第2話 現状、絶望、決意
五歳の春、馬車に牽かれそうになって、唐突に思い出した。
その時は、傍の使用人がいたから牽かれずにすんだが、以前もこんなことあったなという既視感が生まれ、その夜に思い出した。
「なんていうこったい……」
立ち鏡で己の姿を見て愕然した。
見慣れた姿ではなく、いかにも少女向けのアニメのクール系美少女(カラーが紫とか青に分類されそうな)だったからだ。
菫色の髪に空色の目。少し切れ目で唇は桜色。利発そうな顔立ちは、将来有望という感じだ。
さて、お気づきの方もいらっしゃるだろう。そうわたしは、異世界に転生してしまったのだ。
うわーい。よくある転生ものだー。ただし、自分がいた世界ではない。ファンタジーだぜ。笑えないぜ。
その話はおいといて。
さて、どこから話そうか。とりあえず前世の話をしようか。
前世の名は、浅野有里。とある喫茶店で働いていた二十七歳の女。
飛び抜けた能力だとか美貌とか持っていなかったけど、イケメンな彼氏がいた。アイドル以上に顔が整ったイケメンで、当然モテていた。女の子には優しかったし、実家がお金持ちだった。愛想も良かった。しかし、この男……弱点があった。天は二物を与えず、という諺があるが、彼の場合は三物は与えられたが、それらが宝の持ち腐れになるくらいの弱点があった。
それは……かなりの浮気性だっていうこと。
付き合い始めて七年。浮気された数は三桁になってから数えるのはやめた。
どうして三桁越えても別れなかったのかって? しこかったからだ。別れる宣言したら、一日で着信とメールが百件越えた。それで私が折れて、なあなあで付き合い続けていたけど。
思えば、浮気の数が三桁越えた時点で意志を曲げず別れるべきだった。住所も職場も変えてまでしてアイツから遠ざけるべきだった。
そして……悲劇が起こった。
いつもようにアイツの家に行き浮気現場を目撃して、今度こそ別れてやる邪魔をするな、と帰ろうとしたらアイツが引き留めるから、股間に会心の一撃をくれてやって飛び出した。
わたしは激怒した。そしてBL漫画を思い出して気分が上昇したところで、トラックに跳ねられた。青信号で横断歩道を渡ったはずなのにだ。
そして現世のわたしの名前は、ヴィオレット・オルタンス。
外国人だと思うだろう。しかし違うのだ。何故なら、わたしが現在いる星は地球ではないのだ。ここはトルージェという世界で、その中で大国といえるタルズト。
わたしはオルタンス伯爵の娘として生まれた。つまり、伯爵令嬢だ。前世はめっちゃ普通の家庭生まれだったのに!
おっと、語り口調が解けてしまった。失敬。
家族はとても暖かいし、嫌なこともない。優しい父と美しい母。そして天使のように愛らしい弟。そして良くしてくれる使用人たち。
とても良い環境だ。金持ちで家庭環境も良い。そこに不満はない。だが、物足りなさがかなりある。それは思い出す前からあったが、思い出したおかげでその正体がやっと分かった。
言っておくが別にあの人が傍にいないから、とかそういう乙女チックなことではない。そんなもの、前世で置いてきたわ。あの浮気野郎のせいで。
「漫画がないとか…オワタ」
がくっと手と膝をついて、絶望した。
ここには観劇と小説がある。テレビとか映画とか技術的に無理だから、諦めるしかない。
けど! 漫画だけは譲れない!
なぜこう絶望しているのかというと、私は前世、重度のオタクで腐女子だったのだ。
そう腐女子。婦女子でも、部屋が汚い女だとかそういう意味でもない。
男同士の恋愛が三度の飯よりも大好きなほうの腐女子だ! 彼らの生活を壁やベッドとかになって見守りたいほうの腐女子だ。
そしてそれは現世でも受け継げられた。
男同士の恋愛おいぢいよおおおおおもぐもぐもぐ。あ、ゴッホン。
この国でもBLを題材とした作品があるが、小説と観劇しかない。
そう、観劇と小説。漫画がない! そもそも漫画自体存在しない!!
元々小説は読むが漫画のほうを好む私にとっては、ああああああああああ! な、感じなのだ! 語彙力がなくてごめんなさい。
「そうだ……」
ゆらり、と立ち上がる。
「ないのなら、作ればいいんだ……」
漫画というジャンルを、文化を!
道のりは険しく長いが、やってやる。やるしかない!!
私にとってマジで死活問題だからね!!
「ふ、ふふふふふ腐腐腐腐……待っていろ、BLうぅぅぅ!!」
ああ、早く、早く! 絵で男と男が絡んでいるのが見たいいいいぃぃぃぃぃ!!
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