27 それが彼女の歩む道ならば。
彼女の傍でその行く末を見守る。
そう決意して、近衛騎士になってから数年。
俺はアリーシャをひたすら見守り続けた。
アリーシャは年々日を増す事に美しくなる。『天使』と称される美貌にますます磨きがかかり、そんな彼女がどこか誇らしくもあった。
近衛騎士になってから配属されたのは第一王子警護の任。
しかし国王の計らいで第一王子の婚約者であるアリーシャが結婚すればいずれ王妃警護に配属されることが決まっていた。
なんとも食えない国王ではあるが、〝取引〟はきちんと守ってくれるらしい。
何となく面白くない気分ではあるけれど、ほぼ望みは叶えられた型通りだったので、特に文句はなかった。
こうして近衛騎士として俺は彼女を守り続けられればそれで良いのだと、日々仕事をこなしていた。
――しかしあの日。全ては変わった。
王立アルセニア学園の創立記念日に催されたパーテイの日。
彼女は王子に婚約破棄を告げられた。
周りには王子の側近候補という名の彼の取り巻き。そして傍らには銀髪の令嬢。
「アリーシャ・ウルズ・オーウェン公爵令嬢。君との婚約を破棄する!」
突然告げられた婚約破棄。
舞台となった学園の大広間で、彼女は一人で断罪の場に立たされていた。
周りに味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命の状況。
俺はただ見ていることしかできなかった。傍に居ながら、役目を守ることしかできなかった。
警護の対象である王子に斬り掛かることは許されない。それだけはあってはならない。
必死に鞘から剣を取り出したい衝動を抑えていると、彼女の声が大広間に響いた。
「承知しました殿下。婚約破棄、謹んでお受け致しますわ!」
凛とした彼女の声は、貴族そのものだった。
誇り高きアルメニア王国の貴き家柄であるオーウェン公爵家令嬢としての彼女は、この場においても揺るぎなかった。
たとえ味方がおらず、一人で相対している状況下においても彼女が狼狽えることはなかった。
背筋を伸ばし、王子とその側近候補達を見据えて。
誇り高く振る舞う彼女を、俺は美しいと思った。そして強い心を持った
魅入られ、惹き込まれ――そして思ってしまった。
心の奥底に封じたはずの前世の記憶と共に――強く願ってしまった。
ああ、彼女は何一つ変わらない。確かにこの少女は、あの
やはり生まれ変わろうとも変わらない。この想いは、変えられない。
俺はこの少女が――好きなのだと自覚してしまった。
アリサを好きだった俺は、過去の自分を捨て、今度こそ守り抜くために彼女の剣となり守ろうと誓った。
王子と婚約関係にあった彼女を、かつて死なせてしまった彼女を想う資格などないと封じ込めた。
しかし無理だったのだ。俺は。そんなこと出来るはずがなかったのだ。
アリサであろうとなかろうと。その生まれ変わりであろうと、前世の記憶はなかったとしても。
俺は何度でも〝彼女〟に恋をしてしまうらしい。
そう自覚してしまった。自覚したら止められなくなった。
「――セジュナ様、数々の御無礼お許しください。私は殿下とセジュナ様の幸せを誰よりも祈っておりますわ。殿下、婚約破棄の件については日を改めてお話するとしましょう。今日は創立記念パーティですもの。私はお邪魔でしょうから今日は失礼させて頂きますわ。それでは皆様、ごきげんよう」
毅然とした態度で一方的な言葉を放ち、彼女はキッパリと王子に別れを告げて大広間を去っていく。
唖然とした王子の顔を見て、仮にも主だと言うのに俺はいい気味だと思った。
何故かひどく愉快な気分だった。いつになく爽快な気分だった。
広間の隅で笑いだしそうになるのを必死に堪える程度には可笑しくて仕方がなかった。
あんな王子に彼女は勿体無い。
セラーイズルに彼女を渡すくらいなら、俺は彼女を奪って国を出ていく。
「……それもいいかもしれないな」
その場の単なる思いつきだったのに、妙案のように思えた。
そこらの男に彼女は合わない。合うわけがない。何よりも誇り高く強い心を持った女性なのだ。
そんな彼女を任せられる存在はこの国にはいない。俺がそうさせない。
誇り高く、強く、その生き様が何よりも美しい。
彼女を誰よりも傍で守り、愛することができたのなら。
それが叶うのなら、俺は誰よりも近くで彼女を愛し、守ろう。
――婚約破棄騒動から翌日。
アルメニア王国の王都にあるリーキュハイア宮殿の国王との謁見の間にて、彼女は国を出ていくと決意し、陛下もそれを承認した。
傍で聞いていた俺は横目でこちらを見る陛下に小さく頷いた。
国を出ていく。それが彼女の歩む道ならば。これで俺の行く末も定まった。
「陛下。では、そろそろ私は」
「おお、そうだな。そなたの神籍のこともあるしな。神殿には話を通しておくとする。申請が通れば知らせる故、それまで家族とゆるりと過ごすとよい」
「ありがとうございます」
優雅に一礼した後、踵を返そうとする彼女と視線が合った。
この謁見の間での話し合いの最中、決してこれまでアリーシャは俺に視線を向けはしなかった。
その視線は真っ直ぐ国王陛下にのみ向けられており、俺は存在しないものの様に彼女はそのルビーのような瞳を向けなかった。
今日初めて合ったその視線。俺は迷わず、しっかりと彼女を見返した。
アリーシャ。俺の愛しい存在。彼女の行く道が、俺の行く道だ。
だからこそ。彼女の誰よりも近くに居るのは俺だ。これは誰にも譲らない。
焦がれ続けたルビー色の瞳が俺を写して驚きに目を見開く様をどこか嬉しいとさえ思いながら。
俺は宣言する。
「私も彼女と共に国を出たいと思うのですが、ご許可頂けますか? 国王陛下」
愛しい愛しい
俺は決して君を一人にしたりはしない。
彼女の歩む道こそ、俺の歩む道なのだから。
今度こそ守り抜くと、そう決めたのだから。
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