266.十四郎と大隊長2


 最後の一人となり負けを悟った半田八兵衛と名乗る襲撃者の頭は、武士として、男として最期の花を咲かせようと十史郎に一騎打ちを申し込んでいた。


 八兵衛は抜き放っていた刀を上段に構え十史郎を見据え、機会をうかがっていた。

 対する十史郎は刀を抜かず、目をつぶったまま微動だにしなかった。


 そんな身動き一つも取らない十史郎にしびれを切らした八兵衛は、好機と思ったのかバカにされたと逆上したのか、雄叫びを上げながら切りかかった。

 そして八兵衛が刀を振りかざした刹那。

 十史郎は目を見開き綺麗な型で抜刀し相手の胴を真一文字に一閃していた。


 胴を斬られた八兵衛は、刀を振りかざしたままその場で大量の血が噴き出しながら崩れ落ちていた。


「十史郎さん、お怪我は?」


 A小隊の小隊長は十史郎の配下の負傷者手当の補助が終わると、手の空いた衛生兵と十史郎の元へ近づいていた。


「お気遣いと助太刀感謝いたす、某は無傷故、心配はご無用」


「それは良かったです、それにしても彼らはいったい……」


「見た限り彼らは、反遠城の誰かに雇われた奴らのようだ……」


「彼らをご存じなのですか?」


「先ほどの某と一騎打ちをした男は、半田八兵衛といって、この辺の小悪人どもを集めてはしばしば問題を起こすことで有名でな、少し前にお灸をすえられてから暴れまわることはなかったのだが、ご客人が来るということで恐らく佐川の奴らに金目のものが得られるなどと乗せられたのだろう……、そうでなくても奉行が猫の手を借りたいほど忙しいというのに」


 十史郎が言った「奉行が忙しい」というのは、町奉行所つまり警察のような立ち位置の部署の人手が足らなくなるほど動き回っているということで、それほど治安が最近悪化してきていることがうかがえる。


 何故こんなにも治安の悪化が顕著なのかというのは、昨今の出雲国の政治情勢の不安定にある。

 不安定にさせてしまっている理由は大きく二つ。


 一つは帝国の侵略による、帝国に降伏し帝国の傘下になり友好的な関係を築くべきと考える融和派と祖国を何としても異国の軍隊の侵攻を防ぎ毅然とした態度で対抗すべきだという強硬派に分かれ、その両陣営間での政治的な駆け引きが話し合いの場で終わればいいのだが、時がたつにつれお互いがお互いを邪魔者と認識し始め、どちらも自身の勢力の邪魔となる存在に対して“実力行使”をしたのを発端とした各地での小競り合いがそうさせている。


 二つ目はコンダート王国の使節団入国と軍事同盟の締結で、初めての異国からの公式な国家元首を伴った使節団と初めての外交関係の構築へ向けての話し合いという、この国にとっては政治的に非常に重要なことが議題として出て来たからである。


 これも反対派と賛成派で分かれ、まず賛成派は、そのほとんどが軍部によって占められていて、軍部に限ってみれば軍部全体が肯定的な態度をとっており、それはこの使節団が来るだけでもたらす帝国への影響や軍事同盟締結によって得られる出雲国へのメリットがどれだけのことかを十二分に理解しているからである。


 対する反対派は、その多くが古くより異国の軍隊に攻められたとしても自分たちの力だけで戦いどうにかしてきたという一種のプライドのような考えを持つような人たちで占められ、そんな意見を持つ人たちはそういった考えとともに、異国の軍隊を受け入れたら、その異国の軍隊は助けることを条件に領土の一部を要求してくるのではないかという懸念も示している。


 こういった意見の対立が政治的な摩擦を呼び、議論で解決できないと考える一部の連中が騒動を起こし治安悪化の要因となっている。


 そして、まるで火に油を注ぐかのように佐川家の暗躍等がさらにこの情勢を不安定にさせているのだ。





「……いやそれにしてもご客人はお強い、敵でなかったのが本当に良かった!」


「いや、何を言いますか十史郎さん、あなたの剣術も見事なものでした、思わず見とれてしまったほどですよ!」


 十史郎が先ほど見せた剣術は、彼が師範を務める伊藤流と呼ばれる流派の“一文字斬り”という名の抜刀術というものだそうだ。


「そんなにおだてても某からは何も出て来ませんよ?それより先に進みましょう、後がつかえてしまう」


「そうですね……、おい!負傷者の収容が終わり次第出発するぞ!」


 こうして、襲撃者の強襲を撃破しさらに先へと一行は進むのであった。


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