その3

 飛行機が飛んだ後、別室に移してルコ達は長老と会談を行っていた。スパコンへ行く計画についてはすでにまとまっており、後は現地の状況を見ながら対応する他なかった。準備の方も補給が望めないために食料をいつもより多い3ヶ月分確保したほか、医療品や資材などの積み込みも完了していた。水に関しては現地調達になるが、川や湧き水、また、海岸線を行く事になるので海から取水する事になっていた。

 準備万端整っていた事もあり、更に話し好きの長老の影響もあり、話題は自ずと脱線していき、この世界に関する話になっていた。

「吾が一番疑問に思うのはじゃ、この世界がどうしてこんな酷い状況になったのじゃ?その理由を知りたいのじゃ。前人類の残したものはどれも凄いのじゃ」

 遙華は興奮気味でそう言った。

「わしにもそれは分からないですぞ。様々な要因の積み重ねでそうなったのでしょうぞ。ただ原因が分かっても対処のしようがなかったかもしれませんぞ」

 長老は遙華の話を興味深そうに聞いていたが、分からない事までは答えられたにといった感じだった。

「少なくとも猪人間達がこんなに増える前に強力な武器などで対処はできたはずじゃと思うのじゃが」

 遙華は尚もそう主張した。

 遙華以外の三人は黙って遙華と長老とのやり取りを聞いていた。

「それはどうかと思いますぞ。前人類が滅亡する数百年以上も前に人を大量に殺す兵器は廃れてしまい、その技術は失われてしまったらいしいですぞ」

「大量に殺す兵器じゃと?」

「人類を全て殺してもまだ大量に残るくらいの量がかつてあったらしいですぞ。わしには想像もできない事ですがな」

「ああ、それならば、私の世界ではそんな感じで保有している国々があります」

 ルコは長老と遙華の話に割って入った。

 ただし、ルコの言葉は他の者を愕然とさせていた。

「まあ、愚かしい事とは思いますが、行き過ぎてしまうとそうなってしまうようですね。幸いな事にそれら全ての兵器が使われる事は今のところないので、滅亡は免れていますが」

 ルコは話していてやや自嘲気味になっていった。

「そんな世界に住んでいて平気なの?」

 恵那はびっくりした表情で聞いてきた。

「生まれた時からそんな感じだったからあまり深く考えた事がないかもね。私の国は戦争をしていない事も幸いしているかもしれないけど」

「ルコ様は平和の中で過ごしてきたと仰ってましたが、そんな背景があるとは思いませんでした」

 瑠璃も恵那と同様にびっくりした表情をしていた。

「まあ、文明が発展するのも考えものなのじゃな……」

 遙華は考え込む感じでそう言った。

「そうかもね」

 ルコは遙華にそう同意してから、

「ただ、私が興味を持ったのは大量破壊兵器が廃れた事ですね。私達の世界では新しい武器が次々と生み出される事はあっても廃れる事がないですからね」

と言ってやるせない気分になってきた。普段はこんな事を考えるルコではなかった。

「それは生きるのに平等な世の中になったために、争いがなくなったと聞いていますぞ」

 長老はルコの興味を持った点についてそう答えた。

「平等ですか?」

「左様。昔は生きていくための衣食住や医療はお金というもので得なくてはならなかったと聞いていますぞ」

「それって、当たり前の事じゃないの?」

 恵那は長老の言っている事が分からなかった。恵那以外の三人も同様だった。

「いやいや、わし達はお金というものを知らないし、概念も理解できないのですぞ。この世界では不当に大量でない限り、衣食住や医療は都市機能が提供してくれますから」

 長老にそう言われて、初めてルコ達はこの世界ではそうだった事に気が付いた。

「あれ?それって、理想郷って事?」

 ルコは何とも言えない気分になってきた。

「どうですかな?」

 長老はルコの言った事を否定も肯定もしなかった。

「でも、それだけで争いごとがなくなるものなのでしょうか?」

 瑠璃は人間の業の深さがよく分かる人間だろう。いざとなったら、肉親でもいがみ合う事になる事を目の当たりにしているからだ。

「それもどうですかな。わしも必ずしもそうなるとは思っていませんぞ。ただこの世界ではそうなったようですぞ。尤も前人類の話ですが」

 長老はそう言ってニコリと笑った。

「うーん、理想的な環境になって……、どうしてこうなったのじゃろうな?」

 遙華はこれまでの話を聞いてますます分からなくなってきた。

「理想的な環境になったのはいいのですが、どうやらその前から人口減少が起きていたようですぞ。つまり、生物としての種の能力が落ちてきたと言うべきですかな」

「そこに猪人間が出現してきたという事ですね」

 ルコは言葉を噛みしめるように言った。

「左様」

「じゃが、種の能力が落ちたとは言え、やっぱり、いくらでも有効な手を打てたような気がするのじゃが、どうしてなのじゃ?」

 遙華は全然納得していなかった。

「今となっては分かりませんが、当時も色々な対策は講じたのでしょうぞ。ただ当時の資料は残っていないので、なんとも言えませんな」

 長老は議論をまとめるようにそう言った。

「なんかすっきりせんが、それも致し方がない事じゃな」

 遙華は結論が出ないのがもどかしいようだった。

「まあ、この世界の事もそうだけど、自分の世界も知っているようで知らない事がたくさんあるからね」

 ルコは遙華にそう言った。

「まあ、それもそうじゃな」

 遙華はルコにそう言われて取りあえずはここで議論を打ち切る気になった。

「ところで、長老って、ここでこんな事してていいの?仕事とか一杯あるんじゃないの?」

 恵那はガラッと話題が変わるような質問をした。

 恵那にとってはこういった事は珍しい事ではないが、他の人間にとっては唐突すぎた。

「もうじじいなので、政務等は若い者が中心になって取り仕切っているのですぞ。ですから、わしはこうして皆さんと心置きなく議論ができるのですぞ」

 長老は突然の質問にもにこやかに答えた。

「長老はいくつなの?」

 恵那は臆面もなくそう聞いた。

「ちょうど90ですぞ」

 長老は相変わらずにこやかに答えた。まるで、孫の質問に答えているようだった。

「若い!」

「老けている!」

 90という数字にルコ達四人は極端に分かれる反応をした。

 「若い」はルコと瑠璃で、二人から見たら初老の男性に見えており、90と言えば、もっと年老いた老人だった。「老けている」は遙華と恵那であり、二人にとって90は若者のイメージだった。

「違う世界から来た違う反応ですな」

 長老は気分を害するどころか本当に愉快そうに笑い飛ばしていた。長老が都市の皆に慕われている事がこの反応からも分かった。

 すると、そこにインカムを通じて長老に連絡が入った。

「夕食の準備ができたようですぞ。続きはまたそこで」

 長老はそう言って立ち上がった。

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