第90話

義務がこれほど固めるとは、息苦しいなど通り越した海月の気分だ、自由がない、ありとあらゆる選択が持てない、ただ笑うしか道のない振る舞いの内で、野生が薄れていくように、ぬくぬくした時間に火勢が弱くなっていく。


死に物狂いの文学礼賛は、プライベートで衰弱していく、温室は人によって適温でも、世界の異なる生物にとってのたれ死を近づける、首輪と振る尻尾さえない、両手足を縛られて笑ってやまないヒステリーを隠して、最近覚え直した忍耐を希望に変更する。


カレンダーにわざわざ自分をはめることはない、慣習を行事に生活をすることもない、一年の区切りなど必要がない、言葉で唱える一日の枠組みよりも、ただ今日があってやるべきことをこなす、単純な暮らしの中だ、そんな新年も用事を済ませ、死滅を基準に始動する。


我慢こそ材料と原動力だと知っている、けれど只中では負担に潰されそうになる、嫌だ嫌だの我儘が顔を現す頃合いは、水と肥料のように思考と行動の養分となる、日頃の仕事も反発としての糧だからこそ、特別な集いも耐えて出席しなければならない。


書くよりもはるかに苦痛な推敲ながら、興が乗って走り出した文章の一時のごとく、読み手としての面白さが自分を他人として見る、一人得意になるのは昔からだとしても、実力と誇大の一致しない一瞬は、真偽を抜きに鑑賞できると、終わり間近に集中する。


年明けの休みは昼から人人と時間を過ごす、目抜き通りのカフェに、百貨店のソファーだけでなく、一本外れたうどん店に、バス待ちのフードコートも、新年の移動は大切な者と一緒にしている、その光景に紛れて一人は、客観として空気を同化させる。


風邪っぽい、一年振り以上か、三年前のインフルエンザ以来か、鼻が出る、けれどそんな予感はしていた、足を冷やし、乾燥を吸い込んでいた、自由のない停滞のなかで、まるで帰省の緊張を耐え忍んでいたように、年始の連休に悪寒する。


事を成すには時間がかかると、考え計る前から無計画に歩き出す、期限など定めず、段階の登りは老人よりも遅く、五年前以上の思い描きがやっと三合目に差し掛かる、すべてを生めなくても、その十分の一くらいなら出せそうだ。


背中に冷や水を感じながら、昼下がりの衰微を風邪の昂進と思い込み、どうにか推敲を終える、左手を握ったカフェのワンシーンは俄に景気づいて、いくら不調だろうと当選が全快を呼ぶように回復する、それがたった十五分でも、やりがいはここにこそある。


うどん後の開始は、すぐに停滞し出す、どんな場面においてどのように運ばせるか、いつも着想はわくわくして、動き出しが最も重くのしかかってくる、一通りの材料は揃っているとしても、いつもスタートラインで燻るように、踏ん切りはやはりつかないものだ。


あれほど避けていた一杯を求めて、一軒一軒さまよい歩き、しまいにはまず入らないであろう餃子の館に踏み込むと、満席御礼の立ち退きだ、そんな時に以前の習慣は蘇り、新しく設えた立ちんぼ席にありつける、それも一杯三百円となると、書き始めの形式を上げる出だしとなる。


ビール樽に目を留めて思考する、空気中の見えない成分から世界が降りてくるのを、その作業は難しいようでたやすく、来ては出しての繰り返しは排泄行為のよう、もちろんその爽快感も同様だから、見直しよりもはるかに喜ばしい待機時間だ。


そこには論理で定置できない解決があり、勘でしか選ばれない出発地点となっている、赤ワイン一杯と十五分か、まるで困難などない開始の合図がやって来た、結局初めはどこだって良い、モテそうが理由の人生の職種選びのように、入り口は問わない同じゴールが待っている。


夜の居場所に向かう前に、理路を選んで酒を入れる、あれほど節制と述べ立てていたのに、区切りがつけば何事もなくなる、三が日の飲み屋は少なく、二組三組と断りが入る、そんな光景を隣に、一人の特権と趣味が多弁している。


数年間のブランクが信じられない、創作の苦しみがプレッシャーになったのは、これで生きていくと豪語した出会いも重なっていただろう、ところが今や慣れてしまった、その代わり執筆は新鮮に心を位置づける、毎日こんな暮らしならいいのに、そんな新年連休最終日の午後時間だ。


書くことが思い浮かばないと歩いた前日に、今日は着想が膨らみ、またもや長大な分量になると予感する、短編向きか、それとも長編気質か、おそらくどちらでもない、けれど伸びる文章は二十代から、長い長いと今は人に言われるが、とうの昔に尺は出来上がっていた。


フードのファーがダンディライオン、冬のひまわりと呼ぶにはあまりにベージュカラー、底冷えするほどではない夕刻に、ロシアの毛の帽子のように頭部を防寒している、真冬の大陸のごとく、デクレッシェンドに日と気が落ちる今は、雲が黄金色に光っている。


人間観察を趣味としていた春先から真夏は、書くだけでなく考えていた、見直し見直しの行程が終わり、再び街に目を置いて思い巡らす生活となった、装いは薄着からダウンジャケットになったとしても、肉身を観る眼は相変わらず。


限られた時間内を飛び続けられるわけではない、毎度気づかされることだ、おそらく目標も似たものだろう、つかみ出そうとする総量の百分の一も具現できない、だからこそだ、すべての時を飛行しようと思い込む。


明日から仕事開始、呪いの文句か、とはいえ必ずそうなるのだから、あきらめ、放棄しなければならない、今月の予定はほぼ満杯になっている、この三日間が次はいつ取れるだろうか、貴重と知っているから無駄にしたくない、そう思って夜も簡単には帰らない。

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