その10

 スパコンの元を出発したルコ達一行は進路を南南西に取りながら猪人間の都市を縫うように迂回して進んでいき、川を二つ越え、二つ目の川沿いを東に進みながら猪人間の都市を再び迂回してから南下して、沼のほとりへと予定通り辿り着いた。時刻は14時半過ぎ、予定の16時を大幅に前倒しとなったが、この間の行動が感傷的な気分には満ちていたが、慎重かつ確実に行動した結果だった。

 ここから目的地までの距離はちょうど12kmだった。順調に走行できれば、50分弱のところだった。

 車に搭載されているセンサー類では周囲に敵はなく、今すぐ戦闘状態に陥る事はなかったので取りあえずは一安心だった。しかし、飛行型ドローンが直ぐさま異常を知らせてきた。放浪種を51匹発見したとの報告だった。放浪種は現在と目的地の学校とのちょうど中間地点に動かずにいた。どうやら休憩しているようだった。

「どうやらあれを突破する事になりそうね」

 ルコは画面に映し出されている地図で位置関係を確認しながら言った。

「出発までに動いてくれれば、いいのじゃが」

 遙華の意見に皆が頷いた。

 猪人間達がいる位置は目的地までのちょうど中間地点だけではなく、迂回不可能な場所だった。学校のそばに猪人間の二つの都市があるのだが、その間を通るためには猪人間達がいる場所を必ず通る必要があったからだ。

 四人は祈るように猪人間達が動いてくれる事を願ったが、15時過ぎには猪人間達が野営の準備をしている事が判明したため、大いに落胆した。しかし、同時に覚悟を決めた。

 そして、16時ちょうどに、

「黒の転移点の出現の前現象を観測。予測通り、ルコ様の学校、一番東側の建物の1階です。出現予定時刻は17時ちょうどです」

とマリー・ベルが運命を知らせる報が入れてきた。

 予想の一番早い時間帯の告知に一同は多少動揺した。

「どうやら恵那の予想がピタリと当たったようね」

 ルコは三人にそう呼びかけると、三人は力強く頷いた。

「最後に確認するわよ。みんな、黒の転移点へ向かう覚悟はできている?」

 ルコは再度三人に確認した。

「無論なのじゃ!」

「行くわ!」

「よろしいです」

 三人が口々にそう答えると、

「では出発!」

とルコは意を決して出発の号令を掛けた。

 ルコの号令を受けて、車はゆっくりと走り出した。

「それにしても、不幸な出来事と幸運な出来事が一気に来たという感じじゃな」

 遙華はニコリとしていたが、どこか緊張していた。これから起きる出来事を考えると困難と期待が半々と言ったところだからだろう。

「あら、私の世界では起きる出来事に幸不幸はないのよ。それは自分自身が決める事よ」

 恵那は意外とあっさりと自分の考えを述べた。

 その言葉を聞いて三人は勇気が沸いてくるようだった。

 しかし、恵那はあまり考えていないようで、時折みんなの奮起を促す言葉を掛ける才能があるらしい。

 車は一直線に猪人間達へと向かったが。最初は巡航速度で走っていたが、察知されそうな距離になると、一気に加速して突撃した。普段なら絶対しない戦法だったが、残り時間との兼ね合いを考えるとこの方法しかなかった。

「射撃開始!」

 射程内に入るとと同時に瑠璃の合図で、瑠璃・遙華・恵那が銃撃を開始した。無論、距離があるのでルコは参加しなかった。

 奇襲を受けた猪人間達は慌てふためくように左右への森林へと逃れていった。

 ルコ達の車は猪人間達の中央を突破していった。と同時に、四人は車の後部の方へと走って行った。

「猪人間は左に25、右に20に分かれました」

 マリー・ベルは後部へと走って行く四人にそう報告してきた。

「三人は左側の敵に攻撃を集中。敵を分断して。右の押さえは私がやるわ」

 ルコは四人の最後尾でそう叫ぶと、作業区画にとどまり、右側の狹間に位置した。

 他の三人は後部区画に達すると、ルコの言うとおりに左側の敵を攻撃し始めた。

 川を越えた辺りから猪人間の密度が更に高くなっている事を感じていたが、それに反比例するように森林の密度が低くなっている気がした。現に、森林の奥まで弾が届く感じがしていた。

 ただ、放浪種に関しては流石にこちらの島でも動きが素早く手強かった。油断してルコ達の奇襲を受けたが、すぐに対応してきた。そして、こちらの射程内には容易に近付こうとせずに、自分達の有利な位置を確保してから反撃に出てくる様子が見え見えだった。

 しかも目的地の学校付近に大量の猪人間達を引き連れていく訳にはいかないので速度を落として対処する他なかった。

 だが、左側の敵は瑠璃・遙華・恵那の三人の正確無比の銃撃により有利な位置を取るどころか次第に距離が離れていき、それを詰められないでいた。三人の一見有利な展開に見えるが、本人達にしてみれば、なんとか踏ん張っているといった感じだった。

「ルコ、主の方は大丈夫じゃろうか?」

 自分達の方が一杯一杯なはずなのに遙華はルコの心配をしていた。

「大丈夫ではないけど、何とかするから、そっちは絶対に近付けないでね」

 ルコは口ではそう言ったが、右の敵に明らかに翻弄されていた。防御陣を築いては次々に突破されるような感じで、作業区画の右の狹間から寝室区画の右の狹間へと戦場の移動を強いられていた。

「なんて忌々しい敵なんでしょう!」

 瑠璃がそんな言葉を吐くぐらいなので、かなり苦戦していた。

 この放浪種は決して北島きたのしまのものより能力が勝っていた訳ではなかったが、不利な体勢で戦いをしなくてはならないハンディはルコ達を圧迫していた。中央突破を図った時点で、敵に包囲されやすくしていた。

 それでも学校まであと3kmの地点まで辿り着く事ができた。しかし、残り時間は20分強だった。

「瑠璃、遙華。一旦射撃を止めて、敵を油断させて引きつけましょう」

 恵那はいくら撃っても埒が明かなくなったので、珍しく提案した。

 あまりにも珍しい事だったので、瑠璃と遙華が思わず恵那を見詰めて、銃撃を忘れてしまった。

「いいわよね、ルコ」

 恵那はルコに聞いた。

「任せるわ」

 ルコの方はそれどころではなく、寝室区画からついに前部区画へと追いやられていた。右側の敵がこちらの頭を押さえ込むのは時間の問題だった。

 瑠璃と遙華は既に銃撃を止めてしまったので、すぐに大きな隙ができた。その隙を突くかのように、いままで攻めあぐねていた左側の敵が一気に傾れ込んできた。

 遙華は慌てて銃撃を開始しようとしたが、

「まだ」

と恵那に止められた。

 遙華はまたびっくりしていた。どうしたんじゃ、恵那はと言う顔をしていた。だが、四人の中で一番の射撃の名手は恵那だったので指示に従った。

「今よ!」

 恵那がそう合図をすると、三人は銃撃を開始した。

 銃撃が止んだ油断もあったのだろう。思わぬ反撃を受けて最前の猪人間達が吹き飛ばされると部隊はたちまち混乱に陥った。

「よし!このまま撃ち続けるわよ!」

 恵那が戦果を確認してそう言うと、三人は撃ちまくった。

 ルコはその様子を周辺地図で確認し、左側の敵の足が止まったと見るやすぐに、

「マリー・ベル、最大加速!」

とマリー・ベルに指示を出した。

 右側の敵がすでに前に回り込んでいたが、車は1匹を跳ね飛ばして加速し、左側の敵を完全に置き去りにした。まずは目論見以上の成果だった。

 しかし、問題が全て解決した訳ではなかった。右側の敵がルコ達の加速にすぐに付いてきたからだ。しかも森林に隠れる素振りも見せずに、車に肉薄するように迫ってきた。

「みんな!右側の敵に集中!側面に取り付かれないようにして!」

 ルコにそう言われると、今度は四人で肉薄する右側の敵に攻撃を集中した。

 激しい攻防の途中で見慣れた細い川をすうっと通り過ぎたのを見て、ルコは間もなく学校だと思った。

 今は道ではなくなったような道を左折して侵入し、右折して草原に出た。南側には古ぼけた建物が連なっていた。目的地の学校に何とか着いた。草原はかつての校庭と思われた。

 目的地に辿り着いたとは言え、敵はまだ健在だった。

「マリー・ベル、スピンターンを繰り返して、敵を正面に」

 ルコは敵が肉薄してきてくれたお陰で、自分の得意技を披露する機会が生まれていた。

 マリー・ベルは車を操作し、草原を右へ左へターンを繰り返すたびに、ルコの正面に敵を招き寄せ、それを確実にゼロ距離射撃で葬っていった。敵の全滅まではさほど時間が掛からなかった。

 前にいたルコはさほど振られる訳ではないので大丈夫だったが、後ろにいた他の三人は左右に絶え間なく振られていたのでげっそりしていた。

「最後の最後でこんな目にあうとはなんて不幸なんじゃ」

「ええ、妾……気持ち悪いですわ」

「あたしも……」

 三人は口々に不満を言っていた。

 この時点で残り8分弱だったが、1km先から先程の左側の敵が接近してくるのが周辺地図を通じて見て取れた。

「残り時間で殲滅できるかな?」

 ルコはそう言ったが、ほぼ絶望的だった。最早、折角のチャンスを逃した気分になっていた。

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