チキデレ×チキデレ=胸焼けの∞乗

山田の花子くん

プロローグ

私のクラスで、「天才は誰か? 」と問われれば、満場一致で緒方おがた和哉かずやと答えるだろう。容姿端麗、博識洽聞、文武両道、まさに天才。定期テストでは、どんな分野でも楽々100点を取る彼の右に出る者は、誰一人としていない。

完璧超人なのだ。彼は。


部活のバスケも、普段の勉強も、何事もすまし顔でこなし、その何処か生力の無い切れ長の目で、何時も何かと宙を眺めている。


きっと、天才くんは凡人には理解が出来ない悩みで、色々と悩んでいるんだと思う。それこそ、つまんない。だとか。何でも出来る、言わばデキスギ君の彼には、こんな簡単過ぎる学校せかいはつまんないんだろう。本当に何も理解出来ないが。


そんな彼には、もちろん、彼女が居る。彼女の方もまさに才色兼備と言う言葉が似合うほどの天才で、そんな二人はクラスでも祝福され、見守られていた――――




「――――ら、良かったのに……ねぇ~~? えぇ~? 」

「花のその顔、ムカつくからやめて」

「酷いっ」


パラパラと外は小雨が降る、今日。

既に太陽は沈み始め、廊下の窓からはぼんやりと夕日が差し込んでいる。3階の隅っこにある『2年E組』と立てられたプレートの部屋には、私を含めた4人の女子生徒が居た。


「そもそも、亜胡あこに才色兼備は無いわぁ~」

「あいちゃん言うねぇ~! 」


隣りに座るあいちゃんが、亜胡の手元にある勉強道具を見ながら言う。うわぁ、綺麗なノート。文字が見当たらない。


「お世辞にも良いとは言えないしね」

茶野さのピヨも言うねぇ~! 」

「事実じゃん……てか、ピヨってどう言うことだ。おい」

「そのまんまだよ、ピヨ子」


辛辣な言葉を亜胡にお見舞いした茶野ピに、ポンポンと頭を叩きながらウインクをかましたらこれだ。私の腕がギリギリと鳴っているが、一体どういうことなんだ。これは。


「……お願いだから、3人とも黙って」


「はーい」なんて、ゲラゲラとうるさい笑い声が廊下まで反響する。4人固まり、私達はいつもの定位置――2号車の後ろ側――で、いわゆる女子トークと言うものをしていた。そんなものに無縁な私達ではあったが、ただでさえ、目の前に座る彼女――守星もりぼし亜胡あこがリア充なのだから仕方ない。


誰の彼女かって?そんなの、話聞いてたら分かるだろうが。かの、天才デキスギ君の彼女ちゃんだ。「付き合ってるんだ」なんて言われた日は、まさかと亜胡の背中を叩いた記憶が新しい。


いつものメンツ共にドヤされ、机に突っ伏す彼女が、緒方の彼女……神様は暇でもしているのだろうか? そう疑ってしまうほどに、。まさに、カップルだ。


「花、あんた、何ニヤニヤしてんの。まぁた、ネタでも思いついた? 」

「ふふふ、あいちゃんは流石ですなぁ~。ネタってか、まぁ、亜胡と緒方は良い玩具カップルだなって」

「……良い、カップル……ねぇ」

神妙な面持ちで亜胡を見つめるあいちゃん。

「かわいそ」と同情の目で見ていたことは、気づかないことにする。



「……あ、あ、来る……っ!! 」

「え、誰が? 」

亜胡が目を見開いた瞬間、ガラガラガラと扉が開く音がし、そいつは現れた。


「疲れた~」

そいつは、バスケットボールの絵が描かれた黒のTシャツをパタパタと仰ぎ、黒と黄色の線が交互に入った水筒に入った飲み物を飲みながら、教室に入ってくる。


「緒方、今日スリー入ったよな! 」

「あ~あれなー。うん、入ったな」

長身のバスケ部男子と共に、楽しく話ながら荷物を机に置いて、着替えを持ち、後ろのドアから出ていく。2年の男子更衣室は、E組の隣りの廊下を仕切って更衣室としているのだ。廊下からは今日の部活の話だと思われる、先生怖かった~などと言った愚痴が聞こえてくる。


「……緒方じゃんけ」

「……っ、あ、う、うん。そ、だね! 」


明らかに動揺。

ジト目で亜胡を見ると、一瞬にして顔から表情が無くなり、念仏の様に、

「緒方くんだ。緒方くんだ。緒方くんだ。緒方くんだ。緒方くんだ。緒方くんだ。緒方くんだ」

と言っている。怖い。怖いぞ、亜胡。


「これは、緒方に会えた嬉しさと、唐突の登場による驚きと、緒方の部活終わりの姿に悶え死んでしまうだろと言う怒りが混ざった表情かおだね」

「そして何故茶野ピは分かるんだ」

超能力者か何かかよ。何故あの顔を見て分かる。

「亜胡さんは分かりやすいからね」

やはり超能力者か何かかよ。何で私の思っていることが分かる。

「口に出してるからだよ」

「マジか」

「マジだね」


茶野ピの指摘に動揺しつつ、私は亜胡の肩に手を置いた。

「何……? 」

私の手に気づいた亜胡が、ゆっくりと顔を上げる。

半分魂が抜けている亜胡に呆れつつ、

「緒方、部活終わったね」

グッと親指を立て、真顔で亜胡に向かって頷いた。秒で頷き返す亜胡。もちろん、真顔で。

そして、恍惚とした顔を浮かべながら、亜胡は言った。

「良い、汗の匂い、しました」

「汗に良いもあるか」

そんな疑問、亜胡の満足そんな顔を見て、言うことをやめた。楽しそうなら、それでいい。



でも、最後に一つ言わせて欲しい。

最高に、キモイよ。

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