第9話 妹からの救い
これは
リビングの一つのソファーには俺と雨音、もう一つのソファーには父と母。それぞれ机を隔てて向かい合いながら座っていた。
俺らは父親から「大事な話がある」と、言われてこのリビングに集まったのだ。
そして、父親がその逡巡を断ち切るように、俺たちに事を話す。
「お母さんとお父さん、しばらく仕事の関係で海外に行くことになった」
急に告げられた。
俺と雨音はポカーンとした表情をしていた。
この父親の発言は、今度からは
「本当にごめんなさい。どうしてもこの仕事は断れられないのよ」
父親の言葉を繋ぐようにして次は母親が言った。
この二人は同じ会社に入っている。
初めの出逢いもその会社だそうだ。
「いつ頃帰ってくるの?」
俺はそう問うた。
俺は妹・雨音との二人暮らしを否定していたのだ。
理由は単純。俺が兄で雨音が妹だから。
もう少し、具体的に言うのだとしたら俺が兄だから料理とか洗濯とかの家事は俺に委ねられる。料理や裁縫などが大の苦手であった俺に関しては家事ができるわけが無い。じゃがいも剥きはピーラーを使って二十分。裁縫は放課後残って一人で黙々と作業をしていた。
こんな俺が家事をするのだ。お母さんみたいに美味しい料理を作り、綺麗に洗濯物を畳み、部屋を掃除する。
増してや、俺は高校生。
勉強もしなければならないのに、さらに家事という負担が覆い被さるのだ。
正直、両立出来る気がしなかった。
まず、両立する以前に家事をこなせる気がしなかった。
だから、俺は否定した。――妹である雨音との二人暮らしを。
「海外だから三年程はそこにいると思うわ」
そして、母親からの発言は三年もの間家事を委ねる、というものであった。
「三年ってなんだよ! その間俺一人に家事を任せるのか? 現役高校生で勉強もしなければいけない俺にか!」
怒りが込み上げてきて憤慨した。あまりにも急なことに脳内処理が間に合わない。
俺はシスコンでは無かったのだ。
「まあ、落ち着け。仕方ないと俺たちも思っている。······だけどな、今回の仕事はとても重大なんだ。······分かってくれ」
物悲しそうに父親は言葉を放った。
しかし、分かれない。分かることなんて出来るわけがない。
俺は子供を放ったらかしにして、海外にいく両親を憎んだ。父親の「分かってくれ」という命令が聞けなかったからだ。仮に、分かれたのならもっと両親を理解出来たと思う。
現状、心情、愛情、感情、を理解出来ていた。
だけど、まだ大人の世界に入っていない俺が父親の命令を聞けるはずが無かった。
なので、俺は両親に対してつい攻撃的な発言をしてしまったのだ。
「親なんて大嫌い」
この発言がどれほど親の心を貪り尽くすかなんて理解できない。
――理解したいのに出来ない。理解って何だ? ただの
「じゃあ、分かった。晴斗の家事能力が向上するまで私が家事をやるよ」
そんな時であった。さっきまで黙っていた中学一年生の妹・雨音が口を開いたのは。
この発言によって俺に重くのしかかっていた『家事』という存在が薄れていった。
「中学一年のお前が家事をするのか?」
父親が雨音に対して、そう問うた。
「うん。だって今の晴斗めちゃ辛そうな顔してるから」
俺はさらに雨音の言葉によって支えられた。
生まれてからずっと仲が悪かった妹なのに、こうゆう所で急に優しくなる。俺は雨音のそうゆう所が魅力的だと思った。
「本当に雨音に任せちまっていいのか?」
しかし、俺の心はそうゆう甘さを
中学一年の妹に家事全般をしばらく任せていいのか、雨音の勉強に支障を
しかし、雨音はそんな俺の心を見透かすようにして言ってきた。
「妹様に任せなさい!」
その時の雨音の決め顔は眩しかった。なんの裏も入っていない
片目をウインクするようなそれは俺の心を明らかに揺らしていた。
初めて、妹に救われた感じがした。
それほどまでに自分が家事をやることに自信が無かったのだろう。
しかし、今はそうでも未来は違う。
雨音に迷惑をかけたくない。
だから、俺は家事全般をこなせるように努力をしよう、と心の中で誓った。
それと、同時にマイナス思考だった頭は段々とプラス思考に変わっていった。
『理解』という言葉の意味にも辿り着けた気がした。
人は人を理解することなんて出来ない。それでいいのだ。理解しなくていい。理解してはいけない。
人が人を理解してしまうと十人十色は破壊されてしまう。
みんなが同じ性格で同じ個性。
そんなことはあってはならない。
人それぞれ違う趣味を持ち、一つ一つの物事に対して違う感情を抱く。
それが『理解』の本意だ。
「ありがとな、雨音」
『理解』という言葉の意味に気が付かさせてくれてありがとう。
家事を代わりにやってあげる、と言ってくれてありがとう。
そして、自分をやる気にさせてくれてありがとう。
『ありがとう』という言葉自体は単数なのだが、意味は複数ある。このありがとう、という言葉は非常に優秀な言葉なのだ。
そして、俺はこの優秀な言葉を久しぶりに雨音に放った。
それほどの感謝を俺は雨音にしていたのだ。
まじで、とても、ものすごく、本当にありがとう。
父親と母親の強張っていた顔が、若干緩いだ。
俺らが仲良く、否、この間に仲良くしているから光栄に思っているのだろう。
もしかしたら、この出来事が俺をシスコンにさせた一番の要因なのかもしれない。
「妹様に任せなさい!」
そして、俺は今でも俺を救ってくれた言葉を覚えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます