第22話 メディアの男
「キミ!」
浴衣姿の観光客の間を縫うように錦通りへと向かうオレを呼び止める男性の声。声のトーンから碌な用件ではない事だけは察しがついた。そのまま無視して歩き続ける。
「キミ、九角壮平君だよね?」
ついには肩を掴れ、フルネームで呼び止められる。
口調からオレが嫌いなタイプの人間である事は確信が持てていた。
尊大な態度である事を承知の上、オレは何も言わず振り返る。
野暮ったいサマーセーターにチノパン姿、脂で固めたような髪形をしたその男は『隠れ処』のカウンター席にいた中年男だった。
「やっぱり、あの店で見た時にピーンと来たんだ。その顔は九角壮平君だよね・・・・・・ ボクはこういう者だ」
男が差し出した名刺には誰もが知っているTV局の名前とチーフディレクターの肩書き。
「・・・・・・」
出された名刺も受け取らず、返事もしなかったにも関わらず、男はまた喋り始めた。
「7年前の事故、そして光木リゾート開発の社長令嬢自殺の件、コメントをくれないか?」
あまりの厚顔無恥さに呆れ、オレは言葉が出ないどころか、その場に立ち尽くしていた。
「お礼も出すからさ」
胸糞が悪すぎて、殺意すら沸きあがる。
「色んな人からコメントは貰えているんだけどさ、やっぱりキミのコメントが欲しいんだよね」
「貰えている?」
話したくもなかったが、言葉が引っかかり思わず声をあげる。おそらくは誘導尋問の類だろう。その証拠に男の口角が僅かに上がっていた。
「あの喫茶店の若夫婦は、お客さんの事だからって、殆ど話してくれなかったんだけど、他に出入りしていた近所の人とか、あの白い頭のイケメン。三廻部君って言ったけ? 彼なんかは色々と教えてくれたよ」
あの男なら金さえ積めば幾らでも話すのは想像できた。
中年男は自分の事を話したがるタイプらしく、オレが目を叛けているにも気がつかず話を続けた。
「やっぱり、ボクはこの地と縁があるんだよね。7年前、あの事故が起こる前にあった身投げのタレコミ、あの電話受けたのも、まだ見習いだったけボクなんだよね。結局はガセだったけどさ。でも、その電話を受け現地にすぐ飛んだからこそ、あの事故に遭遇できてスクープとなった」
表情から察するに信じがたい事だが大真面目な感想らしい。
「大勢の人たちが亡くなり、その遠因があんたらメディアの路上駐車であったにも拘らず、その言い草かよ」
オレの奥歯がひとつ鳴った。
「悪いけど、ボクから言わせればソレは風吹けば桶屋が儲かると同じ話だよ。更に言えば、既にご遺族にはかなりの額の慰謝料まで支払い民事的にも解決しているんだ。しかし、その程度の言葉しか出ないなんて興ざめだな」
すまし顔で返された事で、ココまで全てが男の用意されていた雑談である事に気がつく。
相手の方が何枚も上手だった。
「コメントしてくれる気になったかな」
男の顔にはムカつくほどの余裕。
コメントしなければ、好き勝手に書く。そう言いたいのだろう。
「条件がある」
「条件かぁ、正直、キミみたいのはある意味一番面倒なんだよなぁ。金銭や女の子をあてがっても喜ぶタイプじゃないし・・・・・・」
“条件はなんだ?”で済むにも拘らずにこの返し、おそらく、余計な前置きもこの男の計算の内なのだろう。
「大した事じゃない。教えて欲しい事があるだけだ」
オレは男の目を捉えそう告げる。
「知っている事なら答えるよ。ただし、ボクの取材が先だけどね。約束どおり、7年前の事故と今回の自殺についてコメントをウチだけにしてくれるかい?」
録音する為なのか、その男はICレコーダーをオレに向けて笑いかけてきた。
「7年前も、そして今も、マスコミはクズで亡くなった人の人格さえも無視をする」
オレは短く思ったまま言い放つ。
「ありがとう! いいコメントだ」
男は即座にICレコーダーを耳に当てながらオレの5秒ほどのコメントを確認している。録音された俺の声はえらく尖ったものに聞こえた。
「これは数字が取れるな」
満面の笑顔を見せる男の嬉しそうな声は、もうオレの理解の範疇を超えていた。
「理解できないって顔しているね。でも、これがボクらの仕事さ」
「一生理解したくは無いですね」
返答が敬語になっていた理由は自分でも分からなかった。
「コレだけいいコメントをくれたんだ。特別にふたつまでなら、キミの質問に答えてあげようじゃないか」
男が線を引いて来た。
言葉からすると元々はひとつだけだったとも取れるが、この男の事だ、また何かの取材をする時の貸しとして、今、ふたつ質問に答えてやると言っている気もする。
どちらにしてもイニシアチブは男側にある。
「ひとつ目の質問は7年前に電話してきた人物が誰なのか教えて欲しい。そして、もうひとつは三廻部の会話の中に『妊娠』を匂わすワードが出てきたかを教えて欲しい」
相手は言葉に関してはプロだ。ヘンに勘ぐられるのは好ましくない。オレは極力シンプルに尋ねた。
「7年前にボクに電話してきたのは個人名までは分からない。ただ20歳前の男の子だったのは確かさ。声色は変えているようだったけど、落ち着いた感じの賢い子だよ。しかもこの近隣の生まれだ。断言ができる」
オレの質問の内容に興味ありげな微笑を見せているのは職業病なのだろう。
「なぜ断言が出来るんですか?」
「ボクがどの位の数のインタビューを積み重ねて来た思う? 軽く1万は超えているんだ。だから少し話すと、その人物の言葉の選び方や間のとり方、息遣いや声の大きさ、そういった部分から、たとえ姿が見えなくても相手の年齢や性格くらいは見る事が出来る。そして、この近辺だと断言できるのは、全国でも珍しい感嘆の助動詞「け」を違和感無く使っていたからと言えば分るだろ?」
ついさっき用意された言葉でまんまと嵌められた事もあり、この男の言う事には説得力があった。
「それと三廻部君の口からはボクに対しては『妊娠』って言葉は出なかった。・・・・・・ただ、ボクが4日前、あの店でコーヒーを飲んでいる時に、三廻部君があの若夫婦に対して一度『下ろすように説得しろ』って言ったいたのを聞いたよ」
背中にいやな汗が流れた。
オレの表情を見た男が口の奥の方だけで嫌な笑顔を見せる。
「これは次に会った時の貸しになりそうだね。九角クンは意外と表情に出るから分かりやすいよ」
「コッチは二度と会いたく無いですね」
オレの強がりを笑顔でいなす目の前の男。
「キミは頭の回転も悪くないし、体力もありそうだ。そして何より人と親しくなり切れないタイプなのがイイ。僕はキミが気に入ったよ。気が向いたらボクを訪ねて来てくれ。仕事はいくらでもある」
男はチップとばかりにオレに何かを投げて寄こすと、下手くそなウインクをひとつ見せ、そのまま夜の帳の中へと消えて行ってしまった。
男が投げて寄こしたモノ、それはラッキーストライクのパッケージの中で潰れ掛かった3本の煙草とあの男の名刺、それに「ポアゾン+1」と書かれたワインレッドの紙マッチ。
「ポアゾン+1」。
それはこの温泉街のはずれ、錦町にあるバーの名前だ。
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