第一章 消魔士のお仕事

1 命の使い方

雲の切れ目から差し込む夕日の赤い光がカオリたちを照らす。

あたりには木や土が燃えた後の独特な焦げ臭さが充満し、魔災があったことを周辺の住民に忘れさせなかった。

 

消魔した後、状況報告書を作成するのも消魔士の仕事の一つだった。

 

ロンは現場の状況を次々とタブレットに打ち込み、書類を作成する。

目まぐるしく変化するタブレットの画面にカオリは酔ってしまいそうになっていた。

カオリはそんなロンの後ろで残り火がないかチェックしようとしていた。

消魔士は魔災を消すだけが仕事ではない。

再度魔災が起きてしまわないか確認すると言う作業をしなければならない。

 

重要な仕事だったが、カオリはどうしてもうまく集中できなかった。

ロンはそんなカオリを見てこぼす。


「カオリ……」


「……あ、ごめんなさい。仕事だけに集中します」

 

目を真っ赤にしてカオリはロンを見上げる。

ロンは首を振って言う。


「いや、謝ることはない。

 ……僕だって目を皿にして探したいさ。

 でも、探すのに夢中になって残り火を見逃してしまうと次に死んでしまうのは僕たちになってしまう。

 今の状況、ウェンディが見たらなんて言うかな?」

 

短い時間しか付き合えなかったが、カオリの中にはすでにウェンディがいた。

とびきりの笑顔を浮かべでウェンディは『仕事は仕事! カオリは自分のやることに集中して!』なんて言ってパンッとカオリの肩を軽く叩いたことだろう。

 

カオリにはまるでウェンディが自分の後ろ立っているかのように感じられた。


「はい……。集中します」

 

ロンは頷くと眼鏡の位置を直す。

今は、とにかく仕事をやり切らなければならなかった。


「よし。カオリ、ここを見て。これが、魔災の発生源だ」

 

カオリはキッチンがあった場所の残骸を見つめる。

そこにはコンロだった鉄が散らばって落ちていた。

だが、その形はぐにゃぐにゃに折れ曲り、溶け出している部品まであった。


「火の精霊が暴れ始める場所は大体恐ろしいほど溶ける。それだけ高温になるってことだ」


「でも、実際に消魔するんだったらこの一番危険な発生源に突入しなきゃいけないんだよね?」


「そうなるね。でもみんなそのために鍛えてるんだ。君もそうだろう?」


「……はい」

 

カオリは頷くと現場を見つめる。

訓練で実際にやったことを思い返す。

 

火の精霊(サラドフィリア)の消魔訓練では、真っ赤に燃え盛る火の中に手を入れて魔法陣をいじる。

水の精霊(オンデフィリア)の消魔訓練なら深海にも匹敵するような水圧の中、魔法陣を書き換えなければならない。

意識が吹っ飛ぶ訓練生も多い。

 

本番では霊獣が現れるかもしれないという恐怖と戦いながら家の中に突入しなければならない。

学校という安全な場所にいて言葉だけで説明を受けるのと、目の前で実感してしまったことには雲泥の差があったことにカオリは驚く。


「今回の魔災の原因は?」


「コンロに書いてあった火の精霊と接続する魔法陣が崩れてる」


「魔法陣は自然に崩れることは少ないんでしょ?」


「そうだな、学校ではそう教える。

 でもその崩れない魔法陣っていうのは、最低でも年一回手入れをした場合だ。

 実際には20年以上、何の手入れもしていない家なんてザラだからな。

 掃除の不行き届きだったり、管理不足による老朽化によって最近は自然に崩れることも多いんだ」

 

カオリはコンロをじっと見ている。

いずれは自分も現場を見て判断できるようにならなければならない。

たとえ同僚が死んでしまった場所であったとしても勉強の機会は逃せない。

 

そんな健気なカオリの様子を見てロンは少し迷って、カオリの顔を見ると言う。


「……でも残念ながら、この崩れ方は自然発生したものじゃないね」


「えっ、どう言うこと?」


「誰かが、自分で崩したと言うことさ。これを見て」

 

ロンはそう言うとコンロの下にある鉄板を取り出す。

赤い刻印がなされているその一部が鋭利な刃物で切り裂かれたような傷があり、そこへ別の模様が描かれていた。


「消魔士さん、お待たせしました」

 

瓦礫の中には入らず、警察が外から声をかける。

ロンは警察にあいさつして言う。


「カオリ、ギンガのところに行っていて。

 僕は警察に状況を報告しなきゃいけないから。

 警察官さん。ご苦労様です。

 まず、被害者についてなんですけれど…………」

 

カオリは言われた通り、その場を離れる。

消魔車の中にはすでにロン以外のメンバーが座っていた。

シンとした車内でカオリは耐魔服の擦れる音すら煩わしかった。


「つらいデビューになっちまったな……」

 

ギンガはカオリの顔を見ることなく、じっと正面の椅子を見ながら言った。

カオリはなんて返事をすればいいのかわからず、一番気になっていること質問した。


「ウェンディの…その……遺体は………」

 

ギンガは首をふるふる振って言う。


「残らない。火の精霊(サラドフィリア)にやられてしまうと、遺体は残らない。

 骨の髄まで燃やし尽くされてしまうんだ」


「そうですか………」

 

消魔車から見える家の残骸。

そこに落ちている灰の何千、いや、何万粒か。

それらが集まってもともとウェンディだった。

しかし、灰は持ち帰れない。

精霊の出た家の残骸は精霊の痕跡を綺麗に消すためきちんと浄化させなければならない。

現場保存は義務だった。


「……魔災の原因はなんだったんでしょうか……?」

 

質問したカオリ。

車内の雰囲気が巨人の足に踏み潰されぐぐぐっと押し込められたかのようになる。

ナディアは首を振って言う。


「カオリ。あまり、魔災の内容に踏み込んじゃダメ。

 魔災原因の内容でウェンディの死の価値をはかっちゃダメ」


「でも……、今回の魔災、自然発生じゃないんですよね……?」

 

ナディアは大きく目をみはって、警察に説明しているロンを見る。

そしてカオリに視線を戻すと首を振る。


「私も消魔士を九年続けているわ。

 あなたの聞きたいことはわかってるつもり。

 『ウェンディが死ぬに値する魔災だったのか?』そう言う事でしょ?」

 

カオリは何も言わなかった。

彼女の中でそれほど具体化された疑問は浮かんでいなかった。

だが、彼女の知りたいことはまさに、どんな魔災だったのか? というところにあった。

 

ナディアはじっとカオリを見つめていると、いーい? と小さな声で言う。


「死ぬ意味。それは私たちがずっと考えなければならないこと。

 でも、それは自分だけでいい。

 人の死にまで価値を求めようとしてはダメ。

 自分の死に満足できればいいの」


「………それでは……私の気持ちが収まりそうにない……。

 ウェンディは一番最初に声をかけてくれた人だから……。

 それならせめて、ナディアの目から見てウェンディが満足して命を全うできたのかどうかだけでも……」

 

カオリの目が夕日を受けて輝く。

ナディアの吸う息が震える。

なんとか震えを抑え、さらに言葉を繋げようとした時、前の席に座っているギンガが、顔を見ることなくそれを制した。


「ナディア。カオリは新人だ。

 一番最初に優しくしてくれた先輩がウェンディなら、知る権利もあるだろう」

 

ギンガは後ろを振り返る。

カオリはその目を見て一層込み上げるものがあった。

真っ赤になった目。

こすりすぎて赤くなった目尻。

歯の跡がついた唇。


「だが、ナディアの言葉にも耳を傾けろ。

 人の死に価値をつけようとするなら俺はお前を叱らなきゃいけない。

 事実を事実として受け止める覚悟はあるか?」

 

カオリは頷いた。カオリ自身、また周囲の人間も価値をつけないわけにはいかないとわかっている。

しかし、分かっていて評価を下すのと、分からず評価を下してしまうのでは大きな差があった。

よしとギンガは話し始める。


「まず、ウェンディが満足して死んだか。

 当然、満足していた。彼女は消魔士。

 メイルちゃんも一命を取り留め、その母親を死の淵から救った。

 死者はおろか怪我人も皆無。

 消魔としては最高の結果だ。

 家を完全に排除してしまったのだけが心残りだが」


「そうだよね……、満足してるよね」


カオリは頷く。

消魔士の仕事の第一目標は死傷者を出さないこと。

暴れる魔法を収めるのはその後でいい。

今回は大成功だ。

そして彼女がカオリに向けてくれた笑顔。


「当然だと、俺はそう思うし、俺が死ぬときはそうでありたい」

 

ギンガは一度言葉を切り、呼吸を整えた。車内の空気がいっぺんに震える。


「……次に、魔災の原因だが。……俺はあのお母さんの自演だと思っている」

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