その5
「ルコ様は帰りなくないのですか?」
これまでじっと外を見ていた瑠璃がルコ達の方に振り向いてそう聞いた。
「そういう訳じゃないんだけど……」
ルコはちょっと責められている気分になった。
「妾は帰りたくないと思っています。いえ、正確には思っていましたですね」
瑠璃は瑠璃で何かを告白するような感じで話し始めていた。
三人の視線が自然と瑠璃に集まった。
「妾の家族には父と母、そして、兄がいます。妾がこの世界に来る数日前に、以前から国の運営で衝突を繰り返していた父と兄が、完全に袂を分かつ様な感じで、それぞれの城に兵を集め出したのです。たぶん、戦によって雌雄を決する決心をしたのでしょう」
瑠璃は悲壮感を漂わせていたが、淡々と話していた。そして、
「妾はそれが嫌でしたので、この世界に来た時にはホッとしました。父と兄との争いを見ずに済みますからね」
と泣きそうな顔をしながら続けた。
瑠璃以外の三人はただ聞いている他に術を知らなかった。
ただ、瑠璃の話を聞いて、瑠璃が何故元の世界に戻りたがらなかったかが三人にはようやく理解ができた。
「でも、それではいけないのですね」
瑠璃から他の三人が思っていも見ない言葉が出てきたので、三人はびっくりしていた。そんな三人の反応をよそに、瑠璃は、
「妾は自分の世界へと帰ります」
と堂々と宣言した。
この宣言に三人は更にびっくりして更にどういう反応を取ればいいのか戸惑っていた。瑠璃はまた三人の事情をよそに、
「この世界に来て、ルコ様、遙華様、そして、恵那様と共に、数々の困難を乗り越えて、異世界でありますが自分の故郷まで帰ってこれました。それで、改めて考え直しました。父と兄との争いを止めたい。そのためには、元の世界に戻る必要があると思いました」
と自分の考えを述べた。
「偉いのじゃ、瑠璃」
遙華は腕組みをして感心したようにうんうんと頷くと、
「吾も自分の世界に戻って、鍛冶職人としての道を究めたいと思うのじゃ。そのためにも自分の世界に戻るのじゃ」
と瑠璃につられるように、自分の決意を述べた。
「あたしはちょうど見聞を広めるために旅に出るところでこっちに来ちゃったからまずはきちんとした大人になるために、元の世界に戻って、旅をする事から始めたいと考えているわ。みんなとのこの旅でも大分見聞が広がったけどね」
続いて恵那が自分の決意を述べて微笑んだ。
三人が次々と決意表明をしたので、自ずとまだ決意表明をしていないルコに視線が集まった。
「ルコはどうしたいのじゃ?」
遙華はいつまで経っても話をしようとしないルコに詰め寄るように聞いてきた。それは瑠璃と恵那も同じだった。
「ええ、私……」
ルコはかなり戸惑っていた。記憶が曖昧のせいではなく、自分には三人みたいな判然とした決意のようなものはなかった。ただあるがままに生きてきただけだった様な気がしていた。
「ルコは元の世界の家族とか友達とかに会いたくないの?」
恵那はいつものように素朴な疑問を単刀直入にぶつけてきた。
ルコはこの問いにかなりの戸惑いを覚えた。この戸惑いは記憶が曖昧なせいである。
「まさか、ルコ様……」
瑠璃はルコの様子を見て、聞いてはいけない事を聞いてしまったというしまったという思いがあった。
「ええと、家族はいます、家族は」
ルコは脳みそをフル回転させて、何とか思い出そうとしていた。そして、おぼろげながら家族はいる事を思い出した。
「友達は?」
恵那は不安げに聞いてきた。
「友達も……友達もいます」
これまたルコは脳みそをフル回転させて、絞り出すような感じで思い出していた。思い出せたのが、誰だか分からないが、ただ一人だけだった事は口には出さなかった。
ルコは社交性に富んでいるという訳ではなかったが、これまでの三人との接触を見る限り、内向的という訳でもなかったが、友達は多くはないようだった。
ルコ以外の三人はルコの言葉を聞いてホッとしていた。それは傍目から見てもよく分かるようなホッとする仕方で、もしかしたら三人はこの世界に来て一番緊張した出来事だったかもしれなかった。
「ならば、ルコ、主はどうしてそんなにあっさりしているのじゃ?あっさりという言葉も適当ではないのじゃろうけど、吾ら三人のように何が何でも帰るぞという気概に欠けるように思うのじゃが」
遙華はホッとした表情から納得できないという表情に変わっていた。
「そうね。でも、それぞれの世界に帰るべきだと言い出しのはルコが最初よね」
恵那は遙華に同意しつつ、過去の事を思い出しながら言った。
「確か、この世界に居続けて神経をすり潰していくのはよくないという事でしたね」
瑠璃も思い出しながらそう言った。
「ええ、その思いは今でも変わらないわよ。そして、その理由で自分達の世界にそれぞれ帰るべきだという事もね」
ルコは先程まで追い込まれていた気分だったが、恵那と瑠璃の言葉で思考回路がクリアになった気になった。そして、
「ただ、私、みんなみたいに自分の人生をこう生きるというものがまだないんだと思うの。ただあるがままに生きているだけというか……」
と自分の気持ちを伝えた後に、後はどう言っていいか再び迷ってしまった。
「成る程!」
ルコ以外の三人はハモるように言うと、納得した表情になった。
この表情を見て、ルコは逆に戸惑った。なんせ、自分では分からない事が三人には納得できたと言う事だったからだ。
「だからこうして生き延びてこれたのじゃな」
「そうね。何度死んでもおかしくない状況があったものね」
「ええ、全くです」
三人は口々にそういうとしみじみ納得していた。
「どういう事なのでしょうか?皆様」
ルコは小声になって聞いた。
「冷徹なる客観性というのじゃろうか、また、何事も動じずに常に最善の選択肢を取るいうのじゃろうか、それらは全て、その『あるがまま』という言葉に全て集約されると言う事じゃなと吾らは納得したのじゃ」
遙華は代表してルコに説明して切れた。その説明を聞きながら瑠璃と恵那はうんうんと頷いていた。
「それは買い被りすぎでは?」
ルコは思わぬ高評価にすっかり恐縮した。
「そうかもしれんのじゃが、結果がついてきている以上、真実じゃろうな」
遙華はちょっといたずらっぽく笑った。ロリっ子なのでとても似合っていた。
「はぁ……」
ルコは恥ずかしくて居たたまれなくなっていた。これまでもそうだったが、誤解により虚像がどんどん大きく構築されていくような感覚だった。
「まあ、これで、みんなの意思も固まった事だし、まずは計算機があるところへ向かって進みましょうって感じね」
恵那は微笑みながらそう言った。
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