第115話

中年になって昔のアイドルを追いかけ始めたら、自然の成り行きだ、親爺が少女を求めるふしだらな構図こそ、今も残る大多数なグループの存立に付与している、所与されるのは親心だろうか、探れば脂は浮かぶとしても、愛玩するのに理由はいらない。


気を使う、あまりない、ささやき声が階下でつぶやかれれば、気を使わなければ、気を使わされることもないのに、と思う、無駄は好ましくないから、放っておけばいいのに、余計がいつも、無言に多くの解釈をつかませている。


食事を姉と弟を横のテーブルに見て、僕が座る、そこ座って、を横耳にする、プールに入ってきたかのような髪の毛の湿りは、外の暑さに濡れたのだろうか、記憶に残らない家族のやりとりは、一緒に電車に乗りたくないと愚痴をこぼしていた姉を思い出させる。


夏休みの中にいれば、土日の休みだけでも休暇をおすそ分けしてもらった気分になる、命は短いから思いをすぐに他人へ分け与える、相手は当然そんなことは知らず、何見てんだこのおっさん、程度の不気味だろうか、マスクばかりで顔は見えないが、世間の呼吸は伝わってくる。


寂れた酒場の風情が好ましい、一杯の安さが引き寄せる、どんな質でもかまわない、一合三百円があればかまわない、慣れた常連の軽口もなければ、たばこに混じった大声もない、静かな作業音が好ましい。


人気のない場所こそ都合がいい、美術館でも立ち飲み屋でも、愚痴や世間話はよそでやってくれ、通や業界人との社交はいらない、サザンがリピートする画面だけでいい、しっとりしない砂地の熱さが醸される、たこわさはしつこく咀嚼される。


急カーブの遠心力で一方通行を逆走していく、熱いヘルメットは早朝から夏の盛りをかっとばす、ぜひ見習いたい光景に体は、たった一日働いただけで自律神経を乱している、むれる厚雲が光を膨らませる下で、今日は寒暖に我慢すると、背が曲がる。


夏の折り返しにようやく半袖姿を解禁する、さすがに真夏の暑気は袖の長さに耐え難く、青空もくすむ発光にようやく肌はさらされる、他人よりも十度違って感じる体とはいえ、ラジオに似た体感も話される、そして毎日思うように、あと八ヶ月は夏が続いて欲しい。


媚びない地下アイドルの特異性が思わぬファンを惹きつけたように、社内の無愛想が信頼を生み出した、という話はまず起こり得ないだろう、諂いともまた違う、会話を失えば、社会性の欠如を自前に見る、悩みを持つべきか、なぜそんなに焦るのだ。


一切の気だるさに滅却している、今日はラジオから横柄を何度も耳にする、傲慢も加わってくる、それに対して感想は、嫌なものばかりだ、しかし日常に悩みを得ない者は、不満を他に感じない、足を引いて見てみよう、苛める者は悦楽ばかりだったか。


いつも同じ商品をカートに入れる、アレクサの選び間違いはエクストラハードに期待していたものの、キープ力よりも香料に眉を顰める、こちらの確認不足とはいえ、夏の湿気に頭は腐り、この処理をどうしようかと金額に量るほど、神経に臭う。


コーヒー一杯でも汗だくになる今日は、自転車のギア調節ワイヤーが切れた修理に、機嫌は悪くなりがちだ、何事も時機が必要とはいえ、早い方がいいと尋ねてみれば、これはできないと中年のおばさんに言われ、買った店へと助言されれば、リサイクルショップか。


算段と進捗はどれほど計画を一致させているだろうか、連休二日目ですでに焦りを覚えている、先を見ると辛くなるのはランニングと同じだから、めくられるページ数よりも、内容を味わうべきだろう、そんな当たり前の事を忘れる、今朝の寝坊だ。


空は晴れないが天気は真夏のどまんなかにいる、吹き込む大気は颶風からの贈りものらしく、盆休みに布団で転げるだるさを授けてくれる、休暇の思わぬ再会が続いた昨日のように、今日はリラックスして人と面会できるだろうか。


劇中に見かけるような脂の抜けた爺が座っている、すでに四十分か、右手でカルピスをつかんだまま、左手に杖をたずさえ、斜めに微動しない、綺麗に刈られた髭と髪は白く、半分以上禿げ上がった姿は、浅黒くやけた清潔さに昇華されて、まさに崇めるフォトジェニックだ。


休日三日目も分断される、作業工程は平日とほぼ変わらず、厳密に割り振らないが、アドリブで埋めて行くのは同じ事だ、ただ決定的なのは、自分の本分に携わっている感慨だ、娯楽されない体とはいえ、目的へはかどっていく心持ちは、代え難い喜びだ。


開いた扉は外の空気が近い、店内のテレビは毎度のサザンだ、しみったれた飲み食いとはいえ、かけうどんの小さいものしか注文しない気恥ずかしさとほぼ同等だろう、明日の定休日の前倒しだ、連休なんだから、そんなに締めなくてもいいだろう。


おそらく、体力を取り戻す休憩よりも、視線を切り替える一杯なのだろう、このままだれて何もせずに終わることもあろうが、こうしてつぶやくことも作品と考えるなら、言い訳は成り立つ、コーヒーと菓子を合わせた金額だ、自責するほどのものではない。


狙い通りの進捗に近づいているか、当初はあと二日分終わらせられるはずだったが、このテンポなら十月末に間に合う、連休を見事に仕事にさせて、平日のように時間を過ごさせていく、それは徒労と無為を感じさせるが、その反動として結実する作品の、可能性は確実にある。


午後にようやく街に出る、ここで初めて呼吸を得る、一日中自宅にいられるほど枯れてはおらず、動く生き物を求めて体はうずく、現実の物語は起こらなくても、刺激は空想して目を動かす、運動のように心も、実体しない行動で体操したがる。

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