昆虫標本
しばらくの間ディアナはペンダントをぐるぐる回しながら眺めたが、その
「ディアナでもわからない虫がいるんだ?」
「生きてる蛾だったらわかるもん、交尾して卵が
「でも、作り物だから子供を作れそうにはないね」
「むー、だったら
ディアナは森で捕まえた虫の昆虫標本を作っていた。箱の中にピンで留められた虫たちは目に美しいのみならず、図鑑で虫の種類と名前をきちんと調べて作ったラベルをきちんと付けた、立体図鑑としても使える完成度が高いものだ。レーンはうなずいた。
「なら、一週間後に見比べてみよう。マッサージの後は、一週間ご
「ママ、また変なことして。レーンとまた森で遊べる日はいつになったら来るのかしら」
「きっと、この祈祷が終わったら大丈夫だよ」
本当に?レーンが今までに飲まされた薬も、聖水も、何一つとしてレーンの体力の回復に役立っていないじゃない、とディアナは言おうとしたが、その時ドアが開いてブレナンが入ってきた。授業の時間だった。レーンに対してブレナンが行う講義を、ディアナも一緒に受ける。授業の内容は、貴族の
「前回、旧世界の人間は悪魔を呼び起こし、様々な
「はい、先生」
「地上が氷に包まれる前、人間は
「不死の娘たち、ですよね、先生」
ディアナがいうと、満足げにブレナンはうなずく。
「その通りです。前回の授業をよく覚えていましたね。人が人を殺し、欲のままに他人を
「教会の絹の布は、彼女が授かった絹糸でできてるんだったよね?」
「ええ。よく覚えていますね。ここまでは、よかったのです。しかし、悪い人間によって神の祝福は台無しになります。ある女が、老いないその娘の一人に
「なんて、おそろしい……まるで悪魔ね」
「そうですね。そして、その女は罰を受けました。彼女の死体は永遠に腐ることなく、その魂は天国にも地獄にも行くことなく、今も彷徨っているのです」
「どこにも居場所がないのに、体だけがあるのね」
これ以上ない罰だとディアナは思った。世界は人と人の組み合わせでできている。絹の娘を食べたことで人の組み合わせからはじき出されてしまったのに、現世にあり続けなければいけないという中途半端な
はっきりとした報いがある方が、人間はやりやすいのだ。レーンの治療も上手くいっているのかいないのかわからないから、ナオミは薬や祈祷やマッサージなど、あれやこれやと手を出しているのだ。
ブレナンの講義はそこからありふれた
ディアナは彼の話を聞き流しながらふと思う。ママは女の子はいい母親になるための準備期間、というけれど、いい母親になるためにどうしたらいいのかは教えてくれない。ママはレーンを良い跡継ぎにするためにブレナン先生を
ママはレーンが好きだ。レーンのきょうだいのわたしの事が、嫌いなはずない。なにより、ママはわたしのママだ。絵本の中と同じように、ママは子供の事が好きで、子供はママのことが好きなのだ。今はレーンの体調が悪いから、ちょっと一生懸命になっているだけ。ディアナはそう、自分に言い聞かせた。
*
一週間後、ディアナは約束通りに虫の標本箱を持ってレーンの部屋に向かった。両手がふさがっているので、ペンダントは首にかけた。廊下を歩いていると、向かい側から歩いてきたナオミと鉢合わせした。
「ディアナ、なに、それ?」
「虫の標本よ。レーンが見たいって言ったから、見せに行くの」
ナオミは虫、と聞いた瞬間表情をゆがめ、ディアナの手から木箱をひったくった。そして、ずかずかと歩き、居間に入った。そして――赤々と燃える暖炉に、ディアナの標本を投げ込んだ。
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