第2話 恋の始まり

 頭から離れない。あの人のことがほかのことを考えても頭から離れない。なんだろう。会えないと胸が締め付けられるこの感じ。息をすることすら苦しい。なんかの病気にでもかかったのだろうか。

 2時間目と3時間目の間の休み時間、何気なく廊下を覗いたらいた。ずっと探し求めていたあの人。いつ見てもカッコイイ。顔に冷たい風が当たる、それで自分の顔が火照っていることに気が付いた。でも見ているだけで声をかけることすらできない。仲良くしたいけど仲良しになる方法が私には分からない。


 もう耐えられない。学校が終わり家に着き私はパソコンを開いた。


(この前私は初めて人をかっこいいと思いました。かっこいいと思っただけなのにその人が頭から離れなくて何事も集中できません。その人のことを考えるだけで、胸がギューッと締め付けられて心臓の鼓動が早くなって息苦しくて。これは病気ですか?病気ならば病名を教えてくだい。お願いします。)


と相談サイトに投稿をした。すぐに返答が来た。


(それは病気ではなく恋というものではないんでしょうか?いわゆる恋の病って言うやつですね。)


 恋の病?私はあの人に恋してるの?ただ入学式の日にぶつかっただけの彼に。そんな運命の出会い的なこと本当に実在するの?

 私はこの日生まれて初めて恋を知った。あの人にもっと近づきたい。あの人のもっともっとそばにいたい。


 次の日、学校へ行くと校門のあたりで誰かがビラを配っていた。ビラを配っていた人をよく見るとなんと私が恋をした彼だ。私は彼が配っているビラを貰いたくて彼の近くに行った。すると、彼は笑顔で私にビラを渡してくれた。彼の笑顔は眩しかった。私は1人でニヤニヤとしながらそのビラを見た。そのビラには『バンドメンバー募集中!興味のある方は1年6組 神崎まで』と大きく書かれていた。

 私は、その広告を見てバンドをやりたいと思った。彼に少しでも近づくため、関わりを持つための大きなチャンスだ。でも私は勉強をしなければならない。勉強以外のことを始めたらきっと母は黙ってないだろう。母は本当に怖い。本人が厳しく育ったため勉強を疎かにすることを許さない。今までずっと母の言う通りに過ごしてきた。少しだけ口答えをした時、母を怒らせ、しばらく口を聞いてもらえないこともあった。バンドをやりたいなんて言ったらそれどころじゃ済まないだろう。それでも彼に対する思いが日に日に強くなっていく。


 私はもう我慢できなくなってきた。彼を思う気持ちが大きくなって胸の中では収まりきらないくらい大きくなって。私は勇気をだして母にバンドをやってもいいか聞いてみることにした。


 家に帰りリビングに行くと母はテレビを見ながら洗濯物をたたんでいた。

 母はリラックスした和やかな声で

「おかえりー。一息ついたら勉強始めなさいよ。1年生のうちにしっかり基礎を固めとくのよ」

 これはもう母の口癖、やはり勉強の話をしてきた。私は勇気を奮い立たせて母に聞いた。

「ねぇ、お母さん。私、バンドやってみたいの」

 一瞬で母の空気がピンっと張った。私は母からの返事が返ってくる間までのたった数秒がすごく長く感じられた。

「あんた勉強はどうするの?両立出来るの?

 私はできないと思うけどな。あんた受験なめてるでしょ。まだ分からないの?」

 母の冷めた声できつい言葉が胸に突き刺さる。私を侮蔑する冷たい視線が痛い。想像通りの反応。怖い。でも、どうしても私はバンドをしたい。恐怖を胸の中に押し込んで、震える声で母に言い放った。

「絶対バンドやるから!」

 瞳からこぼれ落ちるほどの涙で母の顔が見えない。初めての母への反抗。怖かった。けど、少しスッキリもした。


 バンドを始める決意をした。


 翌朝、配布されたビラを持って1年6組の教室へ向かった。教室の中を覗いてみると1人しかいなかった。なんとその人は私が一目惚れをしたあの人。神崎くんだ。教室に入ろうとすると彼がこっちを向いた。

「すいません。神崎さんですか?」

 たったこれだけ聞くのに緊張して、震えた小さな声が教室に響く。


「あっ。はい、そうですけど何か用ですか?」


「ちょっとバンドをに興味があってやってみたいなと思いまして。初心者なんですけどいいですか」


「大丈夫ですよ。大歓迎です。何をやりたいとか希望はありますか?」


 希望なんて特にない。何があるかもよく分からない。ボーカル。ボーカルってなんか聞いたことある。何する人かは分からないけど、バンドの役割の中にいるのは事実だ。


「ボーカル。ボーカル志望です!」


「ボーカル志望なんて珍しいですね。あっ。そうそう。学年、クラス、名前お聞きしてもいいですか?」


「申し遅れました。1年2組の山崎澄麗です。よろしくお願いします。」


「こちらこそ。俺も自己紹介まだだった。1年6組の神崎 健太郎です。失礼ですけど、あの、前どこかでお会いしませんでしたか?」


 神崎健太郎。頭の中でこのワードが繰り返される。ぶつかった時のこと覚えてくれてるのかな。そうだとしたら少し嬉しい。でもここでぶつかった時のことを言ったら少し変な人に思われる。なので私は、


「ごめんなさい。覚えてないですね。」


と返事をした。


「そうですか。人違いだったのかなー。あ、そうだ。俺たち同い年なのに敬語で話すなんて。タメで話しませんか?」


彼は優しく笑いながらそう言った。


「そうですねー。タメで話しましょ!」


「山崎さんってすごく面白い。あ、忘れてた。連絡先交換しないとね。携帯出して。」


「うん。」


と言い制服のスカートのポケットから携帯を取り出し神崎くんに渡す。

 彼は私の携帯に彼の連絡先を登録して私の携帯にも彼の連絡先を登録した。そして私に、


「出来たよー。」


 その言葉に添えられた笑顔と一緒に携帯を受け取った。だんだん教室の中に人が増え始める。そんな中彼は私と笑顔で話してくれる。

「俺のこと、健太郎って呼んでよ。これから一緒にバンドして行く仲間だし。仲良くしようぜ!よろしく!じゃぁな!」


「こちらこそ!じゃぁ。」


と言って1年6組の教室を後にした。

 彼はすごく優しくて笑顔が素敵で話しやすくて前より100倍いや、1億倍好きになった。彼の話し方や声質、顔、性格、全てが大好き。

 一緒にバンドをしてステージに立つ日が楽しみだ。ところで携帯でさっき彼に何となく言ったボーカルの意味を調べてみた。驚きなことにボーカルとは歌う人のことだった。彼とバンドやりたいけどボーカルなんて無理。歌になんて自信ないし。どうしよう。彼に相談してみようかな。でもボーカルの意味も知らなかったことバレたくないな。そんな矛盾した気持ちでいっぱいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る