第64話 過去編3
俺は小心者で、とても弱い生き物だ。
他人がいじめられるところなんて、見たくない。
黙認もしたくない。
参加なんてもちろんしたくねーし、争うことなんてバカバカしくてやってられない。
いや本当は、勝てないから避けてるだけだけど。
残念ながら同じ人間とはいえ、俺より強いやつはごまんといる。
そんな人間と俺のような弱者が真っ向から戦うことなんて、命を捨てるようなものであるし、得策とはいえない。
だが、どうしても戦わねばならないときは、どうする?――答えは一つに違いない。
強者がしないような戦い方をする。
それこそ強者からみたら、戦っているようには見えない戦法を選ぶ。
これしか俺は思いつかなかった。
俺がしていることはただのお節介というには、いささか相手の感情を無視しすぎているだろうし、大きなお世話というには相手のことを慮っていないだろう。
なにせ、何も確定していない。
漆原がいじめられるとか。
漆原に助けてと言われたとか。
そういった事実は一つもない。
しかし事態が動きはじめてしまってからでは、遅いのだ。
俺は弱く、戦うことができない。
だから、何かが始まったあとでは、もうどうしようもないのだ。
俺はその日から、漆原を観察し始めた。
まるで初めてプレイするゲームの攻略法を見つけ出すように。
ネットの海をいくら泳ごうとも見つからない、未知なる攻略法を探し出すように――俺は漆原葵という村人Aみたいな存在を、魔王の手から逃すような、そんな行動に取り掛かった。
◇
俺には目に見えない空気を感じ取る力がある――というと実に厨二的だが、ただただ他人の目に敏感なだけだ。
空気が読めないやつがうらやましいと思えるほどに、俺はびくびくしている。
そこに『漆原葵を疎ましくおもっている奴ら』という情報が入ったらどうか。
それはもう、いろんな信号を感知する。
耳を塞いだって、目を塞いだって、口は最初から塞がれているけれども――漆原葵に忍び寄る、不穏な空気を、ひしひしと感じていた。
いじめではない。
だが、そこにつながるきっかけがあれば、一気に崩壊するような、そんな空気。
漆原葵本人はまったく気がつくことなく、なるべく一人でいようとしながらも、声をかけられると女ボスグループの円の端っこに、無理やり立たされていた。
いや、無理やりかどうかはわからない。それを俺が決めるのは、さすがに行き過ぎ。反省しよう。
だが漆原は、まな板の上に乗せられた鯉のように無防備だった。
まるで熱した油の横で水あそびをしているほどに、無知に見えた。
俺の作戦はこうだ。
漆原を観察し、観察し、観察する。
その結果ストックが増えていくはずの、必然的な会話ネタを使い、漆原にアクションをしかける。
アクションとはつまるところ、この前の忘れ物の通告のようなものだ。
結果、なるべく女子グループから離れさせるといい。
できればその連続の結果、女子グループとの縁が切れればいい。
よくあるだろ?
仲が良かったやつが、急に仲良しグループと休みがあわなくなったりすること。
その理由も、塾にはいったとか、部活にはいったとか、趣味がかわったとか――些末な理由であるだろ。
そんな感じで、漆原の学校生活を乱し、卒業まで逃げ切れればいい。
……それだけ。
それだけが俺の武器だった。
自分で計画しておいてなんだけども、非常に安直で幼稚な作戦だと思う。
しかし、俺が直接関わることはお互いのために避けたい。
なればこそ、こういった作戦しか思いつかないのだった。
夏休みが終わり、受験も控えているのに、俺は何をしているのだろうか。
ボス女も同じ気持ちでいてくれりゃいいが、それは無理そうだ。やつは自宅から数分でつくという、レベルの低い私立の高校に行くつもりで、勉強なんかほどほどでいいと考えている。
だから俺はその日から、漆原を目で――いや、横目で追い続けた。
ことあるごとに何かを探し、脳内にイベントをストックし、まるでシナリオゲームを攻略していくかのように、ヒントを集め続けた。
俺はなぜこんなことをしているのか――間違いなくこれは、自分の為であり、漆原からすればボス女も俺も同列の巻き込み人間に見えるだろう。
そもそも、こんなことで、うまくいくのだろうか――これ以上の作戦を俺は思い付かず、実行しなければ最悪のエンディングを見せつけられる可能性がある。だからやるしかない。
……が、これが意外とうまくいったのだった。
漆原は元来、おっちょこちょいのようで、忘れ物から始まり、ミスや不足など、観察し続けていればきりがないほどに発見することができた。
――先生が呼んでたぞ。
――さっきミスってたろ。
――忘れ物、あったぞ。
これらは最終手段にとっておこうと思っていた鉄板イベントだが、そんなことを考える暇もなく、漆原の失敗は続き、話題のストックには事欠かなかった。
挙句、漆原は俺に指摘されることに違和感を覚えなくなったようだ。
「おい、漆原」
「あ、うん、今度はなにかな」
「さっき理科室の片付け、中途半端だったろ。棚の鍵、かけわすれてたぞ」
「え、そうなんだ……」
などと当たり前のように指摘を待つようになった。
友達ではない。
会話を切り取れば親しく見えることあるかもしれないが、実際はこの会話が一日に一回程度。
話にして1分もない。
だかその度に、女子グループのイベントが途切れ、何かしらのイベントが発生した。
俺はとにかく漆原の口から余計なことが出そうになると、溜めていたネタを放出した。
女子グループの会話に耳を潜ませて、漆原に会話がふられたらチェックをし、何か空気がおかしくなりそうなところで、立ち上がる――それが一ヶ月ほど続いたころのことだ。
幸運だったのは、テニス部のやつらの言うとおり、漆原はプライベートで遊びに誘われても、ほとんど断っているらしいことだ。
外でイベント発生させられては、無理だ。まさかゲームじゃあるまいし、スマホで地図をひらいて、ミニキャラがマップに表示されるわけでもない。
そして、「誘ってるのにこないよねー」という話が始まれば俺はまた強制イベントを発生させにいった。
◇
九月から十月へと移ろい、志望校を決める三者面談の日程も組まれ始めたころ。
普通に考えれば当たり前のことだが……、そりゃあ漆原にばかり話しかけていれば、俺の存在も目立つに決まっていた。
もちろん誰がどうみても、誰にどう指摘をされても、意図的な嫌がらせではない。
過剰な指摘でしかなく、わざとものを隠したり、騙したりしているわけでもないので尻尾をつかまれるようなこともないが、それでも女子グループにいる漆原に毎日、至らない部分をちまちま話していれば、そりゃ、何かしらの噂はたつ。
それは正直、覚悟していた。
内容を大まかに分けると二つだった。
俺が漆原を好きだとか。
俺が漆原に嫌がらせしているだとか。
もちろん噂だ。
なにせ俺は、漆原を監視しているだけ。
教師に呼ばれるような作為的な行動はしていない。
漆原の忘れ物も。
至らない点も。
全ては漆原の行動の結果によるものだ。
何度も言うが、俺はそんなやつを観察しているだけだ。
観察し、想像し、次になにをするだろうかと思考しているだけだ。
それを指摘し、まるで点滴が現れたら吠える番犬のように、漆原に話しかけているだけなのだ。
よって俺は漆原を好いているわけではないし。
嫌がらせをしているわけでもない。
強者から見れば、戦いになんてみえず、俺が何を考えているかなんて確信が持てないだろう。
もし俺の行動を総括するならば、誰かが冗談交じりに言ったこの評価が一番しっくりくるのかもしれない。
――黒木って、漆原のストーカーじゃね?
ああ、うん。
たしかにそうかもしれませんね、なんて風呂に潜りながら悶えた。
たしかにストーカー的だ。
常に漆原のことを考えている点も、実にそれらしい。
「うぉぉぉぉ……」
風呂場に低く響く苦悩の声。
何かを守るというものは、何かを犠牲にすることだ――昔好きだったヒーローの言葉を、俺は今、身にしみて感じ取っていたのだった。
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