第二話 傀儡の少年王
眩しい光が差し込み、目を覚ます。夏の風が窓から静かに入り込み、酒の酔いが覚めて冷えた私の肌に触れた。
「陛下、貴族たちが会議を開いております。参加しなくて、よろしいのですか?」
目覚めたばかりの私に、世話役のカイスが咎めるように問う。
私は聞こえなかったふりをして、枕元に集められた酒瓶の中から、まだ空になっていないものを探す。彼も私の心情を察したのだろう、何も言わずに陶器の器に湯を注いだ。
「おい、それはお前の仕事ではないだろう?」
声変わりのせいで嗄れた声で聞いたが、カイスは答えない。ただ黙って、私を洗面所へ誘導する。
「女中たちは自分たちの意思で去ったのか?」
「それは、ありえません。皆、陛下をお慕いしておりました」
顔を洗う。二日酔いで気分が悪かったものの、幾分かは気が晴れた。
「ということは、貴族たちが解雇したのか?」
「───はい、金の無駄だと判断したのでしょう」
カイスは最近しわが増えた顔を歪める。
優しすぎる男だ。この世界では、とてもだが生きていけない。自分より二回りも年上に言うべき台詞ではない、と叱られてしまうだろうけど。
「じゃあ私も、そろそろかもな」
私の言葉に、背を支えていた手に力が入るのを感じた。
「近頃、フランスでブルジョワたちの革命が盛んだと聞く。同じことがこの国でも絶対に起きないと決まった訳ではない。もしくは、そうなる前に貴族たちが私を処刑するか追放して、王政をなくし、自分たちで政をするだろうな」
───まあ、今と大して変わらない。
最後まで言葉を口にできなかった。カイスの顔が、あまりにも悲痛で目も当てられないものだったからだ。私は彼に背を向ける。
「朝食はいらない。お腹が空いてないんだ」
「もうお昼です、陛下」
「───道理で日が高いと思った」
「陛下はまだ十六歳にございます。少しは何か口にして頂かなければ困ります」
カイスはどうしても私に食事を口にして欲しいようで、執拗に要求する。だが酒に酔いしれた翌日には、何かを食べる気にはなれない。私はベッドに戻り、無理やり話題を変えた。
「あいつらは何の会議を開いてるんだ? 植民地について? それともブリテンが何か催しでもやるのか?」
「近頃、帝都の下町で流行っている疫病のことだそうです。ヨーロッパで大流行していて、我が国も初めは病が入ってこないよう尽力してきましたが、どうやら難しかったようで───アンナ様が盗み聞きされていて、教えてくださいました」
今は絶対に聞きたくない名を耳にして、私は枕元の空き瓶を集めていた手を止める。
「───待て、姉上がデンマークから帰ってきているのか?」
「はい、今朝方こちらに御到着されました。陛下の体調が優れないと嘘を言って来られたようです……」
そんな知らせは聞いていない。貴族たちに
私は顔を覆った。こんな状態の自分を、たった一人の肉親に見られる訳にはいかない。羞恥心と今の自分がおかしいと思えるほどの倫理観は、幸いまだ残っていたようだ。
「会議でお前───じゃなくて陛下の声が聞こえなかったから、まだ貴族たちの傀儡になっていることは察せますわ」
寝室の奥から、懐かしい女性の声が響く。父上によく似たウェーブのかかった淡い茶髪にハシバミ色の鋭い瞳。真っ赤なドレスが肌の白さを際立てている。
私に残されたただ一人の肉親、アンナだった。
「グリンバルム家一の大馬鹿モノだとでもおっしゃりたいのですか、姉上」
「あら、心の声が漏れていたのかしら?」
ころころと軽やかな笑い声を上げる。そしてすぐに、「冗談よ」と言って訂正した。
「会議の話に戻すけれど、お前も参加するべきだったと思いますの。疫病がひどい状態だというのは、事実のようで、奴隷や貧しい者だけでなく、労働者たちの間でも広がっていて、貿易や経済が苦しいと大臣がおっしゃってたわ。
「彼らはペストが流行した時と同じ対策をするとおっしゃっていたけど、私はそれは何か間違っている気がしますの。書物で読んだペストの状況と今の帝都の感じは、何かが違う気がするわ」
姉上はそう言って、憂げな表情をした。私はまた、顔を背ける。
「───だからと言って、私に何かができる訳ではありません」
「そんなこと、わざわざ言われなくても分かりますわ」
そして、姉上はコップに注がれた私の酒を呷り、顔をさらに歪めた。
「陛下の舌はとても複雑で、私には難しいですわ」
「不味かったのなら、普通にそうおっしゃってください」
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