19 神籍の真実
「やはり、ご存知ないのですね……」
これで予想が確信になった。
私が立てていた一つの仮説が確証に変わった。
だからアリーシャは──……。
嘆息し、小さく呟いたその言葉に国王が困惑した表情で問いかけてくる。
「私は国王という性質上、一般的に使われる全ての語学や歴史を熟知しているつもりだ。だが、そのジサツという言葉は聞いたことがない。それはどういう意味の言葉なのだ?」
「自分で自分を殺すという意味を持つ単語です」
「それはまた……不穏な意味を持つ言葉だな」
「ええ。ですがこれに似た単語は他国でも存在し、使われています。しかし私はアルメニア王国で使われるアルメニア公用語の中にこのような意味を持つ言葉を聞いたことがありません。古い文献も使って調べてみたりもしたのですが……このような意味を持つ言葉は存在しませんでした」
「私もそのような単語は心当たりはないが……それにしても自分で自分を殺すなど……そんな悪夢のような行為をする者がいるのか……?」
「陛下からすればにわかに信じ難い事とは思われるでしょう。しかし他国ではある一定数で存在するのです」
この世界でその行為に至る者は、大概が貧しさや飢えに耐えきれなかった者や、アリーシャのように人生に絶望した末にそうなる道を選んだ者、或いは意図的な悪意によって追い詰められた者などだ。
科学が発展し、人々の生活水準がこの世界よりか遥かに高かった現代の日本でさえ毎年一定の確率で死の要因として挙げられていた程である。
いつの時代でも人間である限り起こりうる悲劇の要因でもあると言えるだろう。
むしろそのような前世で育った私からすればそれがないアルメニア王国の方が異質に見える。
ただ単に『自殺も事件もない程治安が良い平和な国』であるのならそれでよかった。
しかしそれではアリーシャが自殺できなかったあの現象の説明にならない。
この不自然な違和感の正体。
アルメニア王国と他国で一体何が違うのか。
アルメニア王国にあって他国に存在しないもの。
──アルメニア王国特有の習慣、慣習。
そうして思考していくと、ある一つの答えに辿り着く。
そう、一つだけあるのだ。
アルメニア王国にあって他国にはないもの。
アルメニア王国独自の慣習。
前世で乙女ゲームをやっていた私には馴染みの深いものだった。
まさに灯台もと暗しとはよく言ったものだとおもう。
「アルメニア王国固有の制度……『神籍』の儀式。あれが全ての原因です」
──聖乙女伝説。
乙女ゲーム『聖乙女の涙』のメインタイトルにもなっているあの伝説。
人間を滅亡せしめんとした
そのためこの世界は基本女神エミュローズを信仰しているが、アルメニア王国ではこの初代女王メサイアを主神として祀っている。
メサイアを信仰するメシーア教と呼ばれる宗教も存在する程だ。
そのメサイアに名を献上し、健やかな成長を祈る神籍という『儀式』。
古来より『神』という存在は信仰や儀式によってより鮮明に形作られてきた。
ましてやメサイアは『聖乙女』という特別な存在であり、また実在する人間でもあった。
そして神に『名』を献上する行為──名を預ける行為は、こう言い替えることもできる。
──神に名を捧げ、『契約』する儀式、と。
前世日本でも書類などに自分の名前を書いて契約を成立させるというのは日常でもよく見る光景だった。
これと同じことが『神籍』にも起こっている。
神籍そのものが神との契約行為となり、それがアリーシャの自殺を拒んだ理由──というのが私の立てていた仮説の正体だ。
名を捧げた人間はその『契約』により健やかな成長と精神を保ち続ける。
アルメニア王国で祀られている主神メサイアは『聖』乙女だった。
その真骨頂は常に清廉潔白な心を持ち、圧倒的な浄化力と破魔の力を持って
もっと分かりやすく言い換えるなら、『悪意を
つまり。
「『神籍』自体が主神メサイアとの一種の契約行為であり、国民は名前を献上することでメサイアから悪意を弾くという『加護』を得ていたのです」
アルメニア王国以外の他国では一定数の自殺は悲しいことに行われている。
だが決してそれが歓迎されている訳では無い。
かつてアリサだった私が住んでいた地球でも、世界的に見ても自殺は
それはここアルメニア王国においても例外ではない。
『自殺は罪』。
そのためあの時アリーシャの剣は不可視の壁に阻まれているかのように
アリーシャもまた例に漏れず生まれたその時から神籍に名を入れていた。
メサイアとの契約による『加護』により、彼女は死ぬ事ができなかった。
であれば、神籍に「アリーシャ・ウルズ・オーウェン」という名が存在する限り、アリーシャを殺そうとする行為は『悪意』として弾かれてしまう。
この仮説に辿り着くまでかなりの時間を要してしまった。その間アリーシャは心の奥底で眠り続け、ただひたすら死ぬことを望んでいた。その彼女の苦しみをこれ以上伸ばすことは、私にはできなかった。
──だからどうか。今度こそ彼女を完全に救済させて下さい。
私はその場で片膝を立て忠臣の礼をとり、国王の目の前で頭を伏せた。
「『加護』がある限り彼女の、アリーシャの望みは叶えることができません。陛下、今一度お願い申し上げます。国の未来の為にも、アリーシャの最後の望みのためにも私は神籍剥奪処分を所望します」
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