その4

「見付けましたわよ!反逆者共!これでも喰らいなさい!」

 インカムを通じて杏の思いも寄らない怒鳴り声が聞こえてきた。そう、こいつらは別にルコ達に助けを求めて猪人間達を引き連れてきたわけではなかったのだ。

「マリー・ベル、有線ケーブルを切断!3台が突っ込んでくるから退避行動を準備!」

 ルコは杏の下品な言いようにすぐにその意図を読み取り、すぐに指示を出した。並走している遙華は驚きと怒りのあまり体が震えていた。

「はい、承りました」

 マリー・ベルはこんな状況でも無機質な口調でそう言った。流石にAIであり、この状況では冷静に指示を実行できるのでルコは逆に安心感を持った。

「ルコ!遙華!」

「ルコ様!遙華様!」

 冷静なマリー・ベルとは真逆に恵那と瑠璃は一気に悪くなった状況に悲鳴にも似た声で二人の名前を呼んだ。

 3台の車は研究所に入るための直線道路に既に進入していて、猪人間を後ろに引き連れて一直線に並走してルコ達の車へ向かってきていた。

「マリー・ベル、私達が間に合わなくても構わず退避行動を取りなさい。瑠璃、恵那、できれば、猪人間を迎撃して」

 ルコはそう指示を出しながら走る速度を必死に上げようとしていたが、ほとんど上がらなかった。その横を遙華が並走しているのだが、どう考えてもルコより早く走れるはずだったが、同じ速度で走っていた。

「ルコ、もう少しなのじゃ!」

 遙華はルコを励ますようにそう言った。

 その言葉を聞いてルコは最初の後悔をした。早く遙華に先に行くように言っていれば、遙華だけでも間に合っただろう。どうしてそこに思いがいかなかったのかととても後悔した。ただ、これはルコの誤解でもあった。そんな事を言われても遙華は絶対に先には行かなかったからだ。

 二人は渡り廊下を抜け、管理棟をすぐに抜けると、外に出た。しかし、ルコの予想したとおりそこにはルコ達の車は停まっていなかった。それどころか、壮絶な光景が広がっていた。

 瑠璃と恵那を乗せた車は杏達の3台の車を避けるために、急発進して左側に逃れようとしていた。それを見た3台はハンドルはないが右ハンドルを切ったのだが、バラバラに切ったため、3台がもつれ合うように衝突を繰り返し、制御不能となって3台ともルコと遙華の目の前で横転した。

 その光景を見て、ルコは都市抜消ぬけしでの杏達への仕打ちを後悔した。無論、杏達の方が悪いのだが、目の前の光景を見て自分が傲慢だったのではと思い、とても後悔した。

 また、瑠璃と恵那を乗せた車も逃げ切れずに、右後部に接触されたため、車がスピンして一回転して横転しそうになったのをマリー・ベルの制御プログラムで踏ん張って止まった状態だった。そこに猪人間が殺到していく様子を、横転している3台の車の隙間からルコと遙華が見ていた。

 この光景は考えるまでもなく、ルコの傲慢ではなく、杏達の狂気が引き起こしたものであるが、瑠璃と恵那を乗せた車も衝突に巻き込まれた事で、ルコは良心が抉られるように痛んだし、後悔した。

「マリー・ベル、一旦幹線道路側に退避!」

 ルコはすぐに状況を把握して指示を出した。後悔はしたが、それに溺れている暇は全く無かった。

「はい、承りました」

 マリー・ベルはそう言うと、迫り来る猪人間の網の薄いところを簡単に突破していった。

「ルコ……」

 恵那がインカムを通じて絶句していた。ここでの離脱はルコと遙華を諦める事になると思ったからだ。

「体制を立て直してから助けに来て。車が捕まったら私達全員終わりよ」

 ルコはインカムを通じて恵那に呼びかけた。

「分かった。すぐに何とかするから!」

 恵那は半分鳴き声でそう叫んだ。

「ルコ様、遙華様、安全な所で隠れてて下さい。すぐに戻ってきます」

 瑠璃はルコと遙華を励ますようにそう言った。その言葉には強い決意も込められていた。

「ルコ、建物に戻るのじゃ」

 遙華はそう言って、ルコの手を引いて建物内に入ろうとした瞬間、一匹の猪人間が群から離れてルコの背中目掛けて石槍を突き立ててきた。

「ルコ!後ろじゃ!」

 遙華はそう叫んだ。

 ルコは遙華の言葉に反応し、後ろを振り返った。すると、嬉々とした表情で猪人間が石槍を突き立ててルコの突進してくるのが見えた。刺されたと思った瞬間、突き飛ばされてルコは地面に転がった。そして、目の前に信じられない光景があった。遙華がルコを庇って刺されていた。

 遙華は苦痛に顔を歪めながら抜いていた銃を猪人間の眉間に向けていてすぐに銃撃をして葬り去った。

「ルコ、主は大丈夫じゃろうか?」

 遙華はルコを見て弱々しく言った。

 どう見てもルコより遙華の方が心配される側であった。

「遙華!」

 ルコは遙華の言葉を聞いてようやく事態の把握ができ、悲鳴を挙げて転げそうになりながら立ち上がり、遙華に駆け寄った。

 遙華はルコが無事なのを確認すると力が抜けたように崩れ落ちた。

 ルコは遙華を何とが抱きとめると、地面にゆっくりと寝かせた。

「なんか、とっても痛いのじゃ……」

 遙華は苦痛に顔を歪めながら笑おうとしていた。

「待って、すぐに抜くから」

 ルコは遙華の脇腹に垂直に刺さっている石槍を抜こうとした。

「ルコ様、抜いてはなりません。大量出血の可能性がありますので、槍の柄を銃で切り落とし、止血剤を周りに流し込んで下さい」

 マリー・ベルはルコの行動をそう言って止め、処置の指示を出した。

 ルコは銃を取り出すと、石弓の柄を持って銃撃により、それを折った。そして、腰から止血剤の瓶を取り出して、蓋を開けると傷口目掛けて空になるまで液体を注ぎ込んだ。

「ルコ!遙華!何があったの?」

 恵那は取り乱してインカムを通じてそう聞いてきた。

「遙華が刺された!」

 ルコは絞り出すような声でそう答えた。

「遙華、大丈夫なの!」

 恵那は半狂乱になりそうだった。

「吾は死んでいないのじゃ……」

 遙華はなるべく陽気に言おうとしているようだった。

「まりぃ様、すぐに突入を!」

 瑠璃は取り乱した声でマリー・ベルにそう指示を出した。

「待って!」

 ルコはその指示を制止した。目の前に死に掛けている遙華がいるのに自分は冷静すぎて薄情だと思い、自己嫌悪で吐きそうだった。

「しかし……」

 瑠璃はびっくりして反論しようとしたが、言葉が続かなかった。ルコの言葉で、瑠璃にも今突入すれば、全滅する事が明白な事を思い知らされたからだ。

「そう、それでいいのじゃ。吾らはルコが健在な限り切り抜けられるのじゃ」

 遙華は苦しそうにそう言うと満足そうに笑った。

「遙華、これ以上喋らないで!何とかするから!」

 ルコはそう言うと作戦を考えようとしたが、横転している3台に群れていた猪人間から何匹かがあぶれてこちらにやって来るのが見えた。

 ルコは遙華を抱き抱えると、管理棟へと向かって走っていった。考える間もなく逃げるところはそこしかなかった。

 ただ猪人間の身体能力はルコを遥かに上回るために、一気に差を詰められた。

 ルコは遙華を抱えながら足が壊れるんじゃないかというぐらいの人生の最高スピードで走り続けると、何とか捕まらず管理棟に飛び込むのに成功した。

「マリー・ベル、ドアを締めて」

 ルコは管理棟に入るとすぐにそう言ったつもりだったが、既にかなりの人数の猪人間に入り込まれていた。

 ルコは息をつく暇もなく、管理棟を抜け、渡り廊下へと入っていった。

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