その5

 猪人間達はすぐそこに迫っていたのだが、管理棟に入ると、むせ返って一時的に動きが止まっていた。

 実は建物内は長年放置されていたので埃っぽいだけではなく、なんとなくカビだと思われる臭いがしていた。嗅覚が異常に発達している猪人間にとってはとても辛い事なのかも知れない。慣れるまで、しばらく時間が稼げた。

 ルコは予想以上に時間が稼げたので、長すぎる渡り廊下を一気に走り抜け、端末室の前まで来た。この先に出口があるのだが、ここから逃げる事はできた。しかし、一時的に麻痺したとは言え、ルコ達の臭いを辿って追ってくるに違いなかった。その場合、包囲されて捕まるのが目に見えていた。やはり、ここで迎撃する他なかった。

「ルコ、大丈夫なの?」

 連絡がないので恵那が心配になって聞いてきた。

「大丈夫よ。今、敵は3つに分断されているから各個撃破の好機よ。だから目の前の敵に集中して」

 ルコはそう言いながら端末室へと入っていった。そして、遙華を床にゆっくりと寝かせた。

 敵はルコ達を追って12匹、3台を取り囲むように25匹、恵那・瑠璃の所には12匹となっていた。恵那・瑠璃の場合は大変だろうが距離を取りながら削っていけば、時間は掛かるが突破は可能だと思われた。3台のところは心を鬼にして囮になってもらう事とした。やはり、ルコは自分のところが問題だった。ただ冷静に考えてみると、この場合はルコ達の方が囮といった方がいいだろう。ルコ達は4人で、杏達は24人なのだから。

「ルコ、吾をここに置いて逃げるのじゃ。吾が囮になって主を逃がすのじゃ」

 遙華は自分の運命を覚悟したように静かに柔らかく言った。

「何言っているのよ」

 ルコは遙華の言葉を聞くと低い小さな声でそう言った。そして、遙華の手に握られている銃を奪い取ると立ち上がった。なんか静かに切れたという感じだった。

 遙華は銃を取り戻そうと手で追ったが、痛みでそれが出来なかった。

「いい。私は何とかすると言ったわ」

 ルコは遙華を睨みつけて静かな口調でそう言った後、

「諦めたりしたら一生許さないからね!」

と怒鳴り付けると、ルコは踵を返し、端末室を出ていった。

「やれやれなのじゃ……」

 自殺用の銃を奪い取られた遙華はルコを見送ってそう言うしかなかったが、切れたルコを見て笑っていた。

 ルコは拳銃を両手に渡り廊下へと向かっていた。その間に、弾倉を新しいのに入れ替えていた。両方共23発残っていたが、万全を期すため、新しい24発の弾倉に入れ替えた。

 渡り廊下には環境に慣れた猪人間がすでに侵入していた。

 ルコはそれを見たすぐに渡り廊下へと入っていった。

 実はこの渡り廊下凄く長く、100m近くあった。棟は2つしかないのでこんなに長い必要性は皆無なのだが、研究所自体の歴史は数百年あり、その間に非効率なビルドアンドスクラップが繰り返されてこんな姿になったのだろう。渡り廊下の壁にはかつて出入り口だったと思われる場所が塞がれた箇所がいくつもあった。もしかしたら、建設途中だったのかもしれないが、いずれにせよ射撃能力が低いルコにとっては不利な建物かもしれなかった。ただ、密閉空間で天井があるので、猪人間達は石弓を使いづらいという有利な点もあった。また、廊下は狭く、ルコ達異世界人は二人で並走できたが、猪人間の体型ではせいぜい1.5匹がやっとだという事も有利といえば有利だった。

 ルコは渡り廊下を猪人間に向かって歩きながらふと両手に持っている銃が目に入った。2丁拳銃である。期せずしてかっこよくなったが、何故か拳銃という言葉が引っ掛かった。

 そんな事を考えているうちに猪人間がジリジリと近付いてきた。走り寄ってきてもいいものだが、向かってくるルコに対して明らかに警戒心を持っていた。放浪種なので頭が切れるせいだろうか、余計な事を考えているようだった。

 拳銃って本来近接戦闘用よね。瑠璃・遙華・恵那はこの世界の補正照準と相性がいいみたいだから400mとかの狙撃を成功させるけど、私は相性が悪いのかな?でも、こぶしの銃って書いて、拳銃だからパンチよね。パンチを撃つように銃を打つべしとかなんかの映画のセリフでなかったかしらとか思いながら、ルコは明らかに変な思考に入っていた。この期に及んでである。

 そんな変なルコに戸惑いを覚えたのが先頭の猪人間で、奇声を上げて槍を構えて突っ込んできた。何だか耐えきれないという感じだった。

 ルコは突っ込んできた先頭の猪人間を見て、普段なら慌てるのだが、全く慌てる様子もなく、歩みも止めもせず緩めるもしなかった。そして、猪人間の動きはまるでスローモーションを見るようにハッキリと一挙手一投足が見えた。まるで走馬灯のようだと思っていた。

 猪人間はますますルコに近付いていき、間もなく槍の範囲に入ろうとした刹那にパンチを撃つように撃つべしと頭の中で唱えながら本当に右手の銃を突き出して撃つと、猪人間の眉間に命中した。眉間を打たれた猪人間はもんどり返って倒れてそのまま絶命した。その場が一瞬で凍りついた。他の猪人間達は何が起きたのかを把握するのに明らかに手間取っていた。

 一方、ルコはそのまま何事もなかったように死体となった猪人間の横を通り過ぎて生きている猪人間の方へと歩み続けた。恐らく逃げていく人間はたくさん見ているが、向かってくる人間はそんなに多くなないだろうから、猪人間達はルコの事をどう思っていたのだろうか?恐怖までは行かないにしても不気味さは感じているようだった。

 ただ二匹目は比較的冷静だった。近付いてくるルコとの間合いを図っているように、槍先を上下に揺らしながらルコをじっと見ていた。そして、ルコが自分の間合いに入った瞬間に、奇声を上げて一気に突撃してきた。それに続いて連動するように3匹目、4匹目と続いていった。

 ルコは突撃してきたのを見ると、それをかわすように今度は後ろ足で下りながらパンチを撃つように撃つべしとまた呪文を唱えながら今度は左手の銃を突き出しながら銃撃した。弾はまた見事に猪人間の眉間を貫いて、もんどり返って倒れていくさまをスローモーションのように見えていたが、同時にその屍を飛び越えて次の猪人間がルコに迫ってきたのがやはりスローモーションのような感じで見えていた。

 ルコは左手を引っ込めると同時に、呪文を唱えながら右手を突き出して銃撃をした。ただ引き金を引く瞬間に眉間には当たらない事は分かっていた。しかし、修正していると槍先が自分を貫かれてしまうのでそのまま銃撃していた。弾は猪人間の左肩に当たり、バランスを崩した猪人間の槍はルコを捉える事ができなかった。ルコはすぐに右手を引いて、左手を突き出すと、呪文と共に今度は心臓を貫いた。猪人間がもんどり返って倒れる時に血が溢れ出し、近かったので返り血を右頬に浴びた。

 ルコは嫌な気持ちになったが、悲鳴は上げなかった。そう感じているうちに次の猪人間が突っ込んできた。ちょっと嫌な気持ちになって集中が途切れたのか、少し反応が遅れたため、銃を突き出す前に連続で銃撃し、猪人間の両足を貫いて動きを止めてから3発目で心臓を貫いた。今度は先程よりもっと近かったため、左頬だけではなく、左半身ほどんどに返り血を浴びてしまった。しかし、今度は表情を全く変えずに次の猪人間に備えた。

 ルコは依然として後ろ足でゆっくりと下りながら仲間の屍を越えてくる次の猪人間に今度はタイミングよく左手の銃を突き出すと今度はばっちり眉間を捉えて葬り去った。そして、ここから右左右とタイミングよく敵の呼吸に合わせる事が出来て、3匹連続で一発で仕留めていった。その光景を目の当たりにした次の猪人間はひるんでしまって逃げ出そうとして振り向いた瞬間、ルコは容赦なくその後頭部を撃ち抜いた。そして、逃げ出そうとした猪人間とぶつかった次の猪人間は尻餅をついていた。ルコはそんな猪人間に対しても容赦なく眉間を撃ち抜いた。

 残り2匹、ルコは一気に倒そうとしたが、9,10匹目を倒している間に2匹には距離を取られてしまっていた。

 2匹の猪人間は半身になり、石弓を使い始めた。ただ、閉鎖空間で距離感が掴みづらいのか、あまり脅威にはなっていないようだった。

 ただ、ルコの方もルコの方で10m以上、距離を取られていたので、ルコの腕前では弾が全く当たらなかった。そして、今まで見えていた猪人間の一挙手一投足も見えなくなり、本来の姿に戻っていた。

 銃撃をしながら下手に近付けば矢に当たりそうだし、ここのまま留まってのまぐれ当たりも怖かったので、ルコは仕方なく後退を開始した。

 今までの快進撃は何だったのかと情けなく思いながらズルズルと後退をしていた。明らかに形勢は不利になりつつあった。

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