CHAPTER Ⅱ

第17話 なんとなくだが、わかる

 ――藤堂真白による、一人舞台のあった、夜のことだ。


 俺は藤堂と放課後に一時間だけスマホゲームをして、帰宅。それから、なんだか、ふわふわとした気持ちのまま飯をくって、風呂にはいって、今は茜二人でエアポケット・ウォーカーの練習をしている。


 ちなみにゲームを行う際のチーム人数が、一人の場合は『ソロ』。

 二人の場合は『デュオ』。

 四人の場合は『スクワッド』という。

 今回は俺と茜の二人チームなので、デュオだ。


 俺と茜は、配信のときこそ並びあってゲームをするが、練習の時はそれぞれの自室に籠ってゲームをする。同じ家に居ながら、会話は基本的にボイチャで、ちょっとしたこともチャットアプリで伝える。


 当然今日も、デュオの相方である茜とはボイチャで繋がっており、相手の顔は見えない、声だけの関係だ。


 命を賭した生き残りの試合も終盤戦になってきた。

 俺は申し訳ないことに、なんだか集中しきれていない。

 いや、手は動いている。

 むしろ、今年に入って、操作制度は右肩上がりになっているかもしれない。


 だが、どこか――どこか、熱っぽい、ふわふわとした気持ちが、体の中に浮かんでいる感じがする。


「……なあ、茜、一つ聞いていいか」


 俺はそんな気持ちにあてられたのか、ちょっとした疑問――いつもであれば、くそみたいな言葉と共に、水に流して忘れてしまう疑問を、口にしてしまった。


『んあー……いいけど? あ、にいに、75の建物に一人入ってった――あー、同じチームかな、続いて一人入ってったね。車両1台、バイク1台』


「茜ってさ」


『こっちくるね、あれ――あ、きたきた。威嚇射撃ぃ、威嚇射撃ぃ。等倍スコープでもあてちゃうよおー? ばんばんばーん』


「ゲーム友達じゃない、学校とかのリア友と、どうやって折り合いつけて、生きてんだ? 辛くないのか、それ」


『んー? あ、倒しきれない……でも茜ちゃんはあきらめない! そう、茜ちゃんはこういうとき、なんか、こう、すごいスキルが発動するのです! パワー全開! ばんばんばーん!』


「つまりさ、対等な価値観さえない相手じゃん、世界観がいまいち違うリア友って。わざわざ、どうやって感じながら、付き合ってんのかなって思ってさ」


『よしほらみろ! 倒した! 残り車両の1人! お、こいつ根性あるなあ! 一人でも、つっこんできた。真下にい――え? ごめん、にいに、今なんていった? すごいおかしな話すぎて、わたし、いま、脳が認識してなかったかもしれない』


「おい、下にきたぞ。俺いくわ」


『え、ちょっとまって? ちょっと、いまなんていったの?』


「下にきたんだよ! いくからな――お。こいつ。ショットガンしかもってねえぞ。完全なインファイト好きか。嫌いじゃないが……おっけ、クリア。すまんが、下まであさりにきてくれ」


『全然、オッケーじゃ、なーい!』


「お、おう? なんだよ、どうした、いきなり」


『どうしたいきなり、じゃないよ! いま、にいに、〈友達〉とか言わなかった!? しかもリア友とか言わなかった!?』


「……い、言ったけど」


『あ、あわわわ……にいにの口から、リア友……ああ、わたし、まだやり残したこといっぱいあるのに……死にたくない……!』


 こいつも、俺に地球を割る力があると信じてんのか……。

 そんな力あったら、もうすでに地球なんて存在してねえよ……。


「落ち着け、茜。いちごコッペでも割れなかったから、平気だ」

『意味わからないから、話戻していい?』

「す、すまん」


 茜って、なんか、若干……藤堂に似ているよな。

 俺が、藤堂と話せるのって、もしかすると茜のおかげってのもあるのかもしれない。


 画面の中の茜はきびきびと動いて、地面に落ちた今は亡きキャラクターの装備をあさっている。

 だが口はゲームとは全く関係のない、別の言葉を並び立てる。


『にいに、ようするに、どうしたの?……友達がほしいの? 友達をきづかいたいの?』


「いらねえし、気遣うつもりもない。そういう話じゃねえから」


『にいに。リア友ってのは、そういう話になるんだよ? ゲームじゃないんだから。キャラクリみたいに好きな容姿とか性格をした友達を選ぶことは、なかなかできないんだよ?』


「お、おう……すまん」


『わかればよろしい――うーん。まあ、にいにって昔から変なことで悩むからなあ。妹の私ごときでは、兄さまの苦労など、分かりませんことですね……KUROUだけに苦労してますものね、兄さま』


「う、うるせえ! そのダブルミーニングを出すんじゃねえ!」


 く、くそ!

 中二病の時の、なんかこう、苦労人っぽい影を背負っている感じの二重の意味をもたせた名前がすげえ恥ずかしい!

 さらにそこに『クロウ=カラス』というトリプルミーニングまであるんだから、俺は、シンプル傾向の中二病気質が憎たらしい!

 いっそのことゴテゴテ思考の中二病っぽく『深淵よりいでし破壊の翼 影の世界の苦労人 クロウ』とかにしておけばよかったぜ。いや、すまん、やっぱイヤだわ。いまナチュラルにそんなことを考えられた自分が、怖い。


 ちなみに、相談相手となってしまった妹の茜は、高校にもあがっていない、まだ中学三年生だ。

 頭がはるかに俺よりよろしいので、都立の優秀な中高一貫校に小学生時代に受験し合格。そんなわけで高校受験もなくエスカレーターで進学することが決定している。その分、ゲームをする時間ができてしまい、こんなことになっているのだが。


「二階にもどるぞ」

『ねえねえ、にいに。それで、どうしたの、いきなり』

「もういい。聞かなかったことにしてくれ」


 言いつつ、二階にあがって、周囲を索敵。

 ――いた。東方面。


「おい、東だ。東に一名走ってる。こっちに来るっぽい」

『あいあいさー。ってなんで、東西南北で言ってくるの。数字じゃなくて』

「……ま、まあ今日はな」

『ふーん?』


 茜は何か、疑い気味だ。

 俺は意識を戻して、画面を見る。

 初心者とプレイしていたクセが、ここまで残るとは……どれだけ気持ちを持っていかれているのやら。気を付けよう。


 ちなみに、ここでいう『数字』っていうのは、方位のことを示している。


 こういったゲームをプレイしたことがあるやつは知っているだろうが、ゲーム画面の上あたりに、横並びに数字が並んでいる。NとかWとかとセットになっているやつだ。視点をかえるたびに、するするとスライドしていく、あれだ。


 これは方位を表すもので、北を起点の0として、360度ぐるりと周り、359まで、自分の向いている方角を端的に知るための数字である。

 もちろん『東』とか『西』とか伝えてもいいのだが、その方角が『南南西』とか『北北東』などだと正直な所、分かりにくいのだ。


 こういったゲームは索敵と位置取りがとても重要な面を持っていて、もちろん瞬間的な細かいテクニックも必要だが、多人数の連携においては、情報共有をいかに端的に素早く行えるのかが、本当に必須テクニックとなる。

 だから数字で言った方が、端的でスマートなのだ。


 しかし……初心者においては、咄嗟に数字を口にすることが難しい。

 数字も、1刻みで明記されているわけではなく、大体は定規のように、5,10,15といったような大まかな記載しかないので、なお、難しい。咄嗟に判断するには、やはり慣れが必要だ。理解できたとしても、発声も必要なわけだからな。


 だから藤堂のような初心者は、最初は、右、とか、左、とか言ってしまうものだ。

 だからまずは、方角を意識させることが重要となる。オンラインゲームは、『自分以外の他者とプレイしているのだ』という自覚を持つことが、一番大事なのだ。


 そんなことを、今日の放課後、藤堂に言ったら、こう返された。


『そこまで他人の気持ちを考えられるのに、友達いないんだね』


 ……いいさ、今日は、感謝してるからな。何も言い返さなかった。

 決して、言い返せなかったわけじゃない。


 ――東側に見えた敵は、車の頭を反対側に向けた。どうやらこちらにはこないようだ。

 

 安全地帯への移動はまだもうちょっと先。

 この位置ならば、ぎりぎりまで引き付けてから移動するのがいいだろう。勝手知ったるなんとやら。茜は、俺の判断を聞かずとも、同じ判断になったらしい。適切な位置でキャラクターをしゃがみこませると、『ふー』と言って、間を置いた。


『ねえ、にいにさ。やっぱり最近、なんかあったんだよね』

「……なんでそう思うんだよ」


 俺も同じく、外をみながら放置。

 一秒、一秒と減っていく残り時間に目を向けながらも、頭は別のことを考えている。


   ◇


 回想する。

 いや、する、ではない。勝手にされていく。記憶を操作できるほど、俺は達観できていない。


 今日。

 いちごコッペを食べ終えた俺は、教師に小言をいわれることを承知しながらも、逃げずに教室に戻る道を進むことができた。


 戻ることができた――当たり前だろ、と思うかもしれないが、藤堂の言う通り『帰る』ことだってできたわけだ。


 そんな逃避行動まで藤堂に見破られていたことが恐ろしいが、とにかく、『逃げる』ことを選択することも可能性としては、あったはずだ。


 でも俺はしなかった。

 それはもしかしたら、進歩なのかもしれない。

 多分。わからないけども。


 授業が始まった校舎は、冷蔵庫の中のように冷えて、固まっていた。

 放課後になればそれらは加熱されて、動き出すわけだが、今、動いているのは俺だけのようだった。もちろん心は冷え切っていたわけだが。


 恐る恐る教室の後ろのドアを開ける。どうしたって音がなる。

 教師や生徒が、一斉にこちらを見る。


 ひゅっと、息を呑む。

 心臓がどくん、と跳ねる。

 乾き過ぎた唇を、強めに口の中に巻き込んで、噛む。

 今にも途切れそうな声で、『も、もどりました、すいません』と言うしかなかった。だって悪いのは俺だ。


 いつだって目立たぬように行動する俺の印象があったのだろうか。教師は、俺の行為に驚いていたようだが、初犯ということもあって、「気をつけろよ。はやく座れ」と言うだけにとどまった。


 教師はすぐに黒板のほうを向いたが、生徒は一概にそうではなかった。


 刺さる、刺さる。

 城壁の上から射出された弓やが空から覆ってくるように、俺の体に視線が刺さりまくった。


 ふと――藤堂を見る。


 背中が映った。

 藤堂は、前を見ていた。

 授業中なのだから、そりゃ、あたりまえだ。


 前を見ているのだから、彼女の表情も、とうぜん見えない。


 だが俺は彼女がどんな表情をしているのか、なんとなくだが、わかるような気がしていた。

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