第12話 特別な夜

「じゃあな」


 俺は外に出て、まもる玲香れいかを見送った。

 あの後の三時間はあっという間に過ぎ、もう今では外が真っ暗になっている。

 そんな闇に包まれつつ、俺はきびすを返し、自宅へと戻った。

 これから夜飯の準備に取り掛かりたいのだが、案の定俺は雨音あまねから呼び出しを食らっている。

 正直、怒られる気しかしない。てか、それ以外考えつかない。兄が妹に怒られるなんてなんと屈辱的なんだろう。

 そんなことに悔しい気持ちを持ちながらも俺は勇気を振り絞り雨音が待つ部屋へと向かって行く。

 結構寒気がするがまあ、気にしない。

 そんな感じに若干の恐怖を覚えつつ部屋へと着いた。

 そしてお約束のノックをする。


「雨音、入っていいか?」

「うん。入って」


 珍しくまともな返事が一枚の扉を隔てて聞こえてきた。

 それに応えるように俺は扉を開ける。まず、初めの顔色で怒っているか否か判断がつくだろう。

 それを調べるために俺は雨音の顔を見る。

 一センチ、二センチ、三センチと、段々視線を上げていく。

 そこで俺には寒気が走った。

 ――雨音は怒っているのだ。それもだいぶ。

 これはやばい。本当にやばい。俺そんな怒られるようなことしたっけ。全く記憶にないんだけど。

 焦りながら一人で言葉のキャッチボールをしていると、お怒りである雨音が口を開いた。


「ちょっとここに座って」

「は、はい······」


 俺は威圧感にされて、弱々しい返事しか出来なかった。

 命令通り俺は可愛らしいカーペットに座る。


「な、何か用があるのか?」


 勇気を振り絞って尋ねてみた。しかし、それに答えようとしている雨音の様子はない。

 そして、五秒程の沈黙を隔てて雨音が口を開けた。


「ええ、何で友達を家に連れて来るって私に言ってくれなかったの?」


 やっぱりか······。

 雨音が怒っている理由はそこら辺のことだと思っていた。

 正直な理由は単純に驚かせたかった、だけなんだけど、それ言うと怒られそうなので、俺は軽く嘘を吐くことにした。


「だって、あいつらが雨音に会いたいって言ってきて、だけどそれは雨音には言うなって命令されたから······」


 俺の声は言葉尻に近づくに連れ、自信がないものへと変わっていく。

 それも、段々と罪悪感が膨れ上がってきたからである。

 もちろん、こんなの嘘。守と玲香を巻き込んだ嘘。

 怒られないようにするのに、瞬時に思いついたのが、この二人のせいにするという最低な方法だったのだ。


「そうなんだ」


 これに対して、特に懐疑の目を向けることのない雨音。

 しかし、俺の身体はまだ罪悪感というものに支配されている。頼むからこの空間から早く抜け出したい。妹の部屋にいて、初めて俺はそう感じた。だが、それはやはりあまり簡単にはいかないようで······


「嘘だね」


 と、一瞬で見透かされたのであった。

 何で一瞬にして分かるんだ。俺の妹って心を読むエスパーか何かなの。


「······」


 心の中では言葉が瞬時に出てくるのだが、それを表に出すことがどうも難しい。

 だから、しばらくの間沈黙が走る。これによって俺の発言は虚言ということが雨音にとって確定したのだった。


「で、何でそんな嘘をく必要があったのかな?」


 恐ろしい。

 嘘を吐いたことによって威圧感は二倍にも増した。

 それは俺がネズミだとすると、追いかけてくる猫が二匹にも増えた感じだ。


「いや······雨音に怒られると思ったから」

「はあっ、友達のせいにするなんて最低だよ?」

「ごめん······」


 俺は謝ることになった。まあ、自業自得なんだろう。だが、これで嘘がバレたことによって、俺の身体に存在している罪悪感というものは薄れていった。


「まあ、五千円くれたら許してあげてもいいよ?」


 そんな中、俺はまた金を要求された。

 雨音の発言を少し言い換えるのであれば、五千円をくれたら怒らない、ということだろう。

 仕方がない。

 俺はポケットに入っている財布を取り出し、さらにその中から五千円札を取り出す。


「はい。じゃあこれで許してくれ」

「わ、分かった」


 俺の素直な行動に雨音は少し驚いている様子であった。

 まあ、確かに今回に限っては相談という交換条件は特にない。単に俺が脅されているようなもんだった。

 にしても、恐ろしいな。まあ、この五千円札で俺らの関係が少しでも良好になるのなら、あげることに逡巡しゅんじゅんしないけど。


「じゃあ、俺は部屋に戻って勉強してくるな」


 俺は立ち上がり、雨音の部屋のドアノブに手を掛ける。しかしここで、


「ちょっと待って」


 と、雨音の方から声が聞こえてきた。何だろう。五千円もあげたし許してくれたはずなのに、まだ何か用があるのか。

 だとしたらそれってまさか······説教!? いや、冗談じゃねえぞ。

 そして、俺は覚悟を決めて雨音の口から放たれる言葉に耳を


「二時間ぐらい前に五千円あげるから勉強を教えさせて、みたいなこと言ってたじゃん。だから今、五千円貰ったから勉強教えて······」

「だけど、その五千円は雨音の怒りの代償じゃないのか?」

「いや、別に確かにそうだけど、その怒りの代償としても勉強を教えるお金としても二つ引っ括めて五千円札を貰ったから······」


 雨音はここで話の筋を少し変えてきた。普通ならば、その二つに対して俺が出す金は一万円。

 だが、それを雨音は五千円にしてくれた。

 俺にとってそれはサービスだ。無料で雨音に勉強を教えられる。

 だから断る理由なんてどこにもない。


「分かった。じゃあ二人だけで勉強会するか」

「うん」


 そして、俺らは夜飯を摂ることも忘れてたった二人で夜の勉強会を行った。

 昔からしてみれば、今のこの状態はすごい進歩なのかもしれない。

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