第61話

誰かが作ってくれた食べ物はそれだけで価値がある、料理人からそんな言葉を聞くことは多い、文句を言うのはたいてい生業としない者であって、苦労を知らない声はいつだって同情を抜いた意見をくさす、何事も正す必要はないと、そんな時に知る。


いつも欲に忠実に生きるべきだと思いつつ、セーブする力のほうがはるかに強い、たった一品追加するのにどれだけ恐れを持ち、消化する正論をこさえるだろうか、そこに善悪などもちろんなく、そんな概念こそ本人が決めているのだ、難しいことなく食べる、それがなかなかできやしない。


目の保養と痒さ、朝日を浴びるサンスベリアとシクラメン、斜線に空気は低く沈んでいる、春を前にして気は内に閉じこもり、何もないと思い込みつつ言葉はないようで稼いでいる、メランコリックな体の疼きは疾うに眠り、光は多くとも覚めずに細めている。


うどんとごはんを腹一杯に食べて、加水について頭を捻る、休憩にテキーラジャーナルを読むと、乾きに秀でた植物への悪戯心が戻ったらしい、まだ朝の寒い日があって、休眠から覚めるには早いのだろうが、つい気は急いて起こしたくなってしまう。


四十年代のそよ風に乗って汽車は走る、朝の日差しの中で乳母車に乗って赤ん坊は前を指さす、車輪のリズムは異なれど、清新な空気を受けて切り裂いていく躍動は違えず、少しばかり冷涼な香りはさやかな柔らかさを分けていく。


窓辺にはエジプトポーズの猫が日を浴び、カーテンの奥にもう一匹覗ける、そんな天気だ、すると焼鳥屋の店主が出てきて、挟まった子猫を助けるべく穿った穴の壁の前を通り過ぎる、小動物にまつわる小話にもならず、午後に頭とうとうとする。


天気が良いのに馬鹿らしいじゃないか、他人にイライラして、なんて思うくらいにのどかな気温の内で、明日の休みを前に背を後ろへ反らす、足の付け根が少し痛い、ヘリコプターの羽音を聞きながら、そういえば肘も痛いのだと、昼の手前に放っておく。


褪せたズボンの尻はやや恥ずかしいか、男女もがなの大きさは、性別それぞれいかな視座が置かれているか、デニム生地でなくても目立つ経年は、そろそろ換え時と知らせるようでも、もうすこし気分は残しておきたい。


深夜か明け方か、谷間の湿り気は潤いをもたらし、路面を濡らさずに花と雨の香りを充填させている、鳥の声はこんな時により意味を持ち、かすかな明かりに深度は計られるよう、外のコートは軽やかに、それでも首はマフラーをして。


詩人の実像に触れたのなら、触発されて手を動かしてみるべきだ、小説の酒に酔って、小舟で歌合戦するこころもちで、春の冷めやらぬカモミールティーで詩心を高めるではいかがなものか、こんな時ほどくだらない、そしてそれくらいが自分の人生だ。


一杯のつもりが混雑に合わせて追加の一杯、酒は料理よりも素早く運ばれてきて、胃袋を満たす間もなく肝臓を働かせる、空腹時の一献は純血に酔いが回り、鮮明だからこそ鋭く切り裂かれるように意識は分断される、まるで諸刃に両断されるように。


ヒロシマのココロをコンサートで聴いたせいか、お好み焼きをふと食べたくなる、広電に乗って市内を出て、複合ショッピングモール内で店に入る、大勢の客を相手にする長い鉄板には、焼き手が五人並び、サーカスの芸当で作りあげていく、この県に対して心はないが、面白さは常日頃からある。


雨が降ればいつも悩む、スニーカーか長靴か、気圧の変化も手伝っているのか、頭はどっちつかずに足の向きをころころ変える、雨は嫌いだ、靴が濡れるから、いくつか駅を過ぎたところに来ても、いまだやまない雨が妙に恨めしい。


鬼だまり、腹だまり、肉だるま、もはやレンコンのはさみ揚げでも悲鳴をあげる、串に刺された肉続きの前から、棒にも回にもされた中華肉肉で満たされていた、たまりにたまった今日の靄のように、ざらついた意識は黄砂の中でくしゃみする。


自転車にまたがって待ち人はたたずんでいる、そこに景色を見ようとすると、韓国語で挨拶が交わされ、飛び乗るようにやってきた自転車と連れ合って走り去る、あとはアスファルトの輝きが残る、黄砂でもやる今朝はつい目をこすってしまう。


何年経っただろうか、構想の三番目に漕ぎ着けるまでに、全て終えるには単純計算しても寿命一杯かかりそうだ、順風に進むはずがないのに、この時点でやめてしまいたいが、放棄は存在そのものになると、事を生み出さない頭は仰山に考える、それでも憂鬱な生活において、それだけが生だと感じるしかない。


三種飲み比べで再開を記念するなどと、ずいぶんたわけた事を口にしたものだ、めでたいのは本人のみで、祝う相手はまわりに誰一人いない、もはや憂鬱を通り越した自暴自棄がこましゃくれていて、テラス席で一人ソファに沈み、眠い、あまりにも今は眠い。


心の重荷は解消された、チベットの移動、アフガニスタンの行程にも匹敵する緊張と不安は、いかに想像力が自身を支配しているか思い知る、罪の粘液が全身に浸潤して、命の犠牲しか贖えるものはないとさえ至る、しかし終わった、普段は望まない平日がもう置き去りにした。


自分の一生涯は半分が睡眠に取られ、もう半分が胃腸への心配で終わるのだろう、夜の口癖は一人では気づけない回数らしく、何気ないおならのように口走っていた、すこし気をつけよう、味わい深いクセならまだしも、臭いのは困る。


注意されたフロアだけ顔を覆う、まず中二階で、次に一階入口に、そして他の階層では厚顔に口をさらしている、それがどうも面白かったらしく、注意にならないつっこみに対し、よくわからないながら一言訳て、ここも閉鎖に苦笑う。

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