悪魔
悪魔が
どれほど歩いただろうか。永遠に続くかと思われた階段は、不意に平地になった。そして、通路をふさぐように、黒い三つの
廊下の突き当たり、もう見あきた黒い三つの
ディアナはカンテラをガラスの箱めがけて振り下ろした。
『ま、待って! ちょっと待って! あなたは願いを叶えなくてもいいの?』
突然大声がした。ディアナは反射的に右手を引っ込める。あの声は、私の前からした。目の前には、壁しかないはずなのに。ディアナがカンテラを持ち上げると、目を疑う光景がそこにあった。
黒いドレスの少女が宙に浮いていた。
長い髪も目も地の底の
「だ、だれ!?」
『こ、こんにちは!! 私悪魔!! この度は封印解いてくれてどうもありがとう! 悪魔を開放するってことは、神を裏切ってでも叶えたい願いがあるんじゃないの?』
「え、なにも押してないけど」
『ガラスを割ってくれただけでオールオッケー!! 問題なし!! そのボタンは押さなくてよろしい!』
「で、でもこの赤い石を強く押して封印とくって」
『押したら速攻で魔界に帰れるだけの魔力が手に入るから、すぐ魔界に帰るわ! 人間界はこりごりなの! まあ、折角封印を解いてくれた人間だし、思い出づくりのために願いをかなえてもいいかなとは思ったけど! とにかく、それを押したら私いなくなるわよ!! なんにも願い叶えたげない!!』
「ちょっ、ちょっと待って!!」
悪魔を引き留めるため、ディアナは悪魔を思い付くままにおだてたり、どれだけ自分が悪魔を必要としているかについて話した。それが功を奏したのか、悪魔はディアナと契約する気になったようだった。彼女との会話から、ディアナは三つの情報を得た。
この悪魔に魂を売れば世界を変えるほどの知識を
「世界を壊してくれるんじゃないの?」
『積み上げた積み木を叩き壊すのと、別の方法で組み上げ直すの、どっちが大変?』
「……あとの方」
『飲み込みが早くてよろしい』
「つまり、あなたは世界を壊すんじゃなくて、変える力があるってことなのね」
『そう。私にできる事の説明はこれでおしまい。世界を壊すことにこだわるなら、他をあたってちょうだい』
別の方法で組み上げなおすのならば、別の積み木に変えてしまうこともできるのではないか。ディアナを認めない貴族たちを、すべて消してしまうことだって、できるのかもしれない。それに、ディアナには別の悪魔の心当たりなどなかった。答えは決まった。
「契約するわ。どうしたらいいの?」
『神を裏切る覚悟はした? 神を捨ててまでして私に魂を売るつもりがあるなら、その証拠として私にあなたの名前を教えなさい』
「そんなのでいいの?」
悪魔は契約を望む人間に対して、ミサや洗礼をおぞましくしたような儀式を行うよう求める、と本には書いてあった。悪魔はうなずいた。
『名前ってものは、呪文の
ディアナは少し考えてみた。
「……難しい気がする」
『でしょ。名前っていうのは大事なものなの。どんな
悪魔の言葉に、ディアナはなぜか【ディアナ・ファーガス】の名前が刻まれ、レーンがその下に
あの下に本物のレーンがいることは、どこにも記されなかった。きっと、忘れられるだけなのだ。ディアナが生きていることも。
生きながら名前を奪われるということは、その寄る辺のなさゆえに毎瞬殺され続ける苦しみを味わうようなものなのだ。いままで受けてきた仕打ちが、どっとディアナの
『ま、一応礼儀として私から名乗っときましょうか。私は河原せりか。カワハラが名字でセリカが名前。とおーい昔の
「……レーン」
『それは、あなたが演じてる人間の名前でしょう? 私が聞いてるのは、あなたの、名前』
「わかるの!?」
『そりゃ、男の子のフリしてる女の子ってことくらいはね。で、あなたの名前は?』
「私……私は、私は……ディアナ」
名乗りながら、ディアナはなぜか視界がにじむのを止められなかった。ぼたぼたと金属の台の上に
『よろしい、契約成立! これから私はあなたに取り
「世界を変えるって、どんなふうにするの?」
そうだった。世界を変えるためにここに来たんだった。ディアナは涙をぬぐった。
『そうね……この世界には
「そうだけど」
あたりまえのことだ。どうして悪魔はそんなことを聞くのだろうか。ディアナは不思議に思った。悪魔はにやりと笑う。
『そんな絹を、とびっきり身分の低い女の子たちを使って、もう一度作って見せたら、世界がひっくり返ると思わない?』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます