8 第七皇女は不敵に微笑む

私の自信満々なセリフに対し、お姉様は目を丸くする。



「『祝勝の祭典』って……それ、本気なの、レス?真面目に?」

「勿論ですわ。私は大真面目ですわよお姉様」

「『祝勝の祭典』って言えば……国を挙げての一大イベントだってお父様も宰相以下総力を挙げて準備している最中だと言うのに……。それを全部めちゃくちゃにする気なのよね?……いいじゃない!最っ高に楽しみだわ!!」

「お姉様ならそう言ってくださると思ってましたわ!」



先ほどと同じように銀青の目を輝かせてこちらを見るお姉様。


さすがメルランシアお姉様。話のわかるお方だわ!やはり味方につけるなら二の姉様だ。他のお姉様方はなんというか目に見えてるもの。



「祭典はあと3週間後だったわよね。うん、それならもっと試作機の改良が出来そうだわ。巨大なスクリーンに映し出されても映像が鮮明になるように調整しなきゃ。音声もクリーンでないと!そうと決まれば忙しくなるわね!レス、魔具については私に任せなさい。後の細かい調整と作戦はレスに任せるわ!久しぶりに楽しくなりそうな予感。頑張るわよー!」



腕がなるわー!と両拳を握りしめてウキウキとした表情で改良の準備を始めるお姉様。

早速機材を集めに仕事部屋を動き回っていたかと思うと、「あ」と呟いてこちらに戻ってくる。

先程とは打って変わって至極真面目な顔でお姉様は私の両肩に手を置いた。

どうしたのかしら。



「レス。『祝勝の祭典』で盛大なお祭りをするのはいいんだけど。一応あれは国事にもなる大事な式典でしょう?いくら皇女と言えど騒ぎを起こしたらお父様もお許しにならないと思うわよ?……まぁ、私についてはいつもの事だから問題ないけど。あなたの場合は違うでしょう?……大丈夫なの?」



成程。真面目な顔をするなと思ったらそういうことか。

心配そうに私の肩に手を置いたままこちらを覗き込むお姉様に、なんの心配も要らないとばかりに笑みを返す。



「ああ、それなら大丈夫ですわ。覚悟の上ですもの」



『祝勝の祭典』というのは平たくまとめると1ヶ月前に集結したとある争いのお祝いのことだ。


ここヘルゼンブール帝国と隣に並ぶアイルメリア王国は、昔からあまり仲がいいとは言えない間柄だった。

その二つの国に二分するように連なるエイルゼン山脈は豊かな鉱脈がいくつかあり、その中でも有数の宝石の排出量を誇るオルレアン鉱山は古来よりヘルゼンブール帝国の領土として帝国の暮らしを潤す資源のひとつであった。


ところが数ヶ月前、そのオルレアン鉱山を有するウォルフロム領にアイルメリア軍が奇襲を仕掛け、領地を治めていたウォルフロム辺境伯一家を惨殺し領地を占領してしまった。


当然ヘルゼンブール帝国はアイルメリア王国に抗議し、開戦も辞さない構えだった。

その両国の緊張が耐えない中、一人の将軍が立ち上がり自ら指揮を取って見事に領土を奪い返したのである。

将軍の活躍によりウォルフロム領は帝国に戻り、今は皇帝預かりの直轄地として帝国軍が控え、待機している。


祝勝の祭典はそれを記念して催されるものなのだ。


件の将軍は貴族の出で、どこかのクソ婚約者と同じ公爵の位を持つ家の者なのだとか。

同じ公爵を有する家としても天と地ほどの差がある。

あの婚約者バカは一度戦に出て常に死と隣合わせの戦場を経験する必要があるのではないだろうか。

そうなればあの馬鹿さ加減もなおるのではないだろうか……いや無理だわ。


いやこの際あの馬鹿はどうでもいいわ。これからヤツは破滅するのだから放っておいても詮無きこと。


……とまぁこのようにこの『祝勝の祭典』は将軍の活躍を讃えると同時に、アイルメリア王国に帝国としての国力を見せつけるものでもあるのでかなり重要な催しなのである。

それを理由があるとはいえ、台無しにしようとしている私は間違いなく皇女であったとしても何らかの罰は与えられるだろう。皇女として自覚があるのかと問題視されるのは確実だ。だがそれも覚悟の上。


むしろ人目が集まる重要な催しでこそ、私の仕返しは輝くのだから。



「私は前世で悲惨な死を遂げたので今世こそは結婚して幸せな家庭を、と思っていたのですが。どうやら今世でもそれは叶いそうにありませんのでキッパリ諦めることにしたのです」



そこで一旦言葉を切り、二の姉様をしっかり見つめ返す。何も心配はいらないと伝わるように。



「ですからそれは来世に期待することにします。この仕返しが終わったら私はシスターになって善行に務める予定ですの。今のうちに神様にアピールするために徳を積んで来世こそ幸せになりますわ!」



むしろ問題を起こした方が今後無理矢理結婚させられることは無いだろうし、シスターになれる確率が上がる!

最後はガッツポーズで力説すると、お姉様はポカンとした表情を浮かべたあと、プッと笑って吹き出した。



「なっ、なぜ笑うのですかお姉様!私は真面目に……!」

「いいえ。『エレスメイラ』のことがあったから自暴自棄になったのかと思ったのだけど、そんな事はなかったわね。むしろレスらしくて安心したわ。覚悟はしているのね。それなら私は全力であなたに協力するわ。成功させましょうね?」

「はい!!」



エレスメイラのことは確かに忘れた訳では無いけれど前世は前世だ。私は今レスティーゼなのだから。前を向くと決めた。だから私は今世での怨恨を残さないために全力で仕返しをするのだ。私の来世のために。


柔らかく微笑んで差し出されたお姉様の手に、自分のソレを重ねる。

私とお姉様は固い握手を交わした。











お姉様と別れてパーティへ戻る気になれなかった私はそのまま自分の部屋へと転移で戻った。

自分の部屋に転移した途端、白い光を纏った小鳥が近づいてきた。



『レスティーゼ!待ってたよ!』

「あら、はやかったわね」



情報の収集を頼んでいた風の精霊が差し出した右手の甲に止まる。



『言われた通りにクロムウェル公爵に関する噂と情報を持ってきたよ……えっとねぇ……』



小鳥に化けた風の精霊が収集してきた情報を話す。

話を聞き終えた私は、知らず満面の笑みを浮かべていた。



『--んっと、これで全部かな!』



得意げに羽を羽ばたかせる小鳥の頭を撫でながら感謝を述べる。



「ありがとう。とても助かったわ」

『うん。またいつでも呼んでね!』



窓を開けてやると、風の精霊は元気よく羽ばたいて飛んで行った。



「ふふふ、覚悟してなさいよ……あの男。完膚無きまでに叩きのめしてくれるわ……ふはははは!!」




灯りも付けていない薄暗い部屋に、第七皇女の不気味な笑い声がいつまでもこだましていた。





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