第68話 過去編ラスト

 俺にはもちろんゲームという主軸があり、中学校生活――それも漆原葵を陰ながら見守るために存在しているわけではない。


 自宅に帰り、ゲームをする。

 中学へ行って、漆原を観察する。

 

 人とは不思議なもので、秋が過ぎ、冬が過ぎ、その最中で進学先が定まっていくと、どうやら漆原という存在の浮き具合も落ち着いてきているように思えた。


 もしくはそれは俺の行動の結果なのかもしれないが、平行世界を行き来できない俺には、対比する漆原なんてものを持っているわけはなく、ようするに努力が実ったのか無駄な努力だったのかの結論はでなかった。


 そう。

 結論。

 つまるところ今日は中学の最終日。


 卒業式というものを俺は心待ちにしたことはないけれど、その『エンディング』のような場面には、少しばかり達成感を覚えたのも事実だった。

 漆原の件もゲーム仲間のAに少し話したのだが、こんなことを言われた。


『おまえって、気がついてねーのかもしれないけど、俺からしたら、十分、青春してっからな? 熱血くんにアカウントかえろよ――あ、てめえ! フレンドリーファイヤしたろ!?』


 フレンドリーファイヤの是非は置いておくにしても、Aのその言葉に反論ができないくらいの感覚はあるのかもしれない。

 とはいえ、これは現実だ。

 ゲームじゃない。


 エンディング的、といっても、あくまでそれは比喩である。

 エンティングロールは流れてこないし、次回作の予告もない。

 厳密に言えば、何かが始まるわけではないし、終わるわけでもないのだろう。


 俺は俺で。

 人生は人生で。

 漆原は漆原だ。


 卒業式の絵面のなかに、うまくはまっているようにも――いやもしかすると、錯覚かもしれないが、とにかくそこに居ることはできている漆原葵は、どこかぎこちない笑顔で、皆と最後の別れを交わしていた。


 ゲーム終了。

 俺の頭のなかで、俺だけにしか見えないエンディングロールが流れ始める。

 一方的なアクションは、一方的なアクションのまま全てを終えた。

 俺が知る限り、漆原は結局、いじめられることはなかったし、はぶかれることもなかった。

 進学先がどこかなんてことは知らないが、うまくいっていないようには見えなかった。


 あんなに面倒臭そうに通っていたクラスメイトたちも、さすがに最後は名残惜しそうに、校門の先でたむろしていた。


 三年間通った校舎。

 スクリーンショットボタンがあれば、もしかしたら教えていたかもしれないが、俺はその光景をスマホで撮影することもなく、当たり前のように、一人で帰宅しはじめる。


「……あ、の! 黒木くんっ」

「ん」


 背後からの声は、よく聞き慣れた声。

 振り返ればやはりというか、当たり前というか、むしろ最終日も聞くことになるのかといったところの、漆原葵が立っていた。

 まさか第二ボタンをくださいなんて話にはならないだろうし、なってもこまるし、そんなことを考えた自分が今、猛烈に情けなくなったが、とにかく漆原の言葉を待った。


 漆原はうつむきながら少しばかりモジモジとしていたが、勢いよく顔を上げると言った。


「あの、忘れ物とか、失敗とか、わたし多かったんだけど、黒木くん、そういうの直してくれてたんだよね……? ありがとう」

「ああ、まあ、うん」


 なるほど。

 漆原からしたら俺は、悪癖矯正のためのおせっかいをしていたように見えたらしい。

 まあ近からず遠からずだろう。


 俺は嘘をつくくらいなら、人付き合いなんてドブに投げ捨てる。

 だから嘘はつきたくないのだが、これは嘘にはならないだろう。


 頷く。


「ああ。少しばかり、目についたからな。大きなお世話だったら、悪かったな……」

「そんなことないよ! ありがとうございました」


 ちょっとばかり上ずる声。

 やはりこいつは最後まで、なんというか……場の空気をまぜっかえす能力があるよな、なんて思いつつ、まあ、これからは別々の道をいくのだから、最後の忠告をするかという気になった。

 なってしまった。


「漆原、気をつけろよな」

「え?」

「なんていうか……、世の中、少しのことが、気に入らないやつがいるぞ。お前の想像以上に、お前はあぶなっかしい」

「あ、うん……? そう、かな?」

「あ、いや、すまん」


 ……うん。

 喋り過ぎたし、哲学的だし、めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。

 なんだこれは。

 売れないゲームの主人公みたいなめちゃくちゃクサイセリフだぞ。

 

 しかし人生にセーブデータは存在しない。

 リセットボタンもない。

 だから俺は、何度か頷くと、全てをごまかすように、漆原に背を向けた。


「まあ、そういうわけだから、じゃあな」

「あ、うん。本当に、ありがとう」

「ああ、じゃあな」

「うん」


 漆原の視線を感じながら、俺は歩を進める。

 一歩。

 五歩。

 十歩。


「黒木くん!」

「……なんだよ」


 再びの声かけに、俺は首だけで振り返った。

 もう、話すことはないし、先ほどの恥ずかしい記憶も消したい。

 そんなことを当然知らず、気づけない漆原は、叫ぶ距離でもないだろうに、大きな声でこう言った。


「助けてくれて、ありがとね! 黒木くんも、がんばってね!」

「……助けてねーし」


 まるで反抗期の小学生みたいなセリフを吐いてしまい、俺はとうとう自分の恥ずかしさに我慢できずに、駆け足でその場を立ち去った。


 背に、たしかに感じていた漆原の視線が消えるまで、随分と時間がかかったが、それはある一定の時間が経過したのち、あっけないほど簡単に消えてしまった。

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