第40話
あちらこちらに見つけていた粗は、それを待っていたかのような点火で熱が伝えられる、一つの理由で動かなくても、いくつか組まれると行動の変更となる、あたかも改心と思える表情をしても、裏には自分の利害が布石となっている。
あれだけ欲しがっていたものが、肩を軽くこつかれただけで周囲に溶けてしまう、そのようにこだわっていたことも、こうもたやすく逃れることができるらしい、調整はなされているらしく、たった一つの言葉、忍耐がすべてを統御しているようだ。
まるで新しい生活を始めたように、にごりない頭の雑音と夕方を過ごしている、これが普通で、元に戻ったともいえるが、もはや習慣は昼と夜を逆転させていた、少しずつ慣れるだろうか、疑うまでもなく、馴らしていく。
命を養う漢方の酒、胃腸を強くする山芋キャベツ、皮膚を保護するオレンジカロチン、それらの習慣は捨てられて、今は暴れるままに飲んで食べていた、とはいえ心身に歪みが出たらしく、あらたに夜の炭水化物を減らそうと、再び健康に目が向いた。
見た目通りに重苦しい頭をしている、代わり映えのしない事だ、細いのに懐が深い、そういう相違に響きがある、太っているのに機敏な動き、とても聡い、こうしたイメージのすれ違いを迎えるべく、腹が空いている。
屈強なランドセルがあったものだ、炎天のアスファルトを父子はやってくるが、黄色のカバーは左肩にかけられて、その筋肉ではち切ってしまいそうだ、ギリシャ神話の体を持つ欧米人は、小学校の通用鞄を赤子として、息子と一緒に帰って行く。
めっちゃ伸びてますね、そんな風に訪れる店もあることだろう、坊主頭をやめてもう二年になるか、その間も昔の印象は人に宿りつつ、姿の見えない噂が生えていた、ものすごい腕をしてますね、以前と変わらないナイスガイとの邂逅か。
肝要な業務連絡は断ってはいけない、いくら好かないといえども、人を嫌う礼儀を踏み外してはいけない、珍しい報告のあとに感情は和らいでしまうから、やはりどんな伝達もしたくないと、頑固な意地がはる。
サザエさんにしろくまカフェ、女子しかいない店内にオレンジのTシャツは一人座る、いまさら場違いは気にならない、そもそも存在が間違っているようだから、谷川俊太郎に松本大洋、絵本にきっと馴染めないと思いつつ、体と心は接している。
見上げると木木を飛び回るハチドリのように、光と緑に影は彩られる公園に、一個の塊として蝉は大泣きしている、樹液を吸うのにじっとしていられないらしく、樹陰で休む鳩はまるで知らんぷりだ、きっとどちらも耳が悪く、自分だけが潰れそうになっている。
火炎の時候に入った、末端の冷えを気にするたちでも、さすがに半ズボンでもかまわないと汗がにじみ出す、八月に入ったのだから当然にしても、長雨は風の乾きさえ忘れさせて、タチアオイの染色が濃いみどりに涼を与えている。
校庭を覗いていることは誰も知らない、忍び足の黒猫は夕陽に染まる砂漠を歩き、まわりに気を散ずることなく、様様な姿勢で穴を掘る、見れば広い土地にいくつかいたずらがある、ああやって仕掛けは残され、次の日には子供の足に消されるだろう。
昔ながらのパン屋がようやく再開した、被爆した建物は奇抜な装いではなく、コンクリートの色で裏庭が作られた、線は縦と横でなり、黒枠の大きなガラスは今を広げている、木苺の香りがする炭酸飲料を飲み、そんな観察で休日の夕刻を添える。
便所で用を済ませている時こそ、酔いのメーターがわかると錯覚する、もうこれ以上はと思う時こそ、テーブルに追加のグラスが立っている、外はまるで夏のヨーロッパのように明るく、まだまだ夜は長く思えるけれど、冷えた飲み物に怯える老いだ。
賀茂ナスじゃないが、万延元年のフットボールのように、自社栽培の万願寺トウガラシの肉厚に口がとろける、油ぎった緑ののるは粒の塩のみ、多少飴色になっても、ピミエントらしい味わいは見た目通りだ、夏の野菜に元気が出る、それは原色に活気づく児童のように。
てぬぐいもエプロンも家に忘れた、すでに必要とせずも、新しい物で代替される、紐が長くて薄い胸にだらりと垂れる、型にはめるボタンが太い身を想定している、痩せがたはいつも貧相で、喜劇映画のように立って足を開いてしまう。
夏の筋肉にとりつかれていた、近頃ないくらい疲弊させた百近いダンボール箱が、またとないタンパク質の好適を叫んでいた、肉を、大豆でもいいが肉を、そのせいで夜はすねたのだから、頭までかたくなろうとしていた。
暑さのしのんだ曇りのむこうで、うす水色のスカートが物を拾っている、まるで台形の富士山だ、空模様も蝉の声は盛夏に変わらず、青空をイメージする式典の目に、ラジオはなによりもなきを伝えている。
ひさしぶりにむなしさを得られたようだ、無関心なほど波風立たずにいたところに、つっけんどん、もはや勘違いにもならない、誰彼かまわず他人の無愛想に腹を立てるだけ、とうにそこまできてしまったのだ。
あの子は欲張って、それからのエレベーターの会話だ、見下ろしても顔のわからない背の差で、二人の女子児童に間がある、欲張りって、みんなに貸してあげればいいのに、その返答に息がとまる、すでに大人と同じ視線の中で、良心も同等にある。
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