13 壊れた「彼女」の一つの願い
──最初の『悪夢』から、二年が過ぎた。
アリーシャはあれから毎晩のように夢を介して魔術を行使し、原因を探った。
なぜ自分が王子を殺してしまうのか。なぜ自分が王子から婚約破棄を告げられるのか。
頭の中は疑問で埋め尽くされ、不安でいっぱいだった。
どこかに解決策があるはずだ。自分が王子を殺すなんて有り得ない。そんなことは絶対に起こさない。起こさせない。
そんな悲壮な決意の元、『未来観測』を行使し続け、様々な未来をひたすら見続けてきた。微かな希望を頼りに、救いの未来を求めて。
だが、現実はそんな彼女にどこまでも残酷に立ちはだかる。
「なん、で……」
いつものように自分の部屋にあるベッドで目覚めたアリーシャはぽつりと呟いた。
二年の月日が経ちアリーシャの容貌はますます美しくなっていたが、どこか違和感を感じる。
眠っていたはずの彼女の目元には隈ができ、キラキラと輝く紅玉を思わせるルビーの瞳は、今は光を失い、まるで生気を感じない。
生ける人形と化したアリーシャは疲れ果てていた。
血の気を失った顔で窓から登る朝日を見つめ、アリーシャは呆然とした様子でヒステリックに叫んだ。
「なんで……私が
シーツを指が白くなるまで力を込めて握りしめ、涙を零しながらアリーシャは喘ぐ。
何回見ても変わらない最期。
王子にいかに尽くそうと、関係を良くしようと、勉強や剣、魔術を極めようと結果は変わらなかった。
愛した両親を殺し、王子を殺し、祖国をも焦土に変え──最期は存在を抹消される。
いくら繰り返しても、何度試行錯誤してもこの最期だけは変わらなかった。
否、変えられなかった。
これが確定した未来なのだ。アリーシャは
この時、アリーシャはついに絶望した。
何も変えられず、このまま生きていればいつか必ず魔王の依代となり、アルメニア王国を滅ぼしてしまう。
人一倍聡く人一倍責任感があった彼女は、ここでひとつの決断を下した。
「私は、生きていてはいけない……」
このまま生きていれば、必ず遠くない未来自分は祖国にとって最悪の敵となる。
アリーシャが魔王となる理由は様々だったが、最期だけは変わらなかった。必ず魔王の依代としての最期を迎えることだけは変わらなかった。
魔王の依代となるのは元はミューズフラウの派生であるミューズ・フェリクスという膨大なミューズ素子を収めるにたるミューズ許容量を誇る人間。
国内でも随一のミューズ許容量を誇るアリーシャはまさにその条件に当てはまっていた。
「死ななくちゃ……」
生きていてはならない。自分は死ななくてはならない。
決心したアリーシャの瞳は光を取り戻していた。
ベッドから這い出たアリーシャは早速それを行動にうつそうとする。
棚に立てかけてあった訓練用の
抜き出た刀身が朝日を受けて輝くのを見ながら目を閉じ、自らの首に細剣を突き入れようとして──
バシンッ!!
首に刺さる寸前で、不自然に弾かれた。
「え!?」
困惑したアリーシャは今度は目を開いたまま再度首に細剣を突き入れようとするも、見えない壁に阻まれているかのように寸前で弾かれる。
速度を上げても落としても、首に刀身が入る寸前で弾かれた。
今までこんなことは一度もなかった。何故今急にこんな不可思議な現象が起こるのか。考えても分からなかった。ただ一つ分かるのは、これでは死ぬ事ができないということ。
「なんで……!?」
何故、死ぬことさえ自由に出来ないのか。神は、エミュローズ神は自ら死を選ぶことすら許してくれないのか。
「死にたい」という望みすら絶たれ、ついにアリーシャはその場に崩れ落ちた。
細剣が手から離れ、カラン……と音を立てて床に落ちる。
全ての希望が閉ざされ、その中で望んだたった一つの願いすら叶えられずアリーシャは今度こそ深く絶望した。
その心が……魂が極限まで軋み、壊れるほどに。
壊れた
心の奥底に閉じこもり、今もまだ死ぬことを望んでいる。
だからだろう。
壊れた魂は二つに分かたれ、ひとつは「アリーシャ」のまま、今も奥底で静かに眠っている。
そうして生まれたもう一つの魂は、表層に出てきた。とある前世の記憶を持って。
床にくずれ落ちたまま動かなくなった「アリーシャ」の体が、ビクリと震えた。
「……え、何コレ私死んだんじゃなかったっけ? ……なんで私こんな服来てるの? ってかここどこ……」
──あの時車に衝突されて死んだと思っていたのに起きたらいつの間にか見知らぬ部屋にいたんだけど……? どうなってるのこれ……。
分かたれたもう一つの魂は、前世の記憶を持っていた。それが、私。アリーシャ・ウルズ・オーウェンとしてこの世に生を受けて転生したらしい「大上アリサ」だった。
*
そうして目覚めた私は10歳から今までを「アリーシャ・ウルズ・オーウェン」として生きてきた。
アリーシャとは今でも奥底で繋がっているから彼女の望みも理解している。
彼女は悲壮なまでに「死にたい」と願い続けていた。
だから私はそのために動いてきた。もうすぐでその望みは果たされる。だから終わらせなければならない。アリーシャの絶望と、その悲しみを止めるために、最後の仕上げを行う。
──アリーシャ・ウルズ・オーウェンを殺すという彼女のたった一つの願いを、実行するために。
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