その5
城壁の上から脱出できたからと言って決して安全ではなかった。安全度という点ではむしろより危険になったとも言える。
「現時点で、外の猪人間がどのくらい城壁に上った?」
ルコはマリー・ベルにそう聞いた。
ルコ達は車両前部の座席に座って状況の推移を見守っていた。
「7割弱と推定されます」
「うーん、やっぱりもうちょっとこちらに引きつける必要があるわね」
ルコは腕組みをしながらそう言った。とは言え、5割程度と思っていたので、思ったより多く上って来てくれていた。もう少し引きつければ、思ったより楽に突破できるとみていた。
「門から出ないのですか?」
インカムを通りして杏が聞いてきた。
「今すぐには出ません。まだ全部が城壁に上がって来てはいませんので、今出たら包囲されます」
ルコは平然とした顔でそう答えた。思ったより上手く行っているから平然としていた。
その表情を見て、瑠璃・遙華・恵那は黙ってリーダーたちのやり取りを安心感を持って見守っていた。
「では、どうするの!」
インカムを通りして景が焦ったように言ってきた。
「こちらに引きつけるために一度都市内を走ります」
またしてもルコは平然とした顔でそう言った。これは当初の予定通りだったからだ。
「そんな危険な事は私達はやらないわよ!」
インカムを通りして怒鳴り声を上げたのは順だった。
「ここに残ると、包囲されて捕まりますよ」
ルコは相手が何を言っているのかがちょっと分からなかったの驚いてそう言っただけだったが、この言葉は余程強烈だったみたく三人のリーダーが絶句しているのがインカムを通りして分かるほどだった。ルコとしてはただの事実を言っただけなのだが。
「そんな事を言っているうちにじゃ、ほら、奴らが来たのじゃ」
遙華がそう言うと、ほぼ垂直の城壁を途中から滑り降りるように猪人間達が降りてきているのが見えた。
遙華の言葉は更なる脅し文句として三人のリーダー達を震え上がらせたようだった。以降、何も文句を言わずにルコ達に従った。ただ、ルコ達にとっては敵を引きつける必要があったので、こちらの行動を視認してもらはなくてはならないのでそれまで止まっている必要があった。
「では、出発します」
ルコはそう言うと、車を城壁沿いに北北東へ向かって走り出した。他の三台の車もそれを追った。
車はゆるゆると走りながらわらわらと人数が増していく猪人間達がその後を追った。
「最後尾車両は敵を牽制して近付けさせないようにして下さい」
ルコはインカムで最後尾の順の車にそう指示を出した。
順の車はルコの指示に従い、猪人間達に向かって銃撃を開始した。
車列は縦一列でしばらくそのまま進んだが、猪人間との距離は縮まる一方だった。どうも牽制にはなっていないようだ。
「ルコ様、このままでは最後尾の車両が半包囲されます」
瑠璃はあまりうまく行っていない事に驚いていた。
「奴ら、吾らの倍の人数なのに牽制一つできないのじゃろうか?」
遙華は呆れながらそう言った。
ルコ達は四人だが、後続の3台にはそれぞれ八人ずつ乗っていた。
「まあ、さっき一緒に戦ったけど、そんな感じだったじゃない」
恵那はあっけらかんとそう言った。
ルコは恵那の言葉を聞いてそういう事は早く言ってよねと思ったが、後の祭りだったので口をつぐんだ。
「仕方がないわね」
ルコは呟くように言ってから、
「後続の三台は次のT字路を左折して!後ろの猪人間は私達が処理します」
と指示を出した。そして、立ち上がると、他の三人とともに、車両後部へと向かった。
ルコ達の車は次のT字路を直進してすぐに止まり、他の3台は次々と左折していった。そして、最後の車が左折をした瞬間に猪人間達が目の前に現れた。
「射撃開始!」
瑠璃がそう号令を掛けると、四人は一斉に銃撃を開始した。
不意を衝かれた格好になった猪人間達はバタバタと倒れていった。牽制にならない銃撃から一気に精密射撃になった感じで、油断していた所にきつい一撃を食らった感じだ。
「これはこれでありなのじゃ」
遙華はそう言いながら銃撃を続けた。
確かにありなのだが、猪人間も一方的にやられているはずがなく、混乱しながらもやがて距離を取り体制を整え始めた。それを見たルコはつかさず、
「右折して三台を追って!」
と言った。
車はいつものようにバック走行の形になり、右に曲がり前の3台を追った。
ルコ達は今度は後部から前部へと走って向かった。なんか慌ただしかった。
ルコ達四人は車両前部に戻ると、すぐに牽制射撃を開始した。
「次の十字路を左折して下さい。速度を上げすぎないように」
ルコは銃撃を続けながら前の3台の車両にそう指示を出したが、応答はなかった。
しかし、3台の車両はきちんと左折していった。ルコの言う事を聞きたくないが聞かざるを得ないという感じか。
ルコ達の車もそれに続いて左折し、猪人間が視界から消えた。道は分離帯があるちょっと広い道だった。
「このまま門に向かうと敵の数はどれくらいだと予想できる?」
ルコがマリー・ベルにそう聞いた。
「現在のところ、9割弱が城壁を上り切ったあるいは上り中です。シミュレーションの結果ですと、門前の30程度、門外に30程度と推察されます」
「しみ?結果?何を言っているんじゃ、まりぃは?」
遙華は聞き慣れない言葉に反応した。
「あまり引っ張っても包囲されるだけよね」
ルコは遙華の反応をよそに独り言を呟いた。そして、
「ここから最高速度で突っ込んだ場合の予測は?」
と更に聞いた。
2つ隣ではルコに取り合ってくれない遙華がちょっと寂しそうだった。
「ほぼ変わらないと推察されます」
「よし、脱出するわよ。最高速度で一番前へ」
ルコがそう言うと、車は反対車線に出て一気に前に躍り出た。
「皆さん、門から脱出します。私達に付いてくて下さい」
ルコはインカムでそう呼びかけると、バック走行をしている車の後部へと走り出した。
それに他の三人も続いた。さっきから本当に慌ただしかった。
「東門開放!」
ルコは後部区画に着くと同時に門を開けるように指示を出した。
車列はしばらく直線を進んでいき、門へ通じる十字路を左折していった。
左折すると同時に東門の重そうな門がゆっくり上がっていくのが見え、その前に猪人間の一段が見えた。
「前方に猪人間を確認。門前に数21、門外には数20」
マリー・ベルがそう報告してきた。
「一気に突破するわよ!」
ルコがそう言うと、車列は真っ直ぐ門へ向かっていった。
また、前方の猪人間に対してはすぐに銃撃を加えていった。数が少ないので照準を定めやすいので、瑠璃・遙華・恵那は次々と倒していった。無論、ルコは一発も当てられなかった。
しかし、後方からは大量の猪人間達が迫り、門の2つ前の十字路を通過した際には側面からも猪人間達が迫っていた。また、城壁に沿った門の手前の十字路からも猪人間が戻ってきたので、門前の猪人間の数が減る気配がなかった。
「ルコ、このまま突っ込むの?」
恵那がルコに意思の確認をしてきた。
「ええ、これがおそらく最後の機会よ!跳ね飛ばしてでも突破するわよ!」
ルコはそう決意表明をした。
それを聞いた他の三人は益々銃撃を強めていき、次々と猪人間を葬り去っていった。ルコももちろん銃撃を強めていった。そして、ゴンギャンゴンギャンという嫌な音がして猪人間の何匹かを跳ね飛ばしていった。
車列はそのまま開けきっていない門に突入し、門と車の天井が擦れるギーというまた身の毛のよだつような音を出して、次々と突破していった。とりあえずは門外に出る事に成功していた。
また、門外出たら出たで正面に立ちはだかっていた猪人間を跳ね飛ばすと共に銃撃を浴びせて、突破口を開いた。
「門を閉鎖!」
ルコは門外に出て4台全てが門を通過するのを確認すると、すぐにそう言った。無論、後方から追い掛けてくる猪人間を防ぐためだった。
門は上がる時とは違い、ゆっくりとではなく、一気に落ちるように閉鎖したため、下にいた猪人間達が門で潰された。あまりみたくない光景だった。
門が閉ざされても数十人は門を突破してきたため、ルコ達は対応しなくてはならなかった。
「皆さんは次の十字路を左折して北上して逃げて下さい」
ルコは応答がない三台に向かってそう指示を出した。そして、ルコは
「スピンターン、出来るわよね、マリー・ベル」
とこちら側の指示を出した。
「はい、承りました」
車は十字路に差し掛かると、一旦左折したように見えたが、キュルルンというタイヤがスリップする音と共に反時計回りで180度向きを変えた。
「なんじゃ!?」
「何?!」
「なんです?!」
遙華・恵那・瑠璃は思わず声を上げて手すりに捕まって遠心力に耐えた。
ルコの方は事前に何が起きるか分かっていたので、両手でしっかりと手すりを持っていた。ちょっとずるいかもしれない。
ターンが終了すると、目の前を後続の3台はそのまま左折していき、北上していった。そして、その後方に猪人間達が追撃してくるのが見えた。
「どうなってるんじゃ?」
遙華は狐につままれたような顔をしていた。恵那と瑠璃も同様だった。
「それより敵が来るわよ」
ルコがそう言うと、四人は銃を構え直して向かってくる敵を撃ち始めた。
猪人間達はまたもや不意を衝かれて混乱した。しかも数は30程度で決して精強とは言えない集団だったので、ルコ達の敵ではなかった。
敵はルコ達の圧に耐えきれず、後退したところをルコ達はすぐに車を右折させ、その場を離脱していった。
北上を続ける車の中で、再びルコ達は車両前部から後部へと移り、追撃に備えようとした。しかし、車列の後方に着いたところで確認したところ、追撃は一切なかった。
「どうやら追撃は無いようね」
ルコはホッとしながら言った。なんとか今回も生き延びたようだった。
「しっかし、先のさいたぁとはなんじゃ。気付いたら向きが変わっておったのじゃ。ルコ、主は色々な事を知っているのじゃな」
遙華はちょっと興奮気味に言った。
「ええ、まあ、知識があってよかったわ」
ルコはそうは言ったが口調が気のないものだった。そして、
「それより、みんな、ごめん。こんな危ない事になってしまって。もっと早く決断するべきだったわ」
と言ってルコは三人に頭を下げた。
「ルコ様、それはお互い様ですわ。妾達ももっと早く逃げるように提案すべきでしたわ」
瑠璃が申し訳無さそうな顔をしてそう言った。
「そうじゃな。それについては吾ら全員が悪いと思うのじゃ」
遙華も先程の興奮から一転して済まなそうに言った。
「そうね、あたしもそう思うわ。でも、早い段階で逃げようとは流石に誰も言い出せなかったわよね。良心の呵責ってやつよね」
恵那は素直に思った事を言った。
四人は自分の至らなさをお互いで言い合う事によって少しは気持ちが楽にはなったが、やはり落ち込んでいた。決断を欠いた事もそうだが、少なからず戦闘による消耗がそうさせていた。そして、何より今回犠牲になった人々への思いがルコ達の心に一層重くのし掛かっていた。
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