第11話 勉強会二
こんこん、俺は
「何?」
今回は珍しく一回のノックで返事をしてきた。
これは好感度が段々と上昇しているという証なのだろうか。だとしたら嬉しい。
「入っていいか?」
「うん。一万円くれるならいいよ」
と、ここで雨音はミスを犯した。
今、俺の隣には
俺は後々、雨音から怒りを受けることを悟った。そしたら、俺の背中には寒気が伝った。
「一万円はあげないが、部屋は開けるな」
そして、俺は雨音の部屋に足を踏み入れる。
そこには勉強に勤しんでいる最中の雨音の姿があった。
「ねえねえ、この問題おしえ······」
雨音は続きの言葉を放つことなく、現在硬直状態だ。
まあ、俺の隣に知らない二人が並んでいるからな、そんな反応するよな。
俺は一人で納得するが、雨音はそうはいかず、俺を睨んできた。
「あの、
第一声は雨音であった。さすが、コミュニケーションが高いだけはある。
そして、その質問に守は応じる。
「は、はい。そうですけど」
俺が聞くにその声音には驚きと喜びが含まれている。
まず、驚きは第一声が雨音だったこと。普通の女子中学生は初対面の人を前にするともじもじしてしまうものだ。なのに、それを裏切るように雨音は二人に第一声を浴びせた。
驚くことも無理がないと思う。
そして、喜びは単純に可愛い子と話せたという満足感からのもの。その証拠に守の頬は若干朱に染まっている。まじで、その満足感が膨れ上がって変なことを雨音にしたらいくら守でも許さない。
「あの、雨音ちゃん初めまして。
そして、守に続いて玲香がそう言った。
それに対して雨音は律儀に応じる。
「こちらこそ、初めまして。いつも馬鹿な兄がお世話になっています」
って全く律儀じゃなかった。
雨音は無駄な修飾語を付けて感謝の言葉を述べたのだ。
本当にそれは無駄、無駄すぎる。好きなハンバーグを残すくらい無駄な言葉だぞ。
「あれ、晴斗と違って勉強してて真面目だし、礼儀もしっかりしてるし、可愛らしい子だな」
守も分かってるじゃないか。俺の妹の長所をこんな短時間で三つ探し出すことが出来るなんてなかなかだな。
しかし、雨音の様子は少し引き気味。また無駄な奴が増えた、という感じの顔をしている。
「あ、はい。それはありがとうございます」
そんな顔をしながらも一応雨音は礼を言った。
そんな感じで自己紹介云々の時間は過ぎていき、勉強タイムに入っていく。
「雨音ちゃん。さっき
そう雨音の勉強のやる気を促したのはやはり玲香だ。
これに対して雨音はこの人は頭いい、と判断したのか即答した。
「じゃあお願いします」
そして玲香は雨音に勉強を教えていく。
一問、二問、三問、段々と教える問題の量は大きくなっていく一方で止まる気配がない。
このままだと数学学年一位の出番はなくなってしまうんじゃないか。
「なるほど。玲香さん解りやすいです!」
「ありがとう」
一方で、玲香の解説はやはり解りやすいのか雨音も理解の様子だ。
おいおい、だけど俺でも「解りやすいです!」なんて言われたことないぞ。
ここで、俺は玲香に対し若干の嫉妬心を浮かべた。
だから、俺も玲香には負けていられないと、そんな心は引っ込むことなく前に出てしまった。
「次の問題は俺が教えてやる。雨音見せてくれ」
「あ! この問題も解りません。玲香さん教えてください」
俺の言葉を雨音は堂々と無視しやがった。
それを尻目に守は笑っている。
ちょっと、ぶっ倒したくなるな、というのは俺の守に対しての本心だ。
そして、玲香の解説はまだ続く。
「だからこうなってこうなるの。理解出来た?」
「はい、出来ました。玲香さんは晴斗と比べると本当に解りやすいです」
いや、比べなくていいぞ。てか、こんな秀才と比べるな。
ここで、数学学年一位の守は自分の実力を発揮しようとした。
「じゃあ、次の問題はお兄さんが教えるよ。どれか解らない問題はない?」
「うーん。これもちょっとあんまり解らないです」
なに。俺は無視されたというのに守までも雨音に勉強を教えることが出来る······だと。
こんなの不条理だ。守は俺と一緒に玲香が雨音に勉強を教えている姿を傍観するだけでいいのに。
――なんで、わざわざ教えにいこうとするんだよ。
そして、守までも雨音に勉強を教えた。
守は一応数学学年一位。そんな奴の解説が解りにくいわけがない。
「おー! 守さんすごい解りやすいです」
「ありがとう」
守は褒められたのが嬉しいのか、喜色満面のご様子。
お兄ちゃんの立場を奪いつつある守を許してはおけない。
だから俺も勉強を教えようとする。
数学や理科などでは当然、この二人には劣る。
ならば、自分が得意な科目で勝負をすればいい。
「雨音、国語で苦手な問題はないか?」
俺は尋ねた。
国語ならば、この二人よりも断然と解りやすい解説をすることが出来る。
俺なりの手段だ。
「ん? ない。国語は答え見れば大体解るし、そんな
雨音は冷淡な態度を醸した。
なんで、俺と雨音の得意科目は同じなんだよ。
これじゃあ、今日俺の出る幕はないじゃないか。
「玲香さんと守さんは本当に解りやすいです。今ので十点ぐらいは点数が上がりました」
「そんなに、上がるのか。ありがとね」
「まあ俺の解説を聞けば三十点は上がるぜ」
二人とも今、達成感というものを存分に味わっているのだろう。
玲香と守は雨音の可愛さのあまりか頬が緩んでいる。その様子を見ていると俺は必然的にこの二人を憎んでしまう。
その二人はそれぞれ右、左に付いて、雨音を囲んでいる。
その光景はまるで一人の妹を取り囲む兄と姉みたいだ。
だが、兄は俺一人で姉なんていない。
ここで、本物の兄の実力を見せようと思う。
「おい、雨音。五千円あげるから何か教えさせてくれ」
しばらくの沈黙。
普段の雨音だったらすぐ食い付いて「教えて」と、言うだろう。しかし、今は守と玲香がいる。
だから言えない。
そうなれば、その二人は雨音からしたら邪魔な存在にしかならなくなる。
さあ、本物の兄の復讐だ。
俺がその三人の偽りの関係を
完璧にゲームでいう悪役の立場についた俺に玲香が口を挟んだ。
「ちょっと、晴斗。お金じゃあ雨音ちゃんからの愛は買えないよ?」
その発言を尻目に雨音は「無駄なこと言わなくていいのに」と、言いたげな顔をしていた。
「いや、金を使って相談を受けさせてもらえる。それ
どうやら返す言葉もないのか玲香は「はあっ」とため息を
どうだ、玲香。俺の実力を思い知ったか。
俺はここで変な優越感を味わった。
初めて、玲香に勝利出来たんだと、その優越感の原因はそこからだと思う。
だが、ここで俺の優越感はある者によって掻き消された。
「いやまず、晴斗が相談を受けた所で妹ちゃんは逆のこと、晴斗の頼りなさを分かることになるだろ」
それに対して雨音も微かに首肯している。
どうやら守と雨音は謎のコンビーネーションがあるらしい。
「俺は頼りある兄だ。それは後々雨音も十分と分かることになるぞ」
三人は同時にため息を
だが、俺には自信がある。雨音が自慢出来る最高の兄貴になる自信が。
そして後々、『金』ではなく『愛』の力で俺は雨音から相談を受けるのだ。
それが俺の一番大きな目標。
だから今はこれでいい。金から始めればいい。
後々、その『金』という一文字を『愛』という一文字に変えるまでは――それでいいのだ。
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