あたし以外みんな忍者!
湖宮巫女
『はいはい、そういう設定ね』
――――好きなことは頑張ること。
一生懸命努力すれば、その分だけ成長できるし夢へ近づける。
それはほんの僅かかもしれない。距離にしたら半歩にも満たないかもしれない。
でも地道に積み重ねていけば、自分が今いる場所よりも確実に前へと進める。
昨日の自分をずっと誇れるように。
明日の自分がもっと輝けるように。
――――せいいっぱい、あたしは今を生きる。
庵鈴華(いおりすずか)は〝アイドル〟である。
くりっとした丸い瞳な幼顔、セミロングの黒髪。キレイ系よりもかわいい系という声がほとんどだ。年齢よりも上に見られたことがないのは自慢でもあり、悩みでもある。
これまで生きてきた十八年。その努力の甲斐あって、鈴華は大切な仲間たちと共にアイドルとしてステージに立つ日々を手にした。幼い頃から思い描いていた夢がついに叶ったのだ。
特別裕福なわけでもない、飛び抜けて可愛いわけでもなければ歌やダンスが得意なわけでもない。容姿や環境、能力、どれをとっても鈴華より優れている人間など無数に存在するだろう。
だから一生懸命頑張った。ひたすらに人一倍努力した。
……だが、どんなに頑張ってもどうにもならない状況に陥ってしまっていた。
「んぅー…………?」
リン、と鈴の音が鳴った。その音に呼び起こされるように、薄く瞼を開く。
ボヤけた視界に映る光景を、ただぼーっと眺めること十秒と少々。
「…………ありゃ? ここは、どこー?」
見渡すそこは――――土とか草とか木とか。空を羽ばたく鳥とか。風に吹かれ、葉が揺れる音とか。頬を撫でる爽風が緑の匂いを運んできた。
ほどなくして、どうやら自分は森の中にいるようだ、と半覚醒の頭ながら辛うじて理解したのだった。
「……………………は? 森? なんであたしこんなところにいるの?」
大木を背もたれ代わりに、だが敷物も無しに地面に座り込んでいた体を慌てて飛び起こす。
そしてようやく事態の異常さに、焦った。
「ま、待って待ってっ、なにこれなにこれ!? …………よし、とりあえず落ち着こう」
深呼吸深呼吸、と今一度辺りを見回してみてもやはりそこは変わらず山の中だった。
「……………………へぇ……そ、そうきたか…………な、なるほどね……さすがあたし」
なにが「さすがあたし」なのかはまったくもって意味不明だが。
うーんうーん、と唸りつつこうなる前の記憶を懸命に辿る。
まず自分自身が誰なのか、それは当然覚えていた。どうやら記憶喪失ではないようだ。
「――――ああ、目が覚めたんですね。よかった」
こちらに近付いてくる、その声には聞き覚えがあった。
さらさらとした長い黒髪。いつも通り丸出しにアップされたおでこのおかげでハッキリとその可愛らしい顔は確認できた。
自分と同じアイドルグループであり、無二の親友でもある〝葵(あおい)〟。
「あおいだー! 会いたかったよー!」
安心と喜びのあまりすぐさま駆け寄り、抱きしめると。
葵は少し驚いたような顔を覗かせる。だがそれに気付いていないのか鈴華は構わず続けた。
「もー、ビックリしちゃったよー! 起きたらいきなりこんな場所にいるんだもん! あおい、何か知ってる? あたしさー、全然思い出せなくってー! もしかしてキャンプとかしてたっけ?」
「は、はぁ…………?」
「ん? どったの?」
「……ど、どうして私の名前を知っているんですか?」
「へ?」
若干の間を経て、戸惑いながらそう口にした葵に、鈴華は「んー?」と頭の上にハテナを浮かべた。
どうして知ってるのかって、そんなの私が鈴華であなたが葵だから。それ以外に説明の仕様がない。おかしなことを言う子だ。
どちらかというとボケ担当は自分で、葵はツッコミ担当だったと記憶している。
「……はっ! もしかしてあおい、 記憶喪失とか? あたしだよ、あーたーし! 鈴華だよー! 思い出してーっ!」
肩を掴み、ぐらんぐらんと揺らしてみると。
「ちょ、ちょっとっ!」
「思い出した? 思い出してくれたー?」
「思い出しませんって! 思い出すどころか最初からあなたのことなんて知りませんから! いい加減離してください!」
なにこの人頭おかしい、といったヒキ気味の顔で葵は抵抗感を露にしてきた。
まぎれもなくそれはツッコミだった。だが鈴華はボケたつもりはない。
……あたしのことを、知らない?
手を払いのけられ、唖然とする鈴華は思う。もしかしてこれは…………ドッキリ?
「ほほー。なるほど、なるほどねー」
なんの前触れも無しに、拉致ってどこかもわからない山に捨てるとか雑すぎる扱い。
駆け出しとはいえアイドルに対するドッキリにしてはなかなか荒々しいものだと心中で愚痴りつつも、どこか嬉しそうな表情をみせる。
きょろきょろと周りに目をやった後、再び近付き、小声で言った。
「ねぇ、あおいー。ドッキリなんでしょ、これー。ふふふー、あたし気付いちゃった。カメラってどこにあるの? こっそり教えてよー、ねぇー」
「かめら? どっきり?」
「あはは、知らないふりしなくたっていいからさー。演技得意じゃないくせにー」
「知りません。初対面です。あと近いです」
「ひどいっ!?」
またもやバッサリ否定されてしまった。
はぁ、とため息を落とした葵は手に持っていた竹筒のようなものを差し出してきた。
「とりあえず、水飲みます? これで少しでもまともな思考を取り戻してもらえれば幸いなのですが」
「おおーありがとー! 実は喉カラカラでさー! ってまるであたしがまともじゃないみたいな言い方!」
「どう見たってまともじゃないので当然です」
「あぅ、あおいが冷たいよぉ……あ、お水も冷たくっておいしー!」
渡されたがままに水をごくごく飲む鈴華を不思議に思いながら葵は静かに問う。
「……本当に覚えていないんですか? あなた、ここに倒れてたんですよ?」
偶然通り掛かった葵は、気持ち良さそうに眠っていた鈴華を発見。何度呼び掛けても鈴華はまったく起きる気配を見せなかったので、近くに流れる川まで水を調達に行っていたらしい。
「あたしが、ここに寝てた?」
こんな見覚えのない森の中で爆睡?
というかシティガールの鈴華からすればまず見覚えのある森がない。森林浴をするくらいなら半身浴をするだろう。ついでに山よりも断然海派だ。
「はいはい、そういう設定ね。ていうかさっきからその他人行儀。せめて名前で呼んでよねー」
「他人に対して他人行儀は至極当然なんですけど……まあいいです。名前ですが、そういえばさっき言ってましたね。えーと、たしか、すず――――」
葵が思い出そうとしているそこに、ガサッと葉が揺らされる音。
その方から生い茂る草木を掻き分け、何者かがひょっこり姿を現した。
「ん~? その子やっと目覚ましたの~?」
「あっ、ねむねむ! ねむねむもいたんだ?」
「ほぇ?」
淡い栗色の髪。百五十センチ程の小柄な体躯。
ぽけーっと眠たげな表情を浮かべているこの少女のことも、鈴華は知っていた。
「眠璃、今までどこに行っていたんですか? 私が水を汲んでくる間、この人を見ててってお願いしておいたのに」
「全然起きないからあっちで鍛練してたの~。んぅ? ねむねむ?」
そう呼ばれたことに疑問を持ったのか、じーっと鈴華を見つめた後。
視線で訊くと、葵も困ったような表情で首を傾げた。
「どうして私だけじゃなくて眠璃の名前まで……」
「葵ちゃんが教えたんじゃないの~?」
「まさか。そんなわけがないでしょう」
首を振ってそれを否定する葵。〝ねむねむ〟というのは鈴華が勝手にそう呼んでいただけの愛称。ちなみに鈴華以外は誰一人として使っていない。
本名としては葵が口にしたように〝眠璃(ねむり)〟という。
この眠璃も鈴華と同じアイドルグループのメンバーだったのだから、名前を知っているのは鈴華からしてみれば当然なわけである。
だが鈴華に対し、葵同様に初対面のような反応を見せる眠璃。
「ねむねむまで……やっぱドッキリなの? それとも、もしかしていじめ? あ、そうだ!」
二人のやり取りを眺めていた鈴華は、とりあえず持ち物に手を伸ばした。といっても普段持ち歩いているバッグが一つのみ。こんな小荷物だけで山登りをするとはやはり考えられない。
「あぅ……圏外だ」
取り出してみたのは、現代人の生命線ともされるスマホ。しかし肝心の電波が行方不明だ。
「山の中だからかなぁ。どっかに電波いないかなー?」
あまり意味は無いらしいがスマホを空に掲げ、うろうろしてみる。
その不審な挙動をまじまじと観察するように、葵と眠璃は。
「……すごく変な人なんですよね」
「あやしさの固まりなの」
「つい介抱しちゃいましたけど、どうしましょう」
「殺す? どこかの諜報かもしれないの」
「うーん……でも悪い人じゃないみたいですよ? それにさっき私が渡した水も躊躇いなく飲んでましたし」
「えっ、それもし敵だったらアホすぎるの」
なにやら物騒な話をしていた。
だが電波を求め、ぐるぐると、時にぴょんぴょん跳ねている鈴華にはまったく聞こえていない。
やがて電波入手に諦めた鈴華は二人に向き直り、ずっと気になっていた疑問をぶつけた。
「そういえばさ、あおいとねむねむって」
「ねむりはねむりなの。そんな変な名前じゃないの」
鈴華の言葉を遮り、眠璃。
「変じゃないよー。かわいいじゃん」
「かわいい?」
うーん、と少し考えた後。まあべつにどうでもいいかと、とりあえず納得した様子をみせる。
その隣の葵が鈴華に言う。
「それで、何か言い掛けてませんでした?」
「あ、うん。あおいもねむねむもさ、なんでそんな変な格好してるの?」
洋服というより和服に近い。とにかく黒かった。昨今のトレンドとはかけ離れすぎている可愛さの欠片もない地味さだ。ただ動きやすそうではある。
普通ならばまず街中には歩いていない、一種のコスプレ衣装のような二人だ。
「変って、ただの忍び装束ですよ」
「あんたの方がよっぽどおかしな格好してるの」
暖色系のロングスカートとグレーのパーカー姿の鈴華を指さし、眠璃は指摘する。
おかしいのあたしの方なの? それはさすがに無理がありすぎるのでは。
やはり意味がわからない。リアクションの正解がわからない――――というか。
ここで初めて鈴華の頭の中に『はたしてこれは本当にドッキリなのか?』という疑問が浮かび上がってきた。ドッキリではなかったら一体なんなのかという話になるのだが。
少し考え、鈴華。
「……ひとつ聞くけど、ドッキリ、なんだよね?」
どうせまた否定されるだろう、だがなんの捻りもない問いを今一度投げ掛けてみる。
すると今度は予想外の反応が返ってきた。
「さっきも言ってましたけど、その〝どっきり〟ってなんです?」
なんとドッキリという言葉の意味さえわからないと口にする葵。現代の日本ではとても考えられない。が、依然として二人がとぼけているといった様子も見受けられない。
「え、待って、本当に知らないの? あたしのことも? だってあおいとねむねむだよね?」
葵と眠璃は互いに顔を見合わせ――――そして。
「……逆にお聞きしますけど、あなたはどうして私と眠璃のことを知っていたんですか?」
真剣そのものな面持ちで訊いてくる葵に、鈴華は丸い瞳を更に丸くした。
私は二人のことを知ってるのに、二人は私のことを知らない? 記憶喪失とか? でも二人揃って? 一抹の不安を感じつつ、ひきつった顔で鈴華は答える。
「どうしてって、そんなの一緒にアイドルしてたからに決まってるじゃん」
「あい、どる? 知ってます? 眠璃」
「ううん。初めて聞いたの」
アイドルという言葉に関してもまるで理解できないといった様子の二人。そのガチっぽいやり取りに、鈴華の惑いがじわじわと濃くなっていく。そして、おそるおそる。
「じゃあ……二人は、なんなの?」
知りたいような知りたくないような、だが牽制気味に訊ねてみる。
と、葵はさも当然のように答えた。
「私と眠璃は〝忍び〟です」
「……はい?」
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