62.ハルト・キール中将

 

 時は少し遡り、国境近くのコンダート王国側のメリアル山脈を背にした草原に帝国軍本隊は陣取っていた、その中心にあるテントでは重苦しくピリピリした空気が漂っていた。

 その空気は、一人の伝令によってもたらされたベルキア将軍部隊“消滅”の報によって引き起こされてしまっていた。


 テントの中には二次攻撃隊指揮官のハルト・キール中将と帝国南部(コンダート北)侵攻作戦総指揮官のエメキア・ディエナを含む主要幹部が集まっていた。


「あの女狐が消滅だと?!どういうことだ!」


 怒りと想定していないことが起こってしまったことに対する焦りで、居ても立っても居られないようすで座っていた椅子を後ろに勢いよく倒しながら怒鳴ったのは、リレイの増援隊として控えていた黒い軍服に赤いマントを羽織ったハルト・キール中将だ。


 キールは帝国軍士官学校を主席で卒業したエリート中のエリートで、容姿端麗、頭脳明晰、文武両道という数々の褒め言葉が似あうような男だ。


 キールの実家ハルト公爵家は、代々王家に将軍として帝国ができてから長い間仕えてきた最古参の名家で、帝国で2番目に大きい領土を治めている。ハルト家当主のエンバラントは軍部ナンバー3の帝国軍最高軍事顧問を務めていて、長男のケイルは軍で大将を務め、コンダート西部を攻める総指揮官を務めている。キールはそこの次男坊で、その下には長女のヘルミナがいる。


「落ち着けキール!奴が負けたのは腹立たしいかもしれんが、まだ我らも負けたわけでは無かろう」

「も、申し訳ありませんディエナ陛下」


 テントの一番奥に位置する大きな椅子に座り、いまだ落ち着かない様子のキールを一喝するのは今回の総指揮官のディエナだ。

 ディエナは、黒髪のショートボブで、帝国軍高級将校用の黒いマントを羽織っている、彼女は帝国魔人族の最大貴族家の出身なので、魔人族特有の赤い目をしている。

 ディエナもキールと同じ士官学校を卒業したのだが、普通は4年通うところをディエナはわずか1年で3年飛び級してさらに主席卒業したほどの頭脳の持ち主だ。その直後には帝国魔法学校へも入学し元々あった強大な魔力を存分に発揮し、そこも1年足らずで卒業した超天才である。

 生まれた家は帝国の中で2番目の権力を誇るエメキア公爵家で、魔人族長も務める。この家は伝統により代々女性が当主をつとめていて、エメキア家女当主のレレーナは帝国宰相の職に就いている。レレーナの旦那は戦争で亡くなっていて、以降も男性を迎え入れることがなかったので、ディエナ以外の子はいない。

 そして、今彼女は前線に出て指揮しているが、実は軍人ではなく、帝国の元首女帝なのだ。



 そんなぶっ飛んだ二人が支える戦線は、上層部の見立てでも負けることは無いだろうとまで言われていたが、一次攻撃隊が何らかの勢力により瓦解してしまった今は、それも崩れかけている。

 ディエナやキールの近くに控えていた幕僚たちは、二人が発する重苦しい雰囲気に声を一つも出せずにいた。

 そんな空気の中キールは、上層部の期待に応えるため自身が率いる二次攻撃隊の進軍をディエナに進言した。


「閣下!ここは私がこれを封じて見せましょう!今すぐに出立いたします」

 

 そんなキールをよそにディエナは、伝令の報告を聞いたときから“消滅”の言葉がずっと引っかかっていた。


「早まるなキール、この報告は変だと思わないのか?いくらあのリレイでも、包囲されていたエレシアごときに負けることもましてや消えるなんてことはおかしな話だろう?」


「しかし、今出なくては援軍に間に合いません!」


「黙れ!今はお前ではなく偵察隊を出す、お前がでるのはまだ早い」


 偵察隊を放ってから数日後、“消滅”の情報より酷い報告が上がってきた。

 その情報をたずさえた偵察隊の隊長がディエナのいるテントに駆け込み報告を始めた。


「申し上げます!リレイ閣下の軍は何処にも見当たりませんでした、しかし敗走して来た兵士によるとリレイ閣下は生存しており敵に降伏したとのこと、さらに我々が帰隊する際に、敵と思しき集団を視認しその集団がこちらの陣に接近中!なおその集団の中にリレイ中将を確認、さらにその集団から我々偵察隊が攻撃され、私以外の全員が戦死してしまいました……」


 すごい勢いで報告した隊長は、敵勢力に自身も攻撃を受けたのかところどころにけがをしており、息も苦しそうであった。


「報告ご苦労、偵察隊の面々は残念だった……誰かこいつに手当てしてやれ!それとキールをここにすぐ呼べ!」


 その報告を聞いたディエナは矢継ぎ早に命令を下していった。


 しばらくしてからキールもディエナのテントの中に入ってくる。


「閣下!敵がこちらに向かってきているとお聞きしましたが、本当でしょうか?」

「そうだキール、しかもリレイが裏切った」


 すると、キールは何を思ったのか不気味な笑みをしながら、ディエナに向かい又もや出撃の要請をした。


「今回こそ私に行かせてください。そしてリレイを……いえあの女を奪取してまいりましょう」

「もう好きにしろ。発つなら今だ、行け!」

「ありがとうございます。きっと良い報告を上げられることでしょう」


 キールは不気味な笑顔のまま、そのまま走ってテントから出ていった。


(ここで負けても我々には次の手がある)


 キールがいなくなったのを確認した後、ディアナは何かを悟ってか自身の部隊に命令を告げた――



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