第111話

ほとんど読書のなかった今日は会話がたやすい、まさしく本が心に悪魔を生む、趣味を読むことと自称するなら付き合いづらい人に違いない、啓発だろうと恋愛だろうと面倒なことになる、そう思うほど文字の離れた一日だ。


平和記念公園のベンチで総菜パンを食べる退勤後の日常だ、雀は前みたいに砂遊びしている、並列して自転車を漕ぐ男女はぶつかって転びそうな間隔だ、ズボンにシャツを入れる人が歩いていく、クリームにキノコの味がする、今日はまだ月曜日だけれど、明日は休みだから飲むのが楽しみ。


梅雨明けの暑さに喜んでうなだれているのか、脱力がテーマの最近は気持ちを撓ませている、夏の海水浴に全力を尽くしてクロールする、まるでそんな余暇を過ごすように仕事に漁りつく、じろりともせずに一人だけ、なりたかった貝でいる。


ゆりかごを猛暑に冷房を訴求する、そっと射竦める流し目などアスファルトに溶けた蛇の背中だ、暗室で博捜するのに適した六月か、わざわざ表白することなく黙すに正しい昼の青空は、ひとみの冴える快晴だ。


汗のただ中に首はあせもする、やはり暑い、朝から流れる、リボン付きのパナマ帽は黒く、太陽のドットのようなワンピースは道路に残る、意気の強い色だ、もしくはないのかもしれないが、焦げた色は傲然と歩く。


天候の変化は毎年うねりを大きくする、雨に晴れは一年の内に観るのではなく、複数年を単位に調整される、ダイナミックな気候についていけないと思うことはないが、病気でも事件でも左右は小さくない、いずれ死ぬとはいえ、どんな世界になるのか。


体の痛みのまんせいか、若くないと思うのはまだ早いか、内臓から節節へ、不調の由来は頭の中で混ぜられる、背中の走りを肝臓に考えたか、めまいも脳に調べたか、病状は本人しかわからない、早く治れと現実を無理に撓めようとしている。


やる気がないのに裏切られた気分に三十分は喜びの声をあげる、青空を前につまらないと思いながら、人生そのものはおもしろいと頷く、ただ雇われた環境だけがそうなのだ、根回しがさっと仕事を奪う、なら勝手にどうぞと、さるもの追わず。


土曜日の仕事日は外を歩く人を眺める程度だ、昨夜の笑いを引き戻す、暑さが緊張を緩ませて波打つ、朝の読書が足先まで伝わった、スーパーカブのシフトチェンジを耳にして、ゴミ拾いに歩く群れを目にする、挟む先を考えれば、停止する。


知った子が伸びて祖母の手を引く、影がむき出しに濃い、扉一枚を隔てて笑い声は夢の後を萎びさせる、如実の疎外感として、白いワンピースが白い日傘で歩き、多肉植物は土をからからにさせる、足先から貫く悪寒と表面に浮かぶ汗に、長袖に包まれる病んだ心だ。


灼熱の寒さとはまさにこのことだ、路面電車は夏場に冷蔵庫となる、生ものだから腐らないようにしなければならない、日持ちよく、気持ちよく、鮮度を保たなければならない、二度と乗りたくないと思う車両は、風情とは無縁の機械でしかない。


まず愚痴がつく、次に回想が喋る、そしてはっとする、鏡の前で、多面に人を観るつもりで、一面を何度も見直している、この間の酒でガラスは磨かれたようだが、あれは死後の他人の観点だ、実生活に戻れば避ける理由はただちに知れる、これがあるからそうさせるのだと、顔は潰れる。


共存を得てメモに降りれば、激しく雨が降っている、昨夜に干した洗濯物はあきらめている、南風が弱ければと願う目の前は、斜めに刺さっている、油を得たように突然ポールペンのプッシュがスムーズになった、濡れてもかまわない、どうせ梅雨だから、明けた予報をいまさら思う。


朝から雨を見守っている、昨日は予報を信じて傘を持ち、結果として降らず、車内に忘れ五回乗り継いだ、落とし物を追って、おそらく今日も天気は曇りで終わると賭けて洗濯物を干すと、止まない、南風はどこまで吹きつけるだろうか、あきらめる他にないが、苦笑しかない。


煮干しのかけらを奥歯に挟みながら機を狙う、飲み食いのあとはいつも時間が足りないから夜更かしをやめて朝早く起き、日中のさぼりを先鋭させる、わずかな隙間も字にあてる、この姿勢を咎められたとはいえ、やめるわけにはいかない。


溶けていくナメクジのように体中から発汗したあとに、干からびたミミズのように硬直する、極端な体温の変化だ、気化熱によって気持ちまで奪われてしまいそうだから、食事について宿題は昼まで残り、酔い覚めもとうに過ぎて目端を利かせている。


無意識に多くが浮いている、独り言だって気をつけないと、負の感情がすれ違いざまに漏れる、演奏会でもメインのピアニストに合わせて客席が旋律を奏でる、鞄を鍵盤にして、喋るよりも黙るべき有利はある、下手な口をききやすいなら、なおさらのことだ。


働く場所が変わればつぶやきも変わるのに、意味のないことだ、根が腐っていれば悪い枝しか伸ばさない、黒く細いぎざぎざを芽吹き、多弁する、ああだこうだと、届いた冷凍便はすでに送り状が濡れている、雨か湿気か知らないが、溶けていそう。


山茶花が目に浮かばない、マンガの小ネタに出た宿の歌は、役職が得意とする、何が面白い作品だったのか、純和風などありえない庶民に、西洋化した国民が自由に制服する、金の髪の御曹司は貴族の物語だ、とても下町らしくない。


パンダよりも垂れて鼻水になる、あくびする前に車輪の音がすると、スケボーではなくキャリーカートだった、背の曲がった日傘に従って自律できない神経が今日は騒いでいる、こんな時はやたら、右目から涙が出る。

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