第65話 ゲームのために
隠キャがそうなのか、根暗がそうなのか、妄想型高校生がそうなのか、それとも俺がそうなのか――そんなことの答えは知らないが、とりあえず俺は『人生何か起きる』と良くも悪くも信じている。
脇役にそんな頻繁にイベントが発生するわけねーだろ、とツッコミを入れたい気持ちは十分に分かるし、それは確かに正しい。
現実は俺がビクビクするほどの事件なんてそうそう起きないものだ。
むしろ俺に話しかけてくる人間すらいない――いや、最近は金髪の目立つやつが話しかけてくるが、これまではいなかった。
だがここで一つ言いたいのだが、世の中、イベントは確かに起きている。ニュースをつければ事件は起きているし、ニュースをつけなくたって事件は起きている。
つまるところ、世の中というのは、色々と事件が起きているし、イベントだらけだが――俺には関係がありそうで、実のところ、あまりない。
ラノベやアニメや漫画の主人公みたいに『青春的事件に巻き込まれないように人付き合いを減らして意図的にボッチになる』なんて言い切るぐらいなら、もっと愛想をよくした方が総合的な幸運度はあがるのでは?、という話になってもおかしくはない。
いや、耳が痛いけど。
何が言いたいのかというと、一人でやきもきとしているうちに、テストの日はやってきたということだ。
それも前述の通り、何も起きず、何も起こさず、漆原との思い出だけが過ぎ去るような、そんな日々だった。つまり何もなかった。
勉強だけしかなかった。
心配しているようなイベントなんてこれっぽちも起きなかったのだ。
君は世界の中心ではない――うるせー、そんなこと知ってるよ。なんて言えるのは、やっぱり何もなかったからで、実のところ、着信音が鳴るたびにびくりと反応していたんだけど。
◇
期末と中間のテストを比較すれば、どうしたって中間テストのほうが難易度は低い、はずだ。
だからこそ、ここで一発かましてやらなければならないのだが……、いや、心配することもなく俺の手は白紙の問題紙をスラスラと埋めていった。
驚くなかれ。
なんでだか知らないが、俺は勉強に集中できていた。
具体的にいうと、漆原の一件で心を乱されたが故に、ここ数日はそれを忘れるように勉強に没頭した。
どれくらいの没頭かといえば、なにも聞かれていないし、なんのノルマもないのだが、勉強が終わるごとに、藤堂へ連絡していたほどだ。
夜になっても俺は勉強をやめなかった。
そして報告も欠かさなかった。
『ヨウ:今日はまだ勉強するぞ!』
『マシロ:さすが』
『マシロ:スタンプ(すげー)』
『ヨウ:今数学終わったけど、英語もやるぞ!』
『マシロ:まじで? もう深夜だよ』
『マシロ:スタンプ(おつかれさま)』
『ヨウ:まだまだやるぞ! 朝までやるぞ!』
『マシロ:うるさい。寝ろ』
『マシロ:スタンプ(寝不足っ)』
途中、藤堂に勉強の熱意を疑われていた俺だが、ここまでアピールしておけば問題はないだろう――と思っていたが、その翌日、面と向かってこう言われた。
「アピール、うざい。頑張ってるの知ってるから、いちいち連絡しないで。特に深夜はやめて。いや、あれはもう朝だ」
「はい……」
「でも、おつかれ。これ差し入れのジュース。体、気をつけてね」
「すみません……」
「がんばろうね」
「おう……」
「キスマークでもつけておこうか?」
「はあ!?」
「あ、聞いてたのか。流してるのかと思ってた」
「き、きいてます」
「うん。じゃ、勉強がんばるように」
「……はい」
ていうかこの勉強は俺のためではなく藤堂のゲームのためだろうが――と何度も頭の中の悪魔が俺を焚きつけるのだが、その度に天使が出てきて、『でも、一緒にゲームをするのはあなたなのよ?』と正論なんだか、よくわからないことを言う。
『あのモデルで、美少女で、金髪の藤堂マシロを独り占めなのよ?』
金髪は関係ないだろうが……。
でもそれらは、なにか、真実に一番近い言葉のような気もした。
だが俺はそこから目をそらして別の景色を見るように努めて――いや、残念ながらどこに目を向けても、そこには漆原との思い出が白黒映画みたいに流れている気がして、俺の頭はもうパンク寸前だった。
まあ、そういうわけで、俺は俺だった。
どうしたって黒木陽だった。
で、テスト一日目はやってきた。
◇
藤堂の両親の前で交わした約束は、期末テストでの50位以内であるから、中間テストの結果を気にする必要はないのだが、それでもここで100位以内にでも入れなければ50位なんて無理な気がする。
それに今回の100位というのは、特進クラスの奴らが入っていないパターンであるから、なおさらだ。
試験日の朝。
普段ならば赤点回避だけを目的としていたイベントのはずが、たった数日前から、その意味は180度変わっていた。
こうなると学校や教室の空気も俺を飲み込まんとしているのがよくわかる。
ステージを端から見ている観客だった俺は、今、ステージの上に立っていた。
だがそれは、ステージの袖だったのだが。
教室で最後の追い込みをしているやつらと、テストなんて関係ねーよと笑っているやつらを横目に、俺は窓の外の景色をぼんやりと見ている。
昔からそうなのだが、一夜漬けなんていう最高に効率の悪い方法をとるくせに、試験日に最後の追い込みをしたことがない。
昔から、試験や大事な日はもう、ぼんやりと外を眺めたりして本番を待つ。
唯一取得している大したことのないレベルの英語検定のときも、俺は皆がテキストを開いたり、スマホでゲームをしているやつらに囲まれながら、天井をボーッと見ていた。
「……調子は悪くない。いつも通り。俺は俺だ」
頬杖をついて一人呟く。まるで藤堂によって俺という存在が急激に変わってしまっていることを憂えるように――と、頭に衝撃が走った。
とはいえ『ぽこんっ』といった感じの痛みも何もない一撃で、おそらくそれは丸めたノートか何かでこづかれたということなのだろう。
外から、教室側へと視線を移す。
想像通りというか、当たり前というか、そこには藤堂マシロが立っていた。
モデルで、金髪で、やたらと肌が白くて、足が長くて、カラコンの下の瞳は青くて、スカートが――スカートはなんだか、前より少し長くなっているのか?
よくわからないが、紛れもないヒエラルキーのトップ。
陽キャで、しかし孤高というよくわからない、そんな女子生徒だ。
まるめたノートを握りながら、両手を腰に当てて、じゃっかん頬を膨らませている。
「こら、黒木。ぼーっとしてるんじゃありません」
「教師かよ……」
「いえ、同士です」
「うま……いや、まったくうまくはない」
「勉強、大丈夫なの? 最後の確認は?」
藤堂の探るような声音。
きつい言い方ではない。
あくまでこちらを気遣うようなセリフにも聞こえる。
だが、頭の中の悪魔が言う。
『いや、お前の為でしかないんだから、大丈夫もなにもねーよ』
しかし天使がささやく。
『でも逃げないのね』と。
『あと、お前の為でしかないって、それって、どちらかというとアレよね』
アレってなんだよ、天使さん……。
いや、答えなんて期待してねーけど。
俺は鼻から吐き出す息で天使と悪魔を吹き飛ばした。
「ああ、まあ、平気だと思うぞ」
「なるほど。テスト前に教科書を開かなくて良いぐらい、万全なのか」
「いや、これは昔からの癖だ。テスト前はもう、なにもしない。しても意味ねーと思うし」
「へえ。どっしり構えていて、頼り甲斐があるね」
「それは点数を見てからいってくれ」
「平均90点」
「お前には絶対に見せない」
「は?」
「……藤堂マシロさん」
「はーい」
「テンションたけえな……」
「黒木が寝かせてくれないからね」
「言い方」
「え? 何を想像したの?」
「……」
え、なにこいつ、セクハラじゃない?
「『オールでゲーム』を想像したなー? まだテストも成功してないのに、気が早い。点数とってから考えましょう」
「そっちか……」
「ん? なに?」
「イエナンデモ」
本当になんでもない。はい。
「まあ、さ――」
俺が内心、あーだこーだ言っていると、藤堂は勝手に話を進めた。
「ごめんね」
「は?」
「オールでゲーム、想像したんでしょ?」
「いや、なんだ、その話は」
俺は何も考えてねーぞ。本当だ。
「うーん。なんていうか、魚から水を取り上げた感じだよね。鳥から空を取り上げたでもいいけど」
「死ねと」
「死ぬでしょ、ゲーマーから、ゲームとったら」
「俺は生きてるんだが」
「たしかにそうだね……本当に悪いとは思ってるんだ。勉強、好きじゃあないのにさ」
「まあ、死んでないからいいだろ」
「おかしいね。ゲーマーからゲームとったら、生きていけないと思ったんだけど……ゲーマーじゃないのかな?」
「それはないだろ」
ていうか、生きていけないと思ったのに、水から魚を釣り上げたのかよ……、謝罪しているふりをして、鬼畜なことを言っているぞ、こいつ……。
「じゃあゲームくらい、楽しいのかな……今」
「は?」
「ううん。なんでもない」
よくわからないが、藤堂は何かを気にしているようだ。
やっぱりよくわからないが、脳裏にアカネの顔が浮かんだ。
俺の口は動いていた。
「まあ、気にすんなよ。死んでねーし、死なねーし、藤堂の言う通り、テストが終わったら、オールでゲームするから。それこそ死ぬほどな」
「うん。そだね。わたしもそこにいられるように、するよ」
「おう」
「黒木が死ぬほど勉強頑張った結果としてね」
「がんばります……」
結局そこに落ち着くんだよ、この話は。
俺の頭の中の悪魔がなんといおうが、天使がなんといおうが、結局、俺はゲームのコントローラーから手を話して、ノートを開くんだ。
だってそれが今の俺のクエストだから。
そういうことなのだ。
それにしても、あまり褒められないような内容の会話をしていても、今日はあまり目立っていないようだ。
もちろん聞き耳を立てられている感じはするし、『ていうか、あいつらの関係ってまじでなんなんだよ』という言葉も聞こえてくるような気もするが、それでも皆は、腹の足しにもならない俺たちの関係ではなく、目の前のテストに集中しているようだった。
しばらくすると、教師が室内に入ってきた。
これからホームルームに入り、その後すぐに一科目のテストが始まる。
藤堂はどこか名残惜しそうに――いや俺と話すことに名残惜しさを感じるわけはねーだろうから、それがどんな感情かは不明だが、とにかくどこか歯切れ悪く、手をあげた。
「……じゃ、黒木、幸運を祈る」
「おう」
「正直、50位以内は無理だよね」
「それを言うか」
今言うか。
「まあ、そう言うこと含めて、テスト前に謝っておきたかった。巻き込んでごめん」
「今更言うんじゃない。少しだけ怒るぞ」
「うん。でもテスト、うまくいかなくても、気にしないでねってこと」
「大穴に全額を賭けたことを後悔させないようにするさ。つっても、馬が走るみてーにうまく展開を操作できるものでもねーだろうけど」
「例えがよくわからない」
「はい、すみません……」
親父が競馬、好きなんだけど。
たしかに藤堂のお父さんはそういうこと、しなさそうだ。
「でも、わたしのために頑張ってくれているということは、わかった」
「多分だけど、俺のためでもあるけどな」
「多分、て。しまらないなあ、黒木は。そこは断言くらいしてよ」
「早く席に座ったほうがいいぞ」
「はーい」
表情かわって、なんだか楽しそうに藤堂は去っていき、至極当たり前のようにホームルームが終わると、担任と入れ違いに監督役の教師が入室。
さあ、と俺は思う。
試験の始まりだ。
いまだけは何に動揺するでもなく、目の前の壁を登らねばならない。
全ては――ゲームのために。
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