俺は、まだ知らない。
……これから、いや、ここからが
俺はまだ、ここから始まる物語への扉に、ようやく手を掛けたに過ぎないのであったのだと。
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