第100話

雨に養分を得て桜は午前に開花した、悩ましい花見の日だろう、毎年大衆の行事に憂いを抱くから、天気の良さを逃れていつものフードホールにやってくる、移動の許された休みは子供がそこらではしゃぐ、年に一度の麗しさではないが、小さな生彩は実に表情が生きている。


香水の強いあざとさはけむたい、存在というのは欲しがれば去り、知らんぷりすると寄ってくる、もちろん動くに勝る取得方法はないが、よく広げなければ煩わしさも減少する、足りない同感力に今日も悶悶とする、ずっとこのままだと知っているとしても、字と自分以外に意識は少ない。


三月に休日はやってくる、青い横線は周囲に溶け込み、祭りとは異なる日常に取り込まれる、昼の一時間は仕事をこなしたからこそ、空気の澄んだ太陽が本物の物語を歩ませている、きっと今日は誰もが幸福にある、すれ違うだけで人は喜びを交わす、だからこそ影は薄く、日射しにのめりこまれている。


体臭は運動を重ねる、こんなに空気のおいしい昼にマスクなどしていられるか、緩和された体は脱力が足を広げる、筆跡ものたくれば檜が鼻に香る、芽吹きの気候だ、体内に血が巡り、午睡を欲しがる、ついでに肉体も、鉢植えのアカシアが風に揺れる。


肘掛けテーブルは地下通りだけでなく、並木通りにも設置された、呼吸の循環と共に手は動き、老いた背中が休まる傍を活写する、森林浴は都会の中でも起こり得る、死んだラッパーの休日が頭に流れる、一服しなくても一服される、燃焼によりかかっている。


ベルベル人のようなフードをつけて、魔女の色がフェルトを背中にしている、目は半開き、親爺の口は大開き、犬は舌を出して、体は涼風にずれていく、発電機の臭いと鼓動を耳にして、うしろを通り過ぎる人の影が背中を抜ける、おそらく顔の半分が焼ける、そんな座り心地だ。


うららかな陽気は新鮮だから、すぐ背後にある虚無を感じてしまう、たけなわにはまだ届いていないが、花見酒と似たにぎわいだ、実質のない喜びとして心身に実りをもたらさない、気持ちいいからこそ満足を味わえない、単なる休息の一時として、次の行動へと軽く促される。


家内が飛び立って生活は純に合理化してしまった、戻りまであと三週間は残っている、そこに寂しさを置くことも可能だが、本音は働きに向いて期限内に成果を得ようとしている、昔の万博仕事みたいに、仮想キャラクターは色に現れないが、一人者として侘びは、研ぎ澄まされて快くもある。


めがねのない悪さは、ぼやけたシルエットとにじんだカラーで区別する、朝も素敵な装いだと、待ち合わせは二輪のサイクルが出会い、高い声で笑いあって出発する、昨日の歌が反復されて、まだ冷たい気温にさえずられる、金と黒のこだまが、曇り空を飛び立っていく。


漢文の拍動に溶解する、死生観は大地を貫き、島国の四日間にうなだれる、個の質量は自明に開かれ、二人の女性の類似を言葉に見つけられなかった、片目のつぶられた特質がこちらを眺めている、なにもかもけだるい。


良き内容は柔軟に活動していた、実生活の固陋に比べていかにやわらかく人を結ぶか、物質を専門とする仕事だからこそ、いつでも変形させられる常態にあるのか、見習いたい、固執する我が身は、真似できないからこそ欲しがるのか。


電話設定に対決する、困惑と無理強いが大声と狼狽を相手にして、依頼はできないからこそのたのみだ、立場の優位に直面する、どうあがいても直せない機能を前にすれば、もはや待つ他手段はない、この前の立ち小便と一緒だ、笑みが出る。


夜のホールは教室のよう、あいつまたいるよ、がスタッフの口癖となるように、安い弁当ばかり食べて、我がものと電子レンジの実働を見計らう、まだ新入りだから大きな顔はしないにしても、空間使用料は腹に入れて、存分に使わせてもらう、姿勢は受験生のように、頭も柔らかく回していく。


可変できなくなっている、いつもが、異ならずにあり、情感は驚くべきほど、違っていないものの、はなはだしく脆い、ゆえに顕現する形は、照応するようでずれている、停滞にあってはトンカチがいる、類語だけでなく、接続そもそも見返そう。


主席の言葉をそらんじる、支配された土地の者が、恋歌を覚えて何が悪い、昂揚は自然感情ではないか、高潔は人民の中にあるとしても、淫靡は必ずしも不善とは限らない、二重の対比に惑わされる、単純な対照ではないのだ。


寒気のするほど持て余す、視界はカラオケルームの壁に射された幾重のレーザーを同期させる、二重の罠に仕掛けられ、どちらを選んでも解放はない、入植と教化は無知のまま真面目を施し、歌は消えて思想は暗誦される、それを暗礁と言えば笑えない、そんな暗い午後だ。


朝日を背中に浴びて命を得る、昨夜に外れた天気予報は雨に降られ、豆粒の癇癪が破裂した、そのささいな痛手を修復するとは言わないが、日光を直に得て細胞を目覚めさせる、まだ日焼けにうるさくならない時候だから、のんびり光を手に入れる。


自ら蒔いた撒菱に、入ってこないと寂しがる変わり者は、大勢いるわけではない、多くが箒で掃き、相手に近づいて話しかける、堀を造作して無人島を水に張り巡らせる、荒城の月は垂れない、人の手をなめて階下に突き落とす、偏愛の対象はどちらへ、わざわざ一人か。


毎日に花曇りは言われている、三寒四温と並んで用いられる言い回しは、冬将軍と同じ程に頭数がいる、甘酒は夏の季語らしい、飲まれる時期と体感する気候は、いつぞや時雨れて霞もまぜこぜに今の風情を表すだろうか、昨夜から寒い今朝は数ヶ月振りに、掃除機を床に回した。


口内天井が沸沸するだけでなく、目の痒みの突き上げに伴ってくしゃみも出る、ついで鼻も垂れてくる、数年前は花粉症の気持ちはわからないなどと笑っていた本人は、この季節に瞬いている、老人について、誰もが行き着く先と言うのを思い出す、なってみるから気持ちをわかる、だからなるたけ他人事だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る